11. 養子と母の死 (上)
本日、二話更新しています。こちらは二話目になります。
「リエット、体調は大丈夫なのか」
「ええ、お父さま、今日は大分気分が良いの」
心配そうにこちらを見る父――公爵に、罪悪感が沸く。公爵として時に厳しい決断も下すこともあるが、娘と義息子を、そして亡くした妻を心底大事に思う、愛情深い人なのだ。
リエットが母のいない中、それでも真っ直ぐ育つことができたのは、義弟や使用人は勿論、父がこうして愛情を示してくれたからだろうと思っている。
父と距離を置いていたのは、体調の悪さを裏付けるためと、それから「リサ」の記憶による襤褸を出さないように、少しばかり練習期間が欲しかったからだ。
もっとも、一番隠したかった相手であるフェリクが毎日突撃しに来てしまうので、あまり意味を成せていないかもしれないが。
控えめに食事をとりつつ、テオフィルと公爵の会話に相槌を打つ。日頃はリエットが一番喋るけれど、病み上がりの今は聞き役に回るべきだろう。
やがて食事を終え、デザートのソルベが運ばれてきた頃、切り出し方を考えていると、父がこちらに目線を寄越した。
「リエットは、近頃はよく本を読んでいると聞いた。特に王家と当家の歴史を学んでいると」
「ええ、まだあまり長時間動き回るのは許されなくて。でも私も――体調がよくなったら、いずれは王太子殿下の側近であるフェリクさまに嫁ぐでしょう? だから暇な時間に勉強しておこうと思ったの」
その割には求婚をかわし続けているのだが、常に体調面を理由に挙げているので矛盾はしていないと言えるだろう。
リエットはスプーンでソルベをつついた。控えめな一口を口の中で溶かしたところで、今思いつきました、と言わんばかりの顔を作り、スプーンを置く。
「そうでした、お父さま。それで私、聞きたいことがあったのでした」
「うん?」
「私、テオが大好きよ。家族になってくれてとても嬉しい。でも、ヴェルディエ家はもっと血の近い男性が沢山いるし、幾らテオが優秀とはいっても、全員が全員、全く当主の資質が無い、ということはないでしょう。現に叔父さまは、伯爵位を持たれているはずですもの」
「義姉上に系譜を見せられて改めて、己の特異性に気付きました。養子、あるいは侍従として遠戚の有能なものを引き取る、ということ自体は、珍しくなかったのかもしれません。ですが、本来継承権を持たない養子が跡継ぎになった例は全く無い。他家にも見える資料でその事実を隠蔽するのは理解しますが、当家の資料室にあるものに改竄を加える必要はないでしょう。ですからきっと、少なくともヴェルディエ家では――僕が唯一の例なのですね」
「……」
公爵はスプーンを置き、深く押し黙った。
「ずっと前に、お父さまは『王様にお願いした』と言っていたわ。お父さまは国王陛下とお若い頃から交流があると聞いています。でも、だからといって頭を下げるくらいではこんな特例は通らないでしょう? だから、『その特例を願うほどの事情があったのか』と、『どうしてその特例が認められたのか』が気になってしまって」
「……」
「義父上、義姉上は勿論、僕ももう成人です。例えつらい事情があったのだとしても、将来公爵家を継ぐ者として、背負う覚悟はできています」
じわり、とソルベが溶けていく。
二人で言いつのれば、長い沈黙の末に、公爵は深い、深いため息を吐いた。
まるで、十数年分の重さが込められているようだった。
公爵は、ひどく重たげに口を開く。
「……これは既に話したと思うが、テオフィル。お前を見つけたのは全くの偶然だった」
「はい」
テオフィルがしっかりと頷いた。その話はリエットも知っている。
テオフィルは元々遠戚の子爵家の次男として生まれたが、弱冠三歳にして既に二つ年上の兄の知識を上回り、当主の才覚を表していたのだという。
それは男系長子制――つまり基本的に長男が後を継ぐこの世界においては悩ましいことでもあり、長男、次男共に、それぞれ違った意味合いで居心地が悪いものであったようだ。
親戚を集めたパーティで、公爵の目に留まり、引き取られることになったのは僥倖といえるだろう。
「お前を引き取ると決めた時、元々は公爵家を継がせようと思ってのことではなかった。お前たちも言ったように養子が継承権を持つなど通常あり得ない。だから私は、私の傍で学ばせ、後妻との間に生まれた跡継ぎの側近にするか、お前が気に入らなければ、王宮で文官として働くなり、好きに生きれば良いと思っていた。そのほうが、お前のためにも、国のためにもなるだろうと」
なるほど、その時にはまだ、父は公爵家を存続させるために、後妻を娶る心づもりだったのか。
ではそれが変更されたのはいつだろうか。リエットの疑問を分かっているとばかり、父はこちらを向いて微笑んだ。
「いずれは後妻を娶るつもりだった。公爵家の存続は私の義務であるし、リエットにも、母が居たほうが良いだろうと。けれど、新しい妻に向き合う前に、私は亡き妻と向き合わなければいけないと思い、調査を続けていた」
「……調査?」
そこで公爵は一度こちらを見、そしてまた顔を伏せた。
「お前の母親は、当時存命だった第一王妃――エレオノール殿下に呼ばれ、間もなく産み月という中で王宮に向かった。そして王宮で産気づき、無事お前が生まれたが、出産のショックで亡くなったと、駆けつけた私は告げられた」
それも聞いている。それは、リエットの心に「母の命を、父の最愛の人を奪ってしまった」という罪悪感としてずっとこびり付いている。
「当時は衝撃で、言われるままに受け入れるしかなかった。ただ遺されたお前を守らなければと思っていた。だから王家の提案も、お前の将来の幸せが約束されると思い、二つ返事で受け入れた」
「……王家の提案? フェリクさまとの婚約でしょうか?」
いや、とそこで父は首を横に振る。
「お前がフェリシアンをとても好いているようだったから、わざわざ言うでも無いと思っていたのだが……。お前が生まれたばかりの頃、王家は妻の死に直接的ではないにしろ関与した責任を取るということも含めて、お前を第一王子の婚約者に――つまり未来の王太子妃にしたいと言ったのだ」




