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二つの不誠実 ――前世の記憶に目覚めた公爵令嬢は、愛する人の秘密と隠された真実を解き明かす  作者: 水月 絃


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14. 手紙と「私」

 意気揚々と修道院に向かったリエットは、その十日後、帰りの馬車でひとつ溜息を吐いた。

 女神エクリエルに改めて感謝を告げることができたのは良かったと思うし、調査の進捗も全く無かった訳ではない。

 しかし決定的な何かを得ることなく帰途に着き、明日はフェリクと、そしてシャルル王太子との攻防が待っていると思うと、ついつい胸に凝った息が吐き出されてしまうのだった。


 新たに確認できたのは、魔法の色についてだ。

 多くの書物はリエットの既に知ることばかりが記されていたが、特に古いと思しき幾つかの書物には、共通した記述があった。


――曰く、「魔法は赤い色を放つ」と。


 どれも建国神話関連の本であるから、どこまでが事実かは分からないが、その痕跡が多少形を持ったことは、進展と言っても良いだろう。


 他に得られたものと言うと、王家の血筋、ひいてはシャルル王太子の正当性を示す書物や、建国神話、ヴェルディエやコルベールといった古くから続く貴族の血筋に関するものなどだ。ごく細かな新情報は有れど、これといって取り上げるものもない。


 強いて言うのならば、せいぜいが、初代王妃の絵姿を始めて見ることができた、くらいだろう。

 建国神話に関する宗教画は、初代国王が女神エクリエルから力を与えられる場や、国王が華々しく建国を宣言する場が題材に選ばれることがほとんどだ。


 初めて見た、国王と並び立つ黒髪黒目の王妃の姿は、見慣れないと同時に、どこか不思議な既視感をリエットにもたらした。もしかすると、口さがない人々が揶揄する故エレオノール王妃や王太子の髪色こそ、初代王妃の血を継ぐ証なのかも知れなかった。

 勿論、遠い過去の話であるから、どこまで「浄化」……つまりは改竄されているかはリエットには分からないことだが。


「うう……」


 不意に、侍女が小さく呻いた。

 修道院は基本的に王都や領の中心からやや離れた場所に位置しており、つまりは街道の整備が不十分なことが多い。そのためいかに公爵家の馬車といえども、道の高低差や小石で度々大きく揺さぶられる。

 向かいに座る侍女はその揺れで少しばかり酔っているようだった。とはいえ、そう酷くも無いし、その度に馬車を止めていたらいつまで経っても家に辿り着くことなどできやしない。リエットにできるのは時折様子を見、あまりに酷いならば御者に休憩の指示を飛ばすことだけだった。


 幸い三半規管が強いのか、リエット自身は全く問題が無い。手にした手紙を目で追うことすらできている。父や義弟、ヴィオレットをはじめとする友人たち。そしてフェリクから。僅か十日ばかりの滞在中に、幾つもの文が届いていた。

 多くは、それぞれの言葉でリエットの身を案じ、送り手の近況などが綴られている。


『舞踏会で話を聞かせてもらうから』


 ひとつには、脅すような言葉が綴られていた。流れるような柔らかな文字で、けれどいつも通りの苛烈さを含んだヴィオレットからのそれは、あまりに彼女らしくて少し笑えてしまった。

 大法官の娘であり、可能なら自分が父の後を継ぎたかったと豪語する彼女は、政治にも強い興味を持っている。リエットが出した手紙に、何かしら感じ取るものがあったのかもしれない。


 当然、親友とて言えないことばかりだが、下手な表現をすればそのままフェリクを突き刺しに行ってしまいそうだ。気を付けなければと思いつつ、そんな想像が容易くできる程に、自分を案じてくれていることが分かって、リエットは素直に嬉しかった。


 ―――そう、フェリクさまよりも、余程態度を悩まずに済むわ。


 リエットは別の封筒を開いた。

 この十日間で最も多く届いたのは、フェリクからの手紙だった。リエットに会えない間くらい少しは休めば良いものを、ひっきりなしに届く情熱的なそれは、以前のリエットだったら頬を上気させて跳ねまわり、侍女をさぞ呆れさせたことだろう。

 彼が案外詩人である、というのは、静修に来て初めて知った事実だった。


『病が落ち着いて良かった』

『早く会いたい』

『愛している』


 時に婉曲に、時に直球で綴られるそれは、疑わなければと戒めるリエットの心の鎧を、何度も剥がそうと試みてくる。

 その度に、彼の態度の急変や、王太子の冷たい視線、絵画でしか知らない母の姿、そして「リサ」を思い浮かべては、リエットは何とか再び防護壁を纏うのだった。


 彼の愛を綴る言葉が、どこまで本当かは分からない。もしかしたら、僅かでもリエットを想っていてくれたのかもしれない。

 けれど彼が今求めているのはきっと「リサ」だ。

 そしてリエットも、自分が一月前――「前世」を思い出す前のリエットと同一である自信を、最早持てずにいた。


 「リサ」は変わらず脳内の望まぬ来客の筈なのに、彼女の生涯は勝手にリエットに影響を与えていく。

 これまで特段好んでおらずとも、ただ受け入れていた絢爛豪華な世界に引け目を感じさせ、さして関心も無かった男性向けの――科学の教養に興味を持たせようとする。

 容姿が変容するわけではない。中身が丸ごと変わったわけでもない。

 けれど。


 フェリクの婚約者で、ヴィオレットの親友で、テオフィルの義姉で、ヴェルディエ公爵家の長女アンリエット。

 自分は今も「そう」であると、果たして言って良いのだろうか。

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