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二つの不誠実 ――前世の記憶に目覚めた公爵令嬢は、愛する人の秘密と隠された真実を解き明かす  作者: 水月 絃


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25. 二十年前 (中)

「王宮にはこうした道が幾つもあるわ。貴方も自室の通路は知っているだろうけれど、今度国王陛下の居室のそれも聞いておきなさい」


 シャルルの手を引き階段を下りていく王妃は、癇癪こそ起こさないが、神経質で、またやや気難しい人柄と言えた。その彼女が今にも歌い出しそうな様子は一層、フェリクに不安感を抱かせる。次第に深まる闇に、地下特有の、じっとりとした空気。違和感が頬をピリピリと打つ思いがした。


 やがてやや開けた場所に着いたとき、そこに怪しげな――たとえば異端染みた髑髏や絵画、血痕など――が無いことに心底ほっとする。

 何も敷かれていない石造りの間と、彼女が寛ぐためだろう簡素な机に椅子、そして壁一面を埋める書物。どこかへと続く道も見えるから、国王の部屋か、あるいは王宮の外への抜け道があるのかもしれなかった。


「ヴェルディエ公爵夫人が帰ってしまうから、早くしないといけないわ」


 機嫌の良さをそのままに、彼女は涼やかな声で言うと、机の上に畳まれていたナフキンのようなものを広げた。それは数枚の布が重ねられていたようで、何やら見慣れない文字が躍っている。古代語だろうか。


 地下は肌寒いはずなのに、背中に汗が沸く気がした。人前では決して破らない距離を超え、シャルルの手を取る。彼も同じ、薄らとした恐怖を感じているのだろう。ぎゅっと手を握り返されたが、しかし彼は王妃を見上げたまま後ずさろうとはしなかった。


「母上、それは、何ですか」

「あなたたちも建国の神話で聞いたことがあるでしょう。エクリエルさまから伝わった魔法よ」


――まさか。


 フェリクは王妃がその立場に付け込まれ、異端者にでも妙な知識を植え込まれたのだと思った。


 確かに建国神話で初代国王が女神エクリエルより魔法を授かったのは有名な話だ。しかし神話でも、何らかの資料においても、「魔法」の痕跡は遥か昔にしかなく、現代においてはとうに絶えたもの、あるいはそもそもが王権を保つための脚色であったのでは、というのが通説である。


 異国に比較的最近まで「魔石」という似て非なる、不思議な現象を可能にするものが存在したということもあり、今の所は前者を信じているものが多いが、王家と共に生産方法の絶えた魔石の消失や、科学の発展とあわせて、次第に後者が一般認識になっていくと思われた。

 

「魔法の情報はほとんど残されていない、と先日教師から習いましたが」

「そうね、それが民衆の、貴族たちの認識ね」


 王妃殿下はそこで一度言葉を止めると、一番上の布の、文字が書かれた面を乱雑に握りしめこちらを向いた。


 何かを小さく呟き、真白な指先でこちらをつい、と指し示すと、布に綴られた文字が赤黒く輝きだす。瞬間、フェリクは襟の詰まった服を締め上げられたような、僅かな息苦しさを覚え、傍らのシャルルもまた、小さく「う、」とうめいた。

 一瞬のそれが落ち着いたとき、王妃の手の中の布は赤黒く燃え上がって、はじめから何も無かったかのように、消えてしまった。同時にふらり、と体を揺らした王妃は、傍らの椅子に深く腰掛ける。


――謎の文字に、妖しい光、首元に走る違和感。

――今のは、一体。


「母上、なにを」

「エクリエルさまの魔法は、直系王族のみに伝えられて来た秘密なの。だから、教師たちもこれだけは教えられないのよ。そもそも知らないのだもの」


 フェリクの動揺を代弁したシャルルに、椅子に身体を預けた王妃はうっとりと肌を上気させて答えた。その頬をつう、と汗が一筋滑る。先ほどよりも、体調が幾分悪化したように見えた。


「いま、貴方たちに魔法のひとつをかけたわ。貴方たちは、魔法の存在を知ったけれど、この話は真実を知る者としか話せなくなった。私や――国王陛下だけね」


 宰相――貴方のお父様も知らないのよ、と、さも栄誉あることのように告げた王妃は、緩慢な動作で二枚目を飛ばして、三枚目の布を手繰り寄せた。その文字を指でなぞりながら、王妃は呟く。


「貴方たちを今日呼んだのはね、そろそろ『魔法』について伝えなければと思ったのも本当だけれど―――手伝って欲しいことがあったの」


 魔法というのはね。

 王妃はテーブルに置かれた古びた書物を示し、これこそが直系王族に受け継がれてきた魔法の教本である、と伝えながら、その内容を語り始めた。


「女神エクリエルから伝えられた魔法は、先ほどのような言葉を制限するものに、人の体を持ち上げるものなど、沢山あるわ。必要なのは呪文を書いた布と、それを発動する言葉。それから、魔力。魔力は初代国王に与えられ、代々王族に受け継がれているから、必然的に直系の私の魔力が一番強い、ということになるわね。逆にフェリシアンは私やシャルルよりもうんと弱いから、使える魔法も限定的なはずよ」


 王妃の手は遊ぶように教本の頁を捲っている。


「先の魔法で、私は少しふらついたでしょう。どうやら魔力を消費すると、そうなってしまうみたいなの。でも、これから使う魔法は魔力消費が大きいはずだから、きっと私はまた臥せってしまうわね。だから、貴方たちには私を運んでほしいのよ。大丈夫、シャルルは直系なのだもの。きっと魔法で私を持ち上げるくらい、造作もないわ。呪文は、此処に書いてあるから。どうしてもうまくいかなかったら、こちらの道を通って国王陛下に助けてもらいなさい」


 王妃は三番目の布と書物を机の端――フェリクとシャルルの方に寄せると、二番の布を持ち上げた。見れば、二番目の布が一番長く、重なっていた布の大部分はこの厚みであったのだと気づく。その呪文の長さに、確かに、魔力とやらを沢山使いそうだな、と、矢継ぎ早に降り注いだ情報のせいで、どこか現実離れした頭でフェリクは思った。


「母上、それはどのような魔法なのでしょうか」

「先ほどね、貴方の婚約者を決めたの」


 王妃最大の役目は跡継ぎを産むことであり、次いで国政を担うことだ。つまり貴族令嬢と同じく、健康は最も重要な要素のひとつである。にもかかわらず、おそらく再び臥せる―――体調を悪化させるリスクを飲んでも実行したい魔法とは、何なのだろうか。フェリクも疑問視したそれをシャルルが問えば、しかし明後日の方向の返事が返ってくる。


「間もなく生まれる、ヴェルディエ公爵家の御令嬢よ。彼女はきっと貴方をよく支えてくれる」


 つい先ほど王妃が会ったという、ヴェルディエ公爵夫人の腹の中にいる子、ということだろう。支えてくれるも何も、生まれても居ない八歳下の娘に何を期待したらよいのだろうか。そもそも、女子と決まったわけでも無いだろうに。フェリクの内心と同じくシャルルが戸惑った様子を見せると、王妃はああ、と言い忘れたとばかり話を続けた。


「初代国王陛下は『異国の姫』を娶り国を発展させたというでしょう? もちろんかの方が能力に優れご立派な方だった、というのもあるのだけれど、初代王妃殿下の支えも大きかったの」

「はあ」

「彼女は、この国には……いいえ、周辺国を含めた、この世界には無い知識を沢山持っていたのよ」

「この世界……?」

「初代国王陛下はね、異世界から、素晴らしい知識を持った姫を魔法で招いたの」



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