07. 王家の色
本日、二話更新しています。こちらは二話目になります。
「ううん……」
自室のベッドの上。ぱらぱらと本の頁を捲るも、当たり前ながら「王太子と側近は~のために婚約者に『前世』の記憶を植え付けました」なんて記述があるわけがない。
とりあえず、王家とヴェルディエ公爵家に関する書物を手当たり次第に持ってきた形である。
ちなみに、テオフィルはまだ授業を受けている。リエットは病み上がりだからと途中で退出させられてしまったのだ。今も、目を瞑らずに本を開いていることに、侍女が不満げな顔をしている気がする。
リエットは侍女の視線に気付かぬふりをして、別の本を開いた。
テオフィルへの説明の際に話題に挙げた、現国王の回顧録だ。冒頭に、王の権威を強調するためだろう。初代国王から続く系譜が記されている。
この国、レトリアーヌには女神エクリエルが綴った文字から世界ができたという建国神話がある。この国の民なら一度は書物を手に取ったり、あるいは乳母や親兄弟から聞かされたことがあるだろう。
神話では世界が出来たのち、初代国王は女神より授かった特別な力――魔法を用いてこの国を導いたとされている。
初代国王は、美しい金髪に、淡い緑の目を持っていたらしい。故に、その二色――金の髪と緑の目は「王家の色」とされ、特に迷信深い高齢の貴族たちは、色の有無で王の正当性を論じることも珍しくない。
リエットは肩にかかる自身の髪に目をやった。
時折ヴェルディエ家に現れるというこの眩いほどの金髪は、紛れもない王家の色だ。古くから続く公爵家で、その起源は王族である故だろう。同じく「王家の目」を持つフェリクも、似たような理由のはずだ。
現国王は、王家の金髪に、柔らかな茶色の眼差しを持っている。髪に王家の色を宿した彼はしかし、王家直系からはやや血筋が遠いらしい。
王も貴族も継承は男系長子制――つまりは先代から最も近い男性血族が継承する制度――であるので、別段反論の余地は無かったのではと思うが、それでも即位時に多少揉めたと聞いている。
直系の、当時は王女であった故エレオノール第一王妃が妻となったのは、「王家の血と権威の保持」という政治的な理由があったのだと。
一方で直系のはずのエレオノール妃は黒髪に赤目と、王家の色を全く持っていなかったそうだ。
他国の姫が嫁いできた歴史等を踏まえれば遺伝的に十分あり得ると「リサ」の知識を持ったリエットは思うが、しかし、遺伝学が未発達なこの世界では大層肩身が狭かったことだろう。彼女が若くして亡くなったのは、その心労ではないかとすら疑ってしまう。
そしてそれ――肩身の狭さは、きっと現王太子に対しても言えることだった。系譜の最下部に記された名前に目が留まる。
「シャルル・アレクサンドル・ド・レトリアーヌ王太子殿下……」
フェリクが側近として日々支える、この国の第一王子であり現王太子だ。彼は母である故エレオノール第一王妃の容貌を色濃く受け継いでいるらしく、闇のような漆黒の髪に、血のような赤い眼を持っている。つまりは、全く「王家の色」を宿していないのだ。
そして彼にとっては災難なことに、異母兄弟である第二王子も、第一王女も、しっかりと金髪――王家の髪色を持って生まれていた。
特に第二王子の眼は深い緑を宿していて、フェリクのそれには劣るものの、まだ年若いながら、絵画などで描かれる初代国王に極めてよく似た容姿をしている。となれば、王宮に勤めているわけではないリエットにも、貴族社会の反応がどのようなものであるかは容易に想像できた。
――第二王子殿下は初代国王の再来なのでは。
――王太子殿下は本当に直系の血を持つ御子であらせられるのか。
――神が証を与えし第二王子こそ、次代の王に相応しいのではないか。
幸いにして、第二王子当人も、その母第二王妃も、野心より国の安定を重んじているらしい。第一王妃という最大の後ろ盾が既に亡い王太子を、けれど蔑ろにすることなく立て、自らは影から支える形を取っている。
王太子も彼らを軽んじることなく、両者の関係は距離がありながらも良好と聞いている。
リエットは第二王子との交流は無いため、当人の王としての資質は分からない。けれどシャルル王太子は、賢王になるだろうことが容易に想像できた。
彼のリエットに対する剣呑な様子は嫌いだ。けれど一方でそれを他者に分かるように表さない点は評価している。
立場上、舞踏会で手を取る時もあるがエスコートはスマートであるし、フェリクを通して投げられる問いの答えを馬鹿にされたことは一度もない。
幾つも新たな法や条例を整備したり、それらを遵守していない家や派閥を摘発したりと、王太子の功績は枚挙にいとまが無かった。
「彼らの狙い、狙い……」
現国王の回顧録は、彼の権威を示すと同時に、次期国王であるシャルル王太子の血統の正当性も述べるものと言える。しかし、逆に言えばそれ以上の情報は無い。あくまで主役は現国王だからだ。
現国王の政策に、志、苦労したこと。大した収穫も無いまま、やや誇張を交えて綴られた姿を一通りさらい終わったとき、にわかに階下が騒がしくなったことに気が付いた。
窓を覗いた侍女に視線を移せば、彼女はこちらに向き直り微笑む。
「お嬢様、御髪を整えましょう。コルベール様がいらっしゃったようです」
仮想敵のおでましだった。




