16. 叶わぬ願い
本日、二話更新しています。こちらは二話目になります。
「やあ、リエット、少しだけ久しぶりだね。ドレス、着てくれてありがとう。とても似合っている」
「ありがとうございます、フェリクさまも……とても素敵です」
ヴェルディエ公爵家のエントランスホールまで迎えに来たフェリクは、テオフィルの手を借りて階段を下りるリエットに感嘆の溜息を吐いた。喜びを前面に表し笑みを浮かべる彼は、紺地の夜会服に金の装飾を躍らせている。リエットの色、ということだろう。
その色合いに、美しさに、リエットはまたもぐらつきそうになる己の心を引き締めるのだった。
「フェリク様、こんばんは」
「やあ、テオフィル、こんばんは。先日はありがとう」
おそらく、リエットの不在時にもフェリクは来訪したのだろう。簡単な挨拶を交わし、リエットをフェリクに引き渡すと、テオフィルは下がっていく。彼は公爵と同じ馬車で向かうからだ。
テオフィルから受け取ったリエットの手の甲に口付けを落とすと、フェリクはこちらをじっと見つめ、再び小さく笑った。
「嗚呼、良かった。元気そうだ」
「……ええ、みなさまとエクリエルさまのお陰で、大分良くなりました」
静修は、確かに病や怪我からの生還を神に感謝するために行われるが、実際には静養の意味合いをはらむことも多い。
リエットの体調が悪化しているわけではないと手紙で伝えてはいたのだが、実際に見て、安心したのだろう。その様子を見ると、仮病を長引かせていたのは必要な自衛策だというのに、罪悪感が沸いてしまう。リエットは脳内でかぶりを振り、開き直るように努めた。
今宵の戦いは、まだ始まったばかりだ。
「参りましょうか」
「そうだね」
フェリクの手に従って乗り込んだ馬車は、滑るように走り出した。
彼との会話は心地よい。以前から例の問答以外はとても楽しいものであったし、今も聞き手と話し手を見事に切り替えるフェリクとの話は大層弾んでしまう。
幼い時分から共に育ち、互いの趣味や交友関係、感覚をよく理解しているのだから、なおさらである。
「それで、そのときヴィオレットったらね――」
「はは、彼女は武勇伝にほんと事欠かないね」
たったひとつ、「前世」の知識を披露しないようにだけ。
「シャルが言うんだ。『そんなに言うならやってみろ』って。どうしろと思ったよ」
「ふふ、殿下にもそんなところがあるのですね」
フェリクも、今宵は無理に婚姻を迫ることなく、問答を挟むことも無く。和やかに会話を楽しんでいるようだった。
――ずっと、こうやって居られたら良かったのに。
彼らの問答に悩むことなく。前世の記憶を思い出すことも無く。ただただ幼馴染として関係を紡ぐことができたのなら。
久しく忘れていた、そうした「妄想」をしても、けれどそれは叶わないことが分かっているのだった。




