20. 社交と魔法と (下)
「それで? どういうことなの」
「身体はもう大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
背の低いヴィオレットの目線は必然的に上目遣いになる。愛らしいなと、言えば怒られるそれを思いながらリエットが返すと、ヴィオレットは違うとばかり淡い瞳に怒りを乗せた。
「それは今日、貴女の様子を見ていて分かったわよ。そうじゃなくて、手紙のこと」
「伝わって良かったわ、あまり深く考える時間が無かったものだから」
「そりゃ分かるわよ、貴女、私がその手の話に興味が無いと知っているでしょう」
『熱は下がったわ、ありがとう。ベッドから起き上がれなくて暇なくらい。読書が捗ってしまうわ』
『この前読んだ魔法や魔道具が出てくる恋物語がとても素敵だったの。珍しい設定だけれど、貴女、似た作品を知っていたら教えてくれないかしら』
リエットはヴィオレットから体調を案じる手紙を初めて受け取った折に、返信に、「魔法や魔道具が出てくる恋物語を教えて欲しい」としたためた。
しかしヴィオレットは恋物語自体が嫌いで、社交に最低限必要な物さえリエットにあらすじを尋ねる程だ。彼女がリエットの知らぬ物語を知っているわけがない。
すなわち、これは「魔法や魔道具について知りたい」というメッセージである。
彼女の一族は長らく大法官を務めてきた家だ。公爵家や修道院とはまた別の方向の情報に明るいかもしれない。自身も政治に関わりたいと望むが故、ヴィオレット自身の知識も幅広いから、何か知ることがあるかもしれないと思ったのだ。
「そう大した情報は無かったけれど」
「何でも良いの。私た――私も調べているのだけれど、芳しくないから、少しでも何か知れるなら嬉しいわ」
私達、と言いかけたリエットに、ヴィオレットは気付いたようだったけれど、知らぬふりをしてくれる。彼女は小さく息を吐くと扇を広げ、こちらに顔を近づけた。リエットも同じようにして傍に寄る。
「魔法については、大した情報は無かったわ。貴方も良く知っているでしょうけれど、神話に出てくるくらいね」
ああでも、とヴィオレットは続ける。
「これまで信じていなかったけれど――――もしかしたら魔法は存在するのかもしれない、とは思ったわ」
基本的に、見たものしか信じない、「前世」風に言えば非科学的なものを疑わしく思うヴィオレットには珍しい発言だった。
「先に魔道具の話をするけれど。こちらは五十年程前までは魔石の国で盛んに使われていたそうね。今は王家の断絶と合わせて動力源の魔石が無くなったから、魔道具もすっかり途絶えてしまったようよ。今はかの国もガスが動力として普及したけれど、魔道具で出来ていたことが幾つかできなくなってしまったみたい」
正確には、動力源としてのガスの発明に成功し生活の維持の目途が立ったから、王制に不満を募らせていた民が暴動を起こしたのだ、と言い直したうえで、「今はその話は良いの」と史実を脇に置き、ヴィオレットは言葉を続ける。
「魔道具は使うときに赤系統の色を放つの。それで、魔法の話に戻るのだけれど。数代前の手記に、王の戴冠式のことが書いてあったのよ。戴冠の後、バルコニーから民衆たちに宣誓する時のね」
そこでヴィオレットは、一層声を潜めて言った。
「曰く、『王妃が合図をすると、一瞬の赤い光の後に、数多の花が降り注ぎ、民は歓声を上げた』そうよ。――勿論、赤い光は見間違いか偶然で、用意していた侍女たちが花を振り撒いたのかもしれない。魔道具の光ということもあるわ、けれど―――――」
国王と王妃の力を魅せるのに、家臣を使うのは兎も角、他国のそれを使うだろうか。
ヴィオレットにも、同じ疑問が浮かんだ、ということだろう。
そしてリエットは、関係するかもしれない手掛かりを、自身と、父とテオフィルの協力によって手にしている。
「かの国の魔石も、初代国王が女神から与えられたもの、と建国神話に記されているそうよ。それに――――修道院にあった書物では、魔法は赤い光を放つ、と記されていたわ」
「そう。――――ひどく似ているわね」
神話は、遠い遠い昔の、本当にあったかもわからない話だ。王家や教会の権威付けの意味合いも大きいだろう。
けれど隣接もしていない国で酷似した記述が残っており、かの国ではその力が、ごく最近まで残っていたことが確認されている。
そして、少し前の時代に、似た建国神話を持つこの国で、王家による、かの国の力に、そして魔法に似た光を見た記述が残っている。
もしも両国の女神が実在し、かつ同一人物だとしたら。魔石と魔法は、とても似た力だったのかもしれない。かの国の王族が魔石を生み出せたように、この国の王族は、真実魔法を使えるのかも知れなかった。
「私が調べられたのはこんなところよ」
「ありがとう、助かったわ」
ヴィオレットは、口元を覆っていた扇を一度わざと音を立てて閉じて見せた。そうしてまた広げると、こちらを睨むように告げる。
「良いわ、知らないことを知るきっかけになったもの。けれど、私には貴女の『理由』を聞く権利があるんじゃないかしら」
「そうね……」
リエットは目を伏せた。勿論ヴィオレットのことは信頼している。「前世」についても知識を披露すれば受け入れてくれるだろう。けれど家同士の関係は複雑怪奇で、下手をしたらヴィオレットの家、モンレーヴも巻き込む可能性が生じる。王家やコルベールとの仲に軋轢が生じかねない今、猶更慎重に振る舞う必要があった。
ヴィオレットは黙り込むリエットの様子を見て思うところがあったのだろう、溜息を吐いて続ける。
「コルベール様が貴女の所にしきりに通っているのと関係があって?」
「――ええ、そうね」
フェリクの度重なる訪問は、ヴィオレットの知るところであるらしい。
「コルベール様が調査を無理強いしている、というわけではないのね」
「それは勿論、そんなことをなさる方では無いもの」
そのフェリクのせいで調べる羽目になっていることも忘れ、思わず言い返すと、ヴィオレットは胡乱げな目をこちらに向け、諦めたようにぱちん、と再度扇を閉じた。
「はあ、貴女の盲目ぶりは相変わらずね。まあ、強要されていないなら良いわ。貴女が口籠るのだから、単なる興味や個人で完結することでも無いのでしょう」
貸しにしておくわ。また面倒な恋物語のあらすじでも教えて頂戴。
ヴィオレットは返答を聞かぬままに、その容貌に似合わぬ勢いの良さで、けれどどこか上品にグラスの残りを一息で空にする。そしてにこり、と外向きの笑顔を浮かべ直すと、優雅な仕草でリエットの腕を取った。
「さあ、そろそろ戻りましょう。貴女をいつまでも独り占めしていたら、皆様やコルベール様に嫉妬されてしまうわ」
話しは終わり、ということらしかった。
古い手記まで当たったということは、決して楽な作業では無かっただろう。何も返せない、真実も告げられないリエットに、こうしてなんてことは無い、というように振る舞ってくれる、ヴィオレットのどこか素直でない優しさがありがたかった。




