24. 二十年前 (上)
フェリクは、シャルル王太子――当時は第一王子――の側近となるべくして生まれた子供だ。気付いたときには隣に第一王子のシャルルが居て、それこそ共に、実の兄弟よりも近い距離で育ったと思う。故にフェリクもまた、沢山の「声」を聴いて育った。
――第一王子殿下は国王陛下に全く似ていないな。王家の色も持たないが、本当に陛下の御子なのだろうか。
――第二王子殿下は国王陛下と第二王妃殿下によく似ている。王家の色を持つかの方こそ、次代の王に相応しいのではないか。
――そもそも、エレオノール第一王妃殿下が王家の色を持っていないが、殿下は本当に直系の王族なのか。
フェリクは髪色こそ違うものの、目は王家の特徴である緑をしている。それは当家の興りが王族であり、また幾度か王族が降嫁したこともあるかららしい。
フェリクとしては色などどうでもよいし、シャルルの髪も目も、とてもかっこいいと思っている。けれどある種の信仰は根深いもので、ことあるごとにシャルルやエレオノールを見下し、第二王子を持ち上げんとするものがいるのだった。あるいは、万一第二王子が王太子となれるのであれば、己もより出世できると目論んでいるのかもしれない。
幸い、シャルルは繰り返し傷つきながらもめげずに励む胆力を持ち合わせていたし、第二王子も、その母第二王妃も野心を抱くようなことはせず、シャルルを王太子に推薦することを明言していた。フェリクから見て最も不安であったのは、エレオノール第一王妃のことだった。
「フェリク、行くぞ」
「はい、殿下」
シャルルの母、エレオノール第一王妃殿下は、長く続く王家の直系の血を引くと言われている。王家には不幸が続き、先代の王の近い男性血族がおらず、結果幾分傍系であった現国王陛下が即位することになった。その血の正当性を、権威をより高める意味合いで、唯一残された先代の娘であるエレオノールが王妃となったのだ。
しかし儚くなった他の王族に同じく、エレオノールは王妃としての才を持ちながらも体が弱かった。加えて王家の色も持たないということで、彼女もまた、色々と陰口を叩かれているようだった。
そんな中で王家の色を持たないシャルルを産み、けれどその後身籠る気配がない。
継承が男系長子制、つまり男性血族にのみ認められる権利である以上、男が途絶えれば家は断絶する。貴族であればともかく、王家の断絶は許されるわけにはいかない。
そのため、一夫一妻制のこの国において、王家のみの特例として、王妃が二人以上の男児を産むことが出来ない場合に、第二王妃を娶る――有体に言えば次代のスペアを作ることが義務付けられていた。
そうして選ばれた第二王妃が産んだ王子は、王家の色を色濃く反映している。と来るならば、エレオノール第一王妃と、その息子シャルルの立場が一層不安定なものになるのは想像に難くなかった。
「しかし王妃殿下はようやくご回復されたばかりでしょう。本日は来客もあったようですし、ご無理をなさらないほうがよろしいのでは」
「とはいっても、呼び出された以上行くしかあるまい」
そんな第一王妃との面会の予定が組まれたのは、シャルルとフェリクが八歳の頃だった。数日臥せっていた王妃が回復した頃に取り付けられたというそれは、ヴェルディエ公爵夫人――産み月を迎えたリエットの母――との茶会の後に時間を取って欲しい、というものだった。
王子という生き物は子であるとて小さな大人として扱われる。故に親子が会う時ですら、このような面倒な手続きが必要となる。
フェリクはシャルルの後に続きながら、内心で小さくため息を吐いた。
正直なところ、フェリクはエレオノール第一王妃が苦手だ。
虚弱な身体を叱咤して正しさを貫かんとする姿勢は王族として素晴らしいと思うが、彼女はいささか高潔すぎる。
シャルルへの愛情こそ感じるものの、誰よりも息子に完璧という重荷を背負わせているのもまた彼女だ。血統の重要性に、王としての資質。会うたびに滾々と説かれるそれは、シャルルに振りかけられる遅効性の毒のようで、フェリクは時折彼の手を引いて王妃の前から逃げ出してしまいたい衝動に駆られるのだった。
今日だって、王妃が突然体調を崩して、面会が先送りにならないかな、なんてことを考えている。
「王妃殿下へお目通り願いたい。既に約束は取り付けている」
「お話は伺っております。どうぞ。シャルル殿下の護衛はこちらでお待ちください」
願望空しくあっさりと到着した王妃の部屋に足を踏み入れると、長椅子に座っていた彼女が腰を上げて二人を歓迎した。
「まあ、いらっしゃい、シャルル。フェリシアンも」
立ち上がり両腕を広げた王妃にシャルルは一度足を止め、再び歩んで抱擁を受け入れる。おそらくシャルルも、フェリクと同じくおかしい、と思っていた。
――侍女も、護衛も居ない。
王族は国の方針を決める重要な役を担うが、一方で茶を入れる、物を持ち上げるといった、日常の行動のほぼ全てを侍女や侍従が担う。
シャルルはなんでも自分でやりたがるきらいがあるが、ともかく、自身の代わりの腕とすら言える侍女や、身を護る護衛が室内に誰一人いないのは、ひどく不自然な状況だった。
フェリクの疑問が伝わったのだろう、王妃はにっこりと笑うと、シャルルに伝える大事なことがあるから人払いをしたのだ、と言った。なぜだか、ひどく機嫌が良さそうだった。
彼女は抱擁を解いたもののそのままシャルルの手を取り、木製の飾り壁の方へと歩んでいく。常の王家としての振る舞いを意識する様子からは酷く離れた姿だ。それだけに、余計に異様に映る。
「シャルルももう良い年だから、こうした道も覚えていなけばね」
言いながらエレオノールがいくつかの装飾を押し込んだり引き出したりすると、がたり、という、掛け金の外れたような音がした。軽く手で押すと、からくり細工のように飾り壁が動いていく。すると成人が屈んで潜れる程度の穴が現れた。穴の向こうは階段になっており、その先は暗闇に包まれている。
王妃はシャルルの手を引いたまま、迷いのない足取りでその段を降り始めた。フェリクも慌てて後を追っていく。




