4.星祭り -虹-
ここ最近ではずっと月燈舎に行くのは真夜中になってからであった。
というのも、アリスが主に活動したがるのが夜だったからである。
アリスの肌が月の粉で出来ている為か、単純に太陽が苦手だからなのかは分からないが、アリスは日が高い時間はあまり外に出たがらず、例え外出したとしても薔薇園の様子を見に行ったり薔薇の世話をテキパキとこなす程度だった。
他の自動人形が太陽が苦手という話も聞いた事はないが、本来の自動人形の性質的に問題がなかったとして、アリス自身が日中が苦手だと言うのだから無理に連れ出す事はもうとうに諦めた。
しかしそう考えると、月燈舎の店主はどうして平気なのだろう?
と、僕は最近はいつも首を傾げてしまう。
直接聞いたわけではないのではっきりとは言えないが、月燈舎の店主自身が自動人形ではないかというのは僕の推測であり確信である。
しかし店主はいつも昼間も夜も特に問題もなく外出しているし、日頃から買出しや洗濯や接客など、元気に動き回ったりしている。
店主の自動人形説が浮上した事で、僕の中にある月燈舎の謎がまた一つ増えてしまった。
そもそも僕は、月燈舎がいつからあったのか、どんな店なのか、どうして自動人形が月燈舎でしか取引されていないのかなど、かなり前からいくつもの疑問を抱えていたのだ。
そして、あの店主は本当に人間なのか?という謎が加わり、僕にはますます月燈舎という店の全貌が霞んで見え、同時に数倍も魅力が増したと思っている。
とはいえ弊害ももちろんある。
疑問を抱くまではまったく思いもよらなかったゆえに、妙な確信を得てしまってからは今までのようにまともに店主の顔を見れなくなってしまっていた。
それでも店主は僕のぎこちなくなってしまった態度に気付いているのかいないのか、そもそも端からどうでも良いのか気にしていないのか、以前と全く変わらぬ態度で優しく接してくれている。
僕の中の推理では、今の月燈舎の店主は二代目で、アリスを作った主人が月燈舎の初代店長なのではないか、と考えている。
そしておそらくいくつもの文献に記された最も古い自動人形は【a】というのは間違いで、今の月燈舎の店主が初代主人の手で作られた本物の最古の自動人形なのではないか?ということだけだ。
全て推測に過ぎないが、僕は確信していた。
それをアリスに聞けば早い気もしたのだが、ずっと長い間眠っていたアリスの記憶は所々欠けており、僕自身もまだそこまで月燈舎に対してやアリスに対しての執着を見せるのが嫌で、なんとなく深い所までは聞きだせずにいた。
月燈舎の壁には蔓が蔓延り、青々と茂った葉が南風に揺られた拍子に輝くパァルのような雨上がりの雫を落とした。
今日は午前中まで雨が降っていたのだが、午後になると雨足は徐々に遠のき、真っ青な空と大きな白い雲の隙間から眩い太陽の光が地上を照らし出した。
すっきりとした晴天に浮かぶ美しく描かれた弧に、僕の足は一段と軽やかになる。
水を大量に含んだ真っ白な土砂道は少々歩きにくいが、それも今は些細な問題だ。
月燈舎の扉まで走りこみ、僕は勢いよく木枠の扉を開いた。
すっかり色あせてしまった銅製の小さなベルが涼やかな音を奏でる。
「アリス!窓の外を見てみなよ!虹がよく見える・・・・・・」
思わず張り上げた声の音量を落としてしまったのは、月燈舎の中で数人の子供達が作業の手を中断させて一斉に僕を見ていたからだ。
さまざまなアンティークやガラクタが雑然と至る所に置かれている月燈舎の店内にある唯一の空きスペースに十数個程の机と椅子を並べて子供達が犇めき合っている光景は異常といえば異常だった。
急に自分が場違いな所に来た気分になって視線を泳がせると、店の奥にあるカウンターに座っていた店主が笑いを堪えており、店主の横に立っていたアリスも眉をハの字にして笑っていた。
僕は子供達の視線から逃れるように移動しだすと、子供達は途端に興味を失ったのか一人、二人と順々に黙々と作業を進行すべく手を動かしだした。
なんとか店主とアリスの元に辿り着いた僕に、アリスが片手を上げて視線を向けた。
「いらっしゃい、今日はいつもより随分と早いんだね」
「アリスこそ、起きてるなんて珍しいな。で、こんなにいっぱい子供がいるなんて今日はどうしたんだ?」
僕が疑問をそのまま口にすると、ようやく笑いを引っ込めた店主は硝子をステンドグラスのように張り合わせたランプを自分の肩位まで上げて見せてくれた。
「星祭り用のランプを作ってるんだ。今日の本番用にね。夕方ぐらいから広場で始まるから、君もアリスを誘いに来たんだろう?」
店主が持っているそれは色とりどりの薄い硝子を月や星や花や葉の形に切り抜き、それらをバランスよく側面に張り合わせ、中に豆電球を灯したランプは昼間の光が射す室内で見ても大変美しいものだった。
暗い夜の中で灯せばもっと美しいだろう。
星祭りでは皆それぞれにランプを用意し、それを持って広場を行進したり、歩き回るのが慣わしとなっていた。
そのランプはこの時期になると安価なものから職人技が光る高価なものまでさまざまな店で売られるようになる。
ようはランプの中に物が入るスペースがあり、なおかつ光が燈れば事足りるために手作りする者も意外と少なくはなかった。
ランプの中に何を入れるのかは人それぞれだ。
願い事を書いた羊皮紙というのが一派的である。
「どうせなら作った方が浪漫があるかと思って、先週からチラシを撒いておいたんだ。意外に反響があって嬉しい限りだよ。硝子なら一杯余ってるしねぇ」
「それで、店主が子供達相手にランプ作りの講習会を開いてたんだ。僕も手伝いを頼まれてたんだけどなんだかやる事があんまり無くてね・・・・・・。せっかくだから一緒にランプを作ってみようかなって話してたんだよ。君もどうだい?」
「面白そうだな。やってみたい」
「そうか、じゃぁ準備してくるから待っててくれ」
それだけ言い残して店主は店の奥に姿を消した。
それを見送ると、ところで、と言いながらアリスが僕を振り返った。
「さっき慌ててたみたいだけど、どうかしたの?」
「え?・・・・・・あ!」
叫ぶなり、僕はアリスの腕を掴んで大きな窓の前まで走ったが、虹はすっかり薄くなっておりとても感動できるようなものではなくなっていた。
「あー、消えちゃった」
「空に何かあったの?」
「さっきまで虹が出てたんだ。アリスは見たことないだろうと思ったから、見せたかったんだけどね」
「そうだったのか、残念だな。・・・・・・今度また現れた時は教えてくれね。すぐに駆けつけるからさ」
「もちろん」
そんな約束を交わし、クスリと笑い合う僕とアリスであった。




