17. 王太子と探る視線 (上)
「コルベール公爵家令息、フェリシアン殿、ヴェルディエ公爵家令嬢、アンリエット嬢、御入場!」
声高な宣誓に合わせて入場すれば、会場の視線が二人に集中する。公爵家令嬢として慣れたことではあるとはいえ、別段目立ちたがりでもないリエットには決して楽しいものではない。
――「リサ」だったら、青褪めて逃げ出してしまうかも。
そう思うと、少し下がった気分が持ち上がる一方で、笑みを象った唇が崩れそうになる。公爵家令嬢として、無様な姿をさらすわけにはいかない。我慢しなければ。
「奥に行こう」
「ええ」
共に貴族の中でも高位の公爵家故、こちらに視線を向ける彼ら――既に入場していた低位の貴族――は素通りして問題ない。
フェリクは迷いない足取りで奥―――間もなく国王はじめ王族が座す席の近く――に進んでいく。やがて立ち止まった彼は、二人の後を追うように歩いてきた公爵とテオフィルに会釈をした。
王家主催の舞踏会というのは、低位貴族、高位貴族、王族が、それぞれパートナーや付添人と共に会場入りし、最後に国王と王妃が入場する。
国王の挨拶で始まりが告げられ、王族に続いて高位貴族が踊った後は、概ね男女は分かれての社交となる。そうして、夜会を辞する頃に男性や付添人が女性を迎えに行くのだ。
「リエット、ではまた後で。公爵、殿下をお迎えに上がらねばならないため、一度失礼いたします」
「ええ」
ただしパートナーがフェリク――つまり王太子の側近であるリエットは多少事情が異なる。
王太子が参加する夜会では、側近は王太子の入場に付き従う必要があるため、こうしてフェリクは来て早々に裏に引っ込まなければならないのだ。王太子の側近というのは名誉ある職であるから、婚約者とて、はじめからリエットのパートナーをテオフィルか公爵に任せても何ら問題無いのだが、フェリクはこうして、慌ただしいながらも常に時間を捻出してくれているのだった。
「いつもながら……良い青年なのだがな」
「そうですね」
去っていくフェリクに、公爵が家族にだけ聞こえる程度の音量で呟き、テオフィルも頷いた。
そう、内心では彼を好いているのは、リエットだけではない、ヴェルディエ公爵家の総意だった。
***
近場の貴族たちと軽く挨拶をしていると、ドン、ドン、と二度、鈍い音が響いた。王族の来場を告げる、取次役の杖が地を鳴らす音だ。途端、貴族は口を噤み、会場には静寂が響き渡る。眼前、先ほどリエットたちがくぐってきたものとは反対に位置する大扉が開かれ、取次役が声高に叫んだ。合わせて、貴族たちは一斉に頭を下げる。
「王太子殿下、第二王子殿下、御入場!」
装飾の擦れだろう。涼やかな音と共にシャルル王太子がフェリクら側近を引き連れ入場してくる。やがて定位置で足を止め、会場を見渡す気配を感じて、リエットはゆっくりと頭を上げた。
黒髪に、やや釣り上がった赤目。細身ながら、力強さを感じる体の線。シャルル第一王子――現王太子は、父君である国王とは、その堂々たる立ち姿しか似ておらず、容姿の殆どが亡き、エレオノール第一王妃の生き写しと言われている。リエット自身、絵姿で見た第一王妃によく似ていると思う。
王家の色たる金も緑も持たない彼に口さがないものも居るが、彼のカリスマ性は多くの人を惹きつけるらしい。既に多くの実績を上げていることもあり、貴族や民からは大層慕われている。一方でその容貌や威厳から、優しい、厳しいでいえば厳しい印象を与えるのも事実だ。
リエットはフェリクと小声で言葉を交わす王太子から視線を外し、中央を挟んで反対側に同じく側近と共に控えている、第二王子を見やった。
王太子の印象を裏返したとばかり、王家の金髪に、それに近い薄緑の眼。そして両親から受け継いだ柔らかな風貌を持つのが第二王子殿下だ。
彼もまた国民から慕われており、しかし国王陛下より与えられた仕事は忠実にこなすものの、シャルル殿下のように精力的に前に出る様子は見られないという。確かに、リエットが彼の姿を目にする機会は、シャルル王太子以上に少ない。少ない交流ながら、優しい御人のように思えるから、シャルル王太子の継承の障害にならないよう、敢えて目立たないように振る舞っているのかもしれなかった。
「息災か、公爵。といっても先日顔を合わせたばかりだが」
王太子の父公爵への声掛けに、リエットは意識を戻した。高位貴族家当主であり王宮でも役目を負う父は、リエットよりも頻繁に国王や王太子と会っている。社交辞令と、周りに知れて問題の無い仕事の話、幾つかを交えた会話が一区切りつくと、シャルル王太子の視線がリエットを捉えた。
「久しぶりだな、アンリエット嬢。体調を崩したと聞いていたが、その後どうだ」
「シャルル王太子殿下、ご無沙汰しております。お陰様で女神エクリエルのご加護を賜り、無事快癒いたしました」
王太子は表情で心配を形作り、リエットの返答に安心したような色を乗せる。しかしその視線は冷たく、それでいて強く。まるで何かを探るように、吟味するように、リエットの一挙手一投足を見逃さんとしているのを感じる。まるで罪人にでもなったようで、おそらくの理由が判明した今でも、大層居心地の悪いものだった。
「日頃の献身が神に届いたのだろう。引き続き大事にしてくれ」
「ありが―――」
「ありがとうございます。まだリエットは病み上がりですので、今日は遅くならないうちに帰そうと思います」
「そうか」
リエットが頭を下げ、言葉でも礼を告げようすると、王太子の傍らのフェリクがさり気なく言葉を引き取り、早めに辞することを取り付けてきた。シャルルも特に異論は無いようだが、彼がこうしたことを勝手に決め、振る舞うのは珍しい。それだけ心配、してくれているのだろうか。
多忙な中での迎えといい、「前世」が明らかになるまで、問答という悩みは有れど、彼に大事に扱われていたことを疑ったことはない。
此度の事で揺らいだその信頼が、僅かに持ち直したような、同時にそう簡単に信頼してはいけないという戒めの気持ちが溢れるような。複雑な心境だった。




