06. 一夜明け
「ええとなんだっけ、じゃあ結局『リサ嬢の提案』は何の役にも立たないってこと?」
「そうね……少なくともこのせか――この領の技術をすぐさま爆発的に向上したり、は出来ないと思うわ」
言いながら、リエットは机上の教本を捲った。
一夜明け朝食後、間もなく教師を迎える部屋で、「休んでいた分の復習」を言い訳に、テオフィルとリエットは並びあっている。
二十歳を迎えたリエットはとうに淑女教育を修了しているが、将来嫁ぐ予定のフェリクは王太子の側近である。公爵領の管理の一部は代官に任せるとしても、ある程度は担えるようにすべきであるからと、将来ヴェルディエを治めるテオフィルに施されている教育を、一緒に受けさせてもらっているのだ。
昨日は、病み上がり初日に夜半まで会話をしていたら、流石に父や侍女に怒られるからと、急ぎ幾つかの取り決めだけ済ませると、早々に解散となった。
そのひとつが「前世」という言葉を出さない、ということだ。聞きなれない言葉は人々の注意を引いてしまう。幸い「リサ」という愛称はやや珍しいものの、存在している。
「たとえばぜ……彼女曰く、『電気』が最大の発明のひとつだそうよ。数多の技術の礎になっているの。けれどその理論は小さい頃にほんのりと教師から習った程度だから彼女も深くは理解も記憶もしていないらしくて。たとえば私が手慰みに再現できるものではないのよ」
「なるほど」
「もちろん学者たちに要素を伝えて、頑張って研究してもらえば『発見』されるかもしれないけれど……そんな不正確で無根拠で、いつ……いえ、本当に完成できるかもわからない研究を依頼するのは難しいでしょう?」
他も同じだ。飛行機も、料理も、プラスチックも。完成形は目に浮かべど、材料から体系立てて説明し、納得させる力はリエットにはない。
「リサ」が理論から説明できるのは彼女の専門であったパソコンに関することくらいだ。けれどプログラミングや CPU の仕組みを述べたところで、パソコン本体は勿論、半導体も、レアメタルも、プラスチックも無い世界では、役に立てようが無かった。
「『この役立たなさ』は『本を勧めてくれた方』の想定通りなのかは分からないけど……なんにせよ、まずは調べないとね」
「そうだね……義姉上、本当に大丈夫?」
「ええ、勿論」
もう元気だと訴えて一時的に床から出ることは許されたものの、しばらくは外出は難しいだろう。今日も授業が終わったら再びベッドの住人になることを義務付けられている。その前に、少しでも手掛かりを得られそうな書物が無いか、図書室を探さねばならなかった。
「まずは『二人の狙い』だったね」
「ええ」
ひとつ。なぜリエットに突然、「前世」の記憶が蘇ったのか。エクリエル教と真っ向から対立する「前世」の概念は、真に存在し得るのか。
ひとつ。フェリクと、そしておそらく王太子は、その事実を知っていたのか。知っていたなら、何故知ることができたのか。
ひとつ。フェリクと王太子の狙いは何なのか。
正直なところ、どの疑問も調べることが難しい。
テオフィルの言うように、他人から「前世」の話を聞いたことは無かったし、迂闊に口に出せば異端視されてしまう。
リエットと同じく当人とも言える「リサ」は、これが真に「前世」であるならとうに死んでいることになる。話を聞くことも出来ないだろう。
唯一、フェリクと王太子への疑問は真っ向から尋ねることが容易だが、それは「前世」のカードを切ることになるし、下手をしたら――万一彼らが「前世」の記憶を狙っていたのなら――リエットの周囲や公爵家を危険に晒すことになる。
まずは「前世」を隠したままで王家や公爵家の資料を漁り、少しでも判断材料を増やさなければならなかった。
「頑張りましょう」
「うん」
えい、えい、おーと小さく掛け声を上げてみたら、テオフィルは一瞬驚いた後に、不信な表情になってしまった。
成程、これも「前世」のものだった、とリエットは内心反省する。この世界ならば、「国王陛下万歳!」といったところだろうか。王太子の謎に迫るのに、国王陛下の名を挙げるのもおかしな話だけれども。
テオフィルに小言を言われる前に教師が入ってきたのは、幸いと言えるのかもしれなかった。
本日、もう一話更新しています。




