22. 戦いの決意と幕開け
一夜明けた朝食の場で、リエットは公爵とテオフィルに切り出した。
「昨夜の、それからこれからのことについて、相談したいの」
まずは昨日の戦果報告をする。父からはコルベール公爵――フェリクの父と話した結果、特に怪しい素振りは無かったこと。テオフィルからは令嬢令息にそれとなく魔石の国や魔石の話を振って反応を見たが、気になる振る舞いをした人物はいなかったこと。
そしてリエットは、ヴィオレットから聞いた、「王家の魔法」の可能性を告げた。リエットが調べた「魔法の色」との一致も合わせると、どこかでまだ、夢物語だと思っていた魔法の存在がいよいよ現実味を帯びてきたことに、二人もひどく驚いた様子だった。
リエットの「前世」と母の死の結びつきも、王家の狙いも分からないままだ。しかし、「王家の魔法によって母は殺された」という、悲しい可能性に一歩近づいてしまったことになる。
勿論リエットも悲しいし、どうして、という気持ちが強い。だから王家を糾弾したり、あるいは断固とした態度を取りたい気持ちもあった。
けれど。
――リリ。
フェリクの白金の髪と、柔らかな緑の眼差しが浮かぶ。
リエットは一度深く息を吐くと、自身の知るもう一つの事実、そして考えについて切り出した。
「あのね―――……」
昨日の「エイゾウ」についてのやり取りは、すぐそばにいた二人も聞いている。フェリクとそのような話をしたことは無く、ひょっとすると王家と一枚岩ではないかもしれない。言えば、ううむ、と二人は同じような姿勢で唸った。
フェリクがリエットを大事に扱う姿を、彼らは幾度も目にしている。しかし一方で、彼のこれまでの王家への忠誠心も明らかだ。信じたいが、本当に信じて良いのだろうか。リエットと同じ、そんな態度だ。
「いきなりこちらの手札を全て見せたりはしないわ。ただ、いつまでもそ知らぬふりで逃げ続けるのは無理でしょう? だから、」
――揺さ振りをかけてみたいの。
そして、できることなら真実を、フェリクが敵ではないのだと、教えて欲しい。
王家が参加する夜会は決して少ないものでなく、今後もリエットが王太子と顔を合わせる機会は数多存在する。昨日のリエットの失敗は、何故だかフェリクが誤魔化してくれたけれど、そう運良くいつまでも切り抜けられないことは明らかだった。
であるなら、フェリクが味方である可能性に賭け、抱き込んでしまえたなら、それはヴェルディエにとって大きなメリットとなるはずだ。
「勿論、こちらの推測が外れれば、王家と、コルベール公爵家を完全に敵に回す危険性があるわ。今まで通り、何か理由を付けてかわし続けるのも一手だとは思う」
しかしリエットには、今の薄氷の上に立つような、危うい攻防は早晩決壊するのだろう、という根拠の無い確信があった。そもそもとして、再び仮病で臥せるくらいしか、かわすカードを持っていないこともある。であるならば、多少の情報を得られた今、できるだけ環境を整えたうえで、こちらから「攻めた」方が良いはずだ。
リエットの説得に、公爵は腕を組んで深く黙り込んだ。父の肩には公爵家の全てが乗っている。おいそれと頷けないのは当たり前だった。
「…………」
公爵はやがて、いつぞやの夜のように、深い、深い溜息を吐いた。
絶対に、リエット一人で突っ走らないこと、公爵やテオフィルが同席した場で「しかける」ことを条件に、折れることにしたようだった。
はあ、ともう一度重たげに息を吐き出した公爵は立ち上がり、リエットを抱きしめる。
「私は領民や使用人たちの生活を背負っている。故に公爵家は守らねばならないし、お前の母の真実も確かに知りたい。けれど、お前のこともまた、何よりも大事なのだと、分かっていておくれ」
分かっている。だからこそ、リエットを育み、父がもう一人の子供のように大事に育ててきたこの領を、家族のような使用人たちを守るためにも。逃げるだけではなく、踏み出さねばならないのだ。
そして、その機会は「今」だという直感が、リエットを突き動かしていた。
***
了承を得たリエットは、公爵とテオフィルと幾つか相談し、即座に取り掛かれる範囲の手配を行った。本来は王家や魔法、コルベール公爵家について、これまでと違ったアプローチで調べるといった相談も必要なのだが、三人共に、十分な時間が無いと薄々感づいていたのだ。
果たして、朝食の直後に先触れが届き、昼前には、フェリクの訪いを告げる声が響いたのだった。
「早い時間に失礼いたします、公爵、テオフィル」
「ああ」
「おはようございます、フェリク様」
一分の隙も無くジュストコールを着こなしたフェリクは、昨晩も舞踏会の後、遅くまでに執務に励んでいたのだろうに、その残滓を少しも見せない。
今日の彼は、前世を思い出して初めて訪れた時のように、大輪の薔薇の花束を抱えていた。違うのは侍従を馬車前に置いてきており、彼が真実身一つ、ということくらいだろうか。
理由は定かではないが、それはこちらにとっても都合が良いことだった。屋敷の主人と後継者に挨拶を告げた彼は、こちらに柔らかい笑みを向ける。
「やあリリ、昨日ぶりだね、ゆっくり休めたかい」
「おはようございます、フェリクさま。おかげさまでよく休めましたわ」
唐突な呼び名に、えっ、という公爵とテオフィルの視線を感じるが、リエットは知らぬふりでいつも通りの笑みを浮かべた。
四人で応接室に移動し、茶の用意が済んだら即座に人払いをする。テオフィルは兎も角、公爵が居座っていることに、フェリクはいささか不思議そうな顔をしたけれども、切り替えるように立ち上がると、一度手を離れてサイドテーブルに置かれていた花束に再び手を伸ばした。
何本だろうか――両腕から零れ落ちそうなほどのそれを手に、リエットの目の前に跪く。
「昨日も言ったけれど……まずはリリ、元気になって、本当に良かった。それからこれまでも、何回も言ってきた通り、リリ。私は君を、愛している。君が笑うときにも、君が悲しんでいる時も、今回のように君の具合が悪い時だって、私が一番傍に居たい。何があっても、私が絶対に守るから。どうか、妻になってくれないか」
膝に置いた手が震える。真摯な愛の言葉だった。真剣な眼差しだった。受け入れたいと、思ってしまった。
――まだ、だめよ。落ち着いて……。
『何があっても、私が絶対に守るから』
それは漠然とした、あらゆる困難を差すのかもしれない。けれど、違ったら? 彼はリエットに、あるいはヴェルディエ公爵家に、迫る危機を知っているのでは?
――予定通り、鎌をかけてみないと……。
リエットは一瞬父と義弟に目配せをして、深く息を吸った。
「ねえ、フェリクさま。私が何も知らないと思って?」




