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3.Cafe's VALON~バロン~

海岸沿いにある小さなカフェ[VALON]には、夜の零時を過ぎるとどこからともなく常連客が黒い影を引き連れてやってきた。

海の水面に揺らめく大きな満月が夜天を輝くばかりに照らしだし、ミルクを零したような星の海が夜の空を埋め尽くしている。


「むかしむかし、小さな小さな闇の中で、大きな光の花火が弾けました。それが私達がいるこの小宇宙の始まりだったのです」


鷲色に染めた髪を夜風に揺らすカフェ[VALON]のウェイターは、青白い顔を優しげに微笑ませて目の前にある機械装置を少しばかり動かした。

すると空は一瞬にしてブラックホールに飲み込まれたか日食でも起こったように真っ暗になり、突如色とりどりの火花が大輪の花を一つ咲かす。

花火がこの深夜の大空を覆った後、再び夜空に星達が生まれた。

これら全てが舞台の一部である。

彼が操っているのはプラネタリウムを内蔵した、大掛かりな舞台装置の一つだ。

カフェのテーブルに座っていた僕はじっと夜空を見上げた。


「ふーん。どうして花火が弾けたの?」

「さぁ、どうしてなのでしょうか。それは誰にも分りません」

星垂ほたるさんにも?」

「えぇ。私にも、他の誰にも。この小宇宙は、とても小さな星達の群で出来たものなのですよ」

「ふーん」


すると星垂ほたると呼ばれた年上の少年は、不意にポケットから月の石を取り出し、テーブルの上に無造作に並べた。

先ほどから舞台とは何の関係もない話で僕らと盛り上がる傍ら、肝心の舞台はしっかりと進行されている。

星垂は淡く微笑みながら白く長い指を優雅に動かし、ゆっくりと話し出した。

その時、舞台装置を一瞬の早業で自動操縦に切り替えたのを僕は見逃さなかった。


「月の欠片が集まってこの惑星が出来たのです」


星垂のポケットからは、次々といろんなものが出てくる。


海岸で見つけた魚の化石。

黒光りするクジラの化石。(あごの骨)

理科室にも無いような化石や鉱石の標本。


星垂は太陽系の惑星を、硝子玉や石、煙草ケースなどを置いて教えてくれた。

そしてこの小宇宙の事。

蜻蛉の夢。

毒の話。

月のしっぽの話。

新しく生まれたこの星の月の話。


星垂はなんでも知っているのだ。

彼がただ一つ知らない事は、星垂自身の本当の名前だけ。


星垂ほたるというのは皆様がつけてくださった愛称なのです」


そう穏やかな口調で言いながら。

星垂はどこかアンタレスにも似た冷たく紅い瞳を光らせ、静かに微笑んだ。

その雰囲気にゾクリとし、僕とアリスは同時に背筋を振るいあがらせてしまった。

星垂にとって、自分の名前というものは鬼門らしいのだ。


劇場では、怪盗と探偵の劇が美しいオペラと共に繰り広げられていた。

彼らの間で、ふんわりとした花飾りを髪につけた歌姫が澄んだ歌声で観客に訴えかけている。

白い銀水灯の耀く夜に、静かに溶け込んでいくような澄んだ歌声だった。


「彼女の声はいつも素晴らしいですね」


カフェのカウンターでは、カフェのマスターであるバロンが客の好みに合わせて淹れた珈琲コーヒーを美味しそうに飲む月燈舎の店主の姿があった。

この劇は、月燈舎とカフェVALONが一年に一度、夏至の夜に開催する共同の舞台なのだ。

その舞台の舞台装置や衣装は月燈舎の店主が腕によりをかけて手がけ、演出や脚本を仕上げるのは主にバロンの仕事だった。


「アイリス・リタの歌声は、今やこの舞台の目玉だね」


穏やかな表情でカップを拭きながらバロンが答える。

円形劇場となっている舞台であるが、このカフェからでも見える配置になっていたのだ。

新しいチョコレェトとヴァニラのコークと、キャラメルソースのかかったアイスを乗せたチョコレェトソォダを注文し直し、僕とアリスは舞台に夢中になっていた。







美しい白亜の神殿のテラスであるがらんとした空間から、一変して外に出ると薄碧の夜の空。

ぼんやりとした光りを纏うパールホワイトが照らす場所で追い詰められ、余命僅かだと暴かれた怪盗は、探偵に笑みを浮かべながら白亜の柵から飛び降り夜の向こうに消えた。

歌の最後はソプラノだけで静かに溶けいるように聞かせる。

Requiemレクイエム』の響くような歌姫の圧倒的なアカペラ、序盤より少し遅れて静かに入ってくる伴奏の凛とした音、ハモり、男性のテノールと、序々に重なっていく歌声のカルテットが心の柔らかい部分に響き、どこか切ないながらも美しい夜となった。




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