打ちひしがれし思い
16.
『ご愁傷様です。』
『この度はお忙しい中ーーー。』
既に何度も耳にし、聞き飽きた言葉だ。
母さんはせわしなく動き回り、親戚や父さんの会社の人に挨拶をし回っている。
ーー昨日の夜、父さんが死んだ。
急性の心筋梗塞だった。
夜中に大きな物音がして僕と母さんが駆けつけると、父さんは部屋でベッドから落ちて酷くもがき苦しんで、虚ろな目で僕達を見て息を引き取った。
初めて目の前で人が死んだ瞬間だった。
父さんの遺体が運ばれてから、母さんはぐちゃぐちゃに泣いていた。母さんが泣き崩れるところを見るのも初めてだった。
寝ずに泣いた母さんは次の日まるで何事も無かったかのように、父さんの葬式の連絡や書類の整理をした。
僕はその日、父さんが死んだという確信が持てず、涙を流すことが出来なくて、ひたすら母さんの小さくなった背中を見つめていた。
母さんが1番辛いだろう。それなのに悲しむ暇もなく動き回らなくてはいけない、その、葬式という空間が嫌になってしまう。
『可哀想に、お父さんをこんなに早く亡くして。』
『辛いわね、可哀想に。』
可哀想。可哀想。可哀想。
うるさい。うるさい。
聞き飽きたんだ、何も言わないでくれ。
可哀想?何が?
何故同情されて、綺麗事を並べられるのか。
父さんが死んで、僕は親戚中から「可哀想な子」扱いをされた。
白い布を纏って、花が周りに飾られて、横たわる父さんの真っ白な顔を見て、僕はようやく、優しかった父さんが死んだと実感した。
実感した途端、涙はもうとめどなく溢れていた。
動いていた母さんも、いつの間にか僕を抱きしめて静かに泣いていた。
親戚、父さんの会社の人のすすり泣く声も聞こえる。
父さんは優しく、皆に愛されるひとだった。
誰もがその死を悲しんだ、筈だった。
『嘉月君は式に来ないのかしら。』
『本当、見当たらないわね。』
母さんは、父さんが死んだ夜、泣きじゃくりながら兄さんに電話した。
葬式の日付も伝えた。
けれど兄さんはその日からもう何日も経ってるのに飛んできやすらしなかった。
兄さんは、父さんなんてどうでも良かったのだろうか。
そんな事を涙を流しながら考えていると、ふと場がざわついた。
『・・・母さん、蒼月・・・・・・父さん。』
ーー兄さんが息を切らして現れた。
『・・・父さん、すぐ行ってあげれなくてごめんな。』
そう告げて花を添えた。
そして僕と母さんのところに来て、しゃがんで母さんの背中をさすった。
兄さんの目には、涙なんて1粒も無かった。
『なんで、なんで・・・!そんな平然としてるんだよ!父さんが、父さんが死んだのに!今になってやっと来て・・・!涙の1つも見せないなんて、兄さんにとって、父さんの死はそんなもんなのかよ!』
兄さんが許せなかった。
立ち上がって鬼気迫る勢いで兄さんに怒鳴った。
誰もが黙って、ツンと張り詰めた空気で、兄さんは力なく笑った。
ーーー僕は兄さんが嫌いだった。
ーーーーー
「・・・。」
懐かしい夢を見た。
僕は今でもあの時のことを覚えている。
あの後、兄さんは一言も喋る事もなく式を終え、出ていった。
兄さんは高校の時から家に居なかった。
だから今、兄さんと過ごしているのも不思議で、普通に話している事も不思議だ。
だけどあの時の兄さんの心境は未だに分からない、分かるとも思えない。
「・・・依弦・・・。」
ぼそっと名前を口にした。
何故か、顔をみたい、会いたい、笑いかけて欲しい、そう思った。




