28. 謁見への道程
数日後。コルベール家の馬車で王宮に向かいながら、リエットはそうと見えぬように、腹のあたりをさすった。
王宮の訪問は緊張が伴うのが常だが、こうした時に内臓が疼く気がすることを、「前世」では「胃が痛い」と称すると知って、成程と思う。
今日の謁見に向け、フェリクとヴェルディエ家は入念な話し合いをした。「前世」の知識の共有は勿論、王太子が求めるだろうこと、それに対する反論、そして最悪の場合の脱出路など。
何があっても――それこそ王太子が魔法を乱れ撃つようなことをしなければ――命の危険自体は無いと思われた。
一方で、フェリクからは「まずは私から王太子に話をさせて欲しい」と頼まれている。そして「段取り通りにはいかないかもしれない」とも。
ヴェルディエ家がこれまで見てきたシャルル王太子は、極めて理性的な人間である。一方でフェリクとの日々の会話から、時に血気盛んな、人間味溢れる人柄も併せ持つことを、知識としては知っている。
建設的な話し合いを前提に段取りを組んだとて、後者が色濃く出、紛糾する可能性もあることは、実感はなくとも理解できた。
窓の外の景色で、王宮までの距離は概ね推測がつく。まだそれなりに距離はあるものの、出発してから道程の半分ほどを来ているはずだ。
近付くにつれしくしく、と痛みが増す気がするそれを誤魔化すように、そういえば、とリエットは口を開いた。
「フェリクさま、本日の謁見は、どのような『設定』で申請してあるのですか?」
側近であるフェリクであれば、王太子の分刻みのスケジュールに個人的な予定をねじ込むことはさして難しくは無い。
何らかの先手を打たれることを避けるため、リエットとテオフィルの同行は伏せると言っていたが、そうはいっても王宮の門をくぐった時点で、二人の存在は知られてしまうだろう。当日人数を増やしても違和感のない、それなりの理由が無ければ、いかに高位貴族の子女とはいえ止められてしまうはずだ。
「個人的な用事として、私の名だけで申請してあるよ」
「では、裏口のようなものから入ったりするのですか?」
「いや、正々堂々、正門から入城してもらう」
同じ疑問を浮かべたテオフィルが問えば、フェリクは穏やかに微笑んで答えた。それでは、ヴェルディエ姉弟は王太子の元へたどり着けないのでは。リエットの疑問が顔に出ていたのだろう。フェリクは笑みを深めると驚きの種明かしをした。
「国王陛下と交渉して、この訪問に関する一切の情報はシャルには入らないようにしてあるんだ」
「えっ」
曰く、事前に国王陛下に謁見し、交渉を持ち掛けたらしい。王太子への情報統制と、そして未来の国王、公爵達の会合には参加するな、と。
主張は理解できる、しかし国王相手にそれを押し通すのは、並大抵のことではないのではないか。
「その、何を手札にされたのですか」
「うーん……、自分?」
聞けば、決して自身が「魔法を使わないこと」を条件にしたらしい。確かに王妃の話を信じるならば王族の血が混ざっているフェリクにも魔法が使える、ということになる。
しかしそれは「使わないこと」というより、「言うことを聞かないと魔法を使うぞ」という脅しではないだろうか。
リエットが顔を引きつらせていると、テオフィルは、よく交渉になりましたね、と不思議そうな顔を浮かべた。
「それはフェリク様にとってある種無限に使える切り札ではないですか。つまり、今後も幾らでも『言うことを聞かないと魔法を使う』と脅せるわけで。そんな危険因子、私なら即刻首を跳ねます。そうではなく条件を呑まれた、ということは、『フェリクさまがこの手札を使えるのは一回きりである』状態にする術を、国王陛下がお持ちだったのでしょうか」
書面でもお書きになったのですか。とはいえ、明かせない以上法的効力は無いも同然でしょうから、そんな簡単なことではないような……。
問いかけの形でつぶやくテオフィルに、フェリクは「まあ、そんなところだよ」と曖昧に返した。公爵との約束を違える人ではないから、後で話すので十分な内容だ、ということだろう。
「この話は、きっとシャルの前で話すことになると思うから、その時に。さあ、間もなく王宮だ」
気付けば視界に収まりきらない距離に王宮が迫っている。瞬く間にたどり着いた正門での検閲を終え、フェリクのエスコートで車寄せに降り立ったリエットは、気を引き締めた。




