23. 王家の魔法と声なき真実
「ねえ、フェリクさま。私が何も知らないと思って?」
「え?」
パシリ、と扇で音を立てて見せる。公爵家として、必要な場では敢えて高圧的に見える振る舞いをすることもある。フェリクもそれを知ってはいるだろうけれども、常とあまりに違う様子だからか、戸惑った表情を見せた。
「国王陛下、王太子殿下、そしてフェリクさま。あなた方の企みは分かっていてよ。いくら王家の忠実な臣下と言えど、到底容認できませんわ」
「…………企み?」
フェリクは一瞬間をおいて、真剣な面持ちで聞き返してくる。リエットは慎重にカードを選んで示してみせた。極力、知らないことを、知っているように見せることが重要だ。
「フェリクさまや王太子殿下が、度々私に問いかけ――助言を求めてきたのは、私から特殊な回答を引き出したかったのでしょう。分かったなら、なにをしたかったかなど検討が付きます。そして―――お母さまのことも」
「……御母堂の事は、本当に残念だった」
「っ、」
――あなた方のせいでは無いの!?
思わず激昂しそうな心を必死で押さえつけようとしたリエットは、けれどフェリクの様子を見てそれが瞬時に驚きに塗り替えられた。彼の表情は余りに悲痛で、決して作り物とは言えないばかりか、顔色すらひどく青褪めて見えたからだ。
「……フェリク、さま? その、顔色が」
「いや、大丈夫だよ、リリ」
「でも……」
「良いんだ。良いから、続けてごらん。何を言っても怒らないし、……そうだな、この部屋で話すことは、シャルには伝えないと誓うよ」
脂汗すら浮かべて見えるフェリクにリエットは迷ったが、当人が話を続けろと、決して怒らないという。シャル――王太子に言わないというのも、側近としてあるまじき言動だ。
リエットは公爵、テオフィルと目を合わせ、二人が頷くのを確認すると、慎重に、心持ち声を潜めて切り出した。
どのみち、フェリクが来訪したら、彼が単独で応接室から逃げ出すことができないよう、屋敷の従僕や護衛で外を取り囲んでいる。仮に彼が誓いを破ろうとしたとて、そう簡単には王太子の元へ駆けつけることはできないだろう。
「……お母さまの死には、王家が関わっているのだわ」
「……そうだね」
フェリクは、思いのほかあっさりと事を認めた。思わず頬を張りたくなるけれども、まだ、引き出さなければいけない情報が沢山ある。
「王家の魔法、ですか?」
「……」
フェリクは一度口を開け、けれど今度は答えなかった。それは言えない、ということだろうか。
「母は失血死であったと推測されています。けれど外傷も無く、突如致死量の血をどこかに消失させるなど、どのような暗殺者にも不可能でしょう」
「……」
「ですから、王家の魔法を使われたのではないですか?」
「……」
フェリクはやはり答えない。是とも非とも言わない彼に、リエットが更に言いつのろうとした時、不意にフェリクが閉じた扇の上からリエットの手をそっと包み込んだ。いつの間にか、大輪の薔薇はまたサイドテーブルに位置を戻している。
「フェリクさま……?」
フェリクは固く握りしめていたリエットの手を解いて扇を薔薇の隣に並べると、広げた手のひらに自身の顔―――というより首をすり、と添わせて見せる。手のひらに、男性特有の、凹凸のある喉仏が動く感触が伝わってどきりとした時、彼の強い瞳がリエットを捉えた。
今その喉元を覆うのはリエットの手だ、けれど性別の異なる、今よりもややふくよかな――そう、幼い彼自身の手が同じように喉元を包んでいるのを、リエットはずっと昔に、見たことがある。
『どうして――――!』
幼きリエットが問答で拙い回答を返した時、一度だけ、フェリクが激昂したことがあった。それはリエットにとって衝撃で、部屋に帰ってから随分と泣いたものだ。故に、その時の彼の、自身の喉元に手を当てた仕草も、よく覚えている。
その時の彼は、ただ声を荒げただけで、ついぞリエットへの暴言を吐くことは無かった。てっきり理性で飲み込んだのだと思っていたけれど、そもそも、彼の怒りがリエットに向いていたのではないとしたら。
――飲み込んだのではない。話せなかったのだとしたら。
フェリクの瞳を見つめ返す。真摯な色を宿したそれが、何かを主張している。
まさか、と思いながら、リエットは再び唇を開いた。敢えて高圧的に、断定的に、言い直す。
「私、知っていてよ。王家の魔法がお母さまを殺したと」
「……その通りだ」
「っ、」
――王家が母を殺した。
その衝撃と同時に、もう一つの衝撃が襲ってくる。
震える唇を、再度開いた。
「それだけじゃないわ、王家の魔法は、フェリクさまにもかけられているのよ」
「……ああ」
「王家が伏せたいことを『知っている』人にしか、話ができないようになっているのだわ」
「……ああ」
公爵とテオフィルが息を飲む気配がする。
何ということだろう。
リエットは目の前が真っ赤になる思いだった。リエットを嫌う、あの黒髪の王太子の肩を掴んで揺さ振ってやりたい。
幼少の頃から、こんなにも一心に王家に仕えてきたフェリクにまで、魔法をかけて縛ってきたというのか。
王家の偉大な歴史も、現在の素晴らしい治世も知っている。けれど、それは母を害し、臣下を無理やりに服従させて良いということになるのだろうか。
――許せないわ……!
怒りで頭が沸騰しそうになった時、それを抑えたのはやはりフェリクだった。首から解放したリエットの手の甲を軽く撫で、フェリクは眉を下げる。
「怒りたい気持ちも、分かる。私たちのことを嫌うのも、憎むのも当然だろう」
「私たち」ということは、フェリクは無理やりに従わされていたわけではないということか。
「だけれどどうかその前に、全ての答え合わせをさせておくれ」
そうして、リエットとの「断定の形の問答」を繰り返しながら、フェリクが語ったことの経緯は、ヴェルディエ公爵家の想像を絶するものだった。




