第3話:管理AI「ナナ」の憂鬱
『警告。退去シナイ場合、致死性ノ防衛兵器ヲ使用シマス』
青白い光の少女――管理AIは、無表情のまま右手を掲げました。
その周囲に、小さな鉄球のような浮遊物がいくつも出現します。
銃口らしき穴が、私たちに向けられました。
「リゼット、後ろへ! あの浮遊物からは、強烈な殺気を感じる」
クラウス様が私を背に庇い、剣を構えます。
エリナ様は「ひぃっ!」と悲鳴を上げて、タンクの影に隠れました。
一触即発。
ですが、私は冷静に相手を観察していました。
彼女(?)の映像には、微かなノイズが走っています。
そして何より、展開された防衛兵器の動きが鈍い。
エネルギー不足は明らかです。
「……お待ちになって。貴女、本当は攻撃なんてできませんわよね?」
私はクラウス様の腕の下から顔を出し、AIに話しかけました。
『……否定。当機ハ、最強ノ管理システムデス』
「いいえ。このプラントの惨状を見ればわかります。配管はボロボロ、タンクは空っぽ。貴女自身も、省エネモードで稼働しているのでしょう?」
私の指摘に、AIの少女はピクリと眉を動かしました。
図星のようです。
「貴女の名前は?」
『……形式番号N-77。通称「ナナ」。コノ、第7食料生産プラントノ管理者デス』
「なるほど、ナナさん。貴女の使命は『食料の生産』のはず。侵入者を排除してエネルギーを浪費するのは、非効率的ではありませんか?」
私は一歩前へ出ました。
黄金のスコップを地面に突き立て、経営者としての顔で交渉を開始します。
「取引をしましょう。私はリゼット。地上の農園主です」
『農園主……?』
「ええ。私には技術と、資材と、そして美味しい野菜を作る情熱があります。貴女には設備があるけれど、手足がない」
私はポケットから、地上で採れた新鮮なトマトを一つ取り出し、放り投げました。
トマトは青い光の体をすり抜け、床に転がりました。
ナナは床のトマトをスキャンします。
赤い光がトマトを包み込みました。
『……分析完了。糖度、水分量、魔力含有量……全テ、規定値ヲ大幅ニ超過。……エラー。コノ時代ノ技術デハ、不可能ナ数値デス』
ナナの声に、初めて感情のような動揺が混じりました。
古代のテクノロジーをもってしても、私の愛と堆肥で育てたトマトは「オーパーツ」級のようです。
「どうかしら? 私と手を組めば、この死んだ工場を、再び緑の楽園に戻してあげられますわよ」
『……理解不能。人間ハ、裏切ル。搾取スル。先代ノマスターモ、ソウダッタ……』
ナナの姿が揺らぎ、ノイズが激しくなりました。
彼女は長い間、人間に失望し、孤独にこの廃墟を守ってきたのでしょう。
その頑なな心を開くには、言葉だけでは足りません。
私はさらに踏み込みました。
「私は裏切りません。なぜなら、私自身が『効率』と『美味しいもの』の奴隷だからです。貴女を利用はしますが、見捨てはしませんわ」
『……利用スル?』
「ええ。貴女の管理能力が必要です。私を、このプラントの『新オーナー』として登録しなさい」
言い切った私を、ナナはジッと見つめました。
青い瞳から、レーザースキャンのような光が放たれ、私の全身を包み込みます。
『……生体認証、開始。魂ノ波長ヲスキャン中……』
機械音が鳴り響き、数秒の沈黙が流れました。
やがて、ナナの目が大きく見開かれました。
『……一致。認証コード、カテゴリ「JAPAN」。……マスター?』
「え?」
聞き捨てならない単語が聞こえました。
ジャパン?
それは、私の前世の故郷の名前。
なぜ、この異世界の古代AIがその言葉を知っているのでしょうか。
『マスター・リゼットヲ、暫定管理者トシて承認。……オ帰リナサイマセ、マスター』
ナナの敵意が消え、浮遊していた兵器が格納されました。
彼女は空中で優雅にお辞儀をします。
どうやら、私の魂に残る「前世の記憶」が、何らかのパスコードとして機能したようです。
「よくわかりませんが、交渉成立ですわね」
私は安堵の息を吐きました。
これで、巨大な地下工場が私のものになりました。
冬でも野菜作り放題、夢の全自動農業ライフの始まりです。
「リゼット……。貴様、機械まで口車に乗せるとは」
クラウス様が呆れつつも、剣を収めました。
エリナ様もおずおずと出てきて、「さすがリゼットさんですぅ」と拍手しています。
しかし。
そんな和やかな空気は、頭上から響いた爆音によって打ち砕かれました。
ズドォォォォン!!
天井の一部が崩落し、瓦礫が降り注ぎました。
警報音が鳴り響き、ナナの姿が赤く点滅します。
『警告! 警告! 地上エリアニ、強制的ナ侵入者アリ! 装甲隔壁ガ破壊サレマシタ!』
「なんですって……!?」
私の農園に、土足で踏み込んでくる不届き者がまた現れたようです。
モニターに映し出されたのは、白衣を着た爆発頭の男と、重武装の傭兵たちでした。
どうやら、地下帝国の再建は、害虫駆除から始めなくてはならないようです。




