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幻獣と魔女の箱庭 ~愛を知った幻獣は、案外しつこい。~  作者: 彩羽やよい
第1章:新たな鼓動

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第2話:蒼花の庭園 ―今日も仲良しで何よりです―

 ドラクロワ城の夏は、光と影の境界がひときわ鮮明だった。

 ベルローズは前庭に立ち、陽光に輝く花畑を静かに見つめている。


 傍らでは、菌糸の精霊であるアマンダが膝をつき、土に直接指先を沈めていた。

 ベージュの髪が柔らかな風に揺れ、琥珀色の瞳が熱心に、地中の気配を追っている。


「森の呼吸が、落ち着いてきました。……土も、ようやくあの時の痛みを忘れ始めていますね」


 アマンダは、湿った初夏の空気を深く吸い込んだ。

 そして(おもむろ)に立ち上がると、足元の蒼い花を見下ろして微笑む。


「ベルローズ様。ルシアンさんの魔力から生まれた花が、今日も綺麗に咲いています」


「……そうね」


冬の間に凍てついた土を割り、春の訪れと共に一斉に顔を出しては、一年を通して咲き続ける蒼い花々。

 陽光を浴びるたびに、花弁の内側が結晶のように透け、サファイアを散りばめたような繊細な煌めきを放つ。


「ベルローズ様は最近、よくその花を眺めていらっしゃいますね」


「そうかもしれないわね。……しぶとくて、綺麗だもの」


 その声には、自分でも気づかぬほどの、柔らかな熱が滲んでいる。

 アマンダはそんな彼女の横顔を見上げ、くすりと笑った。


「お花のことを、仰っているのですよね?」


「……そうよ。決まっているでしょう」


 アマンダは笑みを浮かべたままで、「そうですよね」とだけ返した。


 ベルローズは、今は中庭でピピと共に石畳の修繕に取り組んでいるであろう、彼の姿を想った。

 視線を花弁に這わせるたび、断片的な記憶が脳裏を掠める。

 あの日戦場に流れ込んだ、彼の蒼い魔力。

 それが傷痕を覆うようにして、この花を芽吹かせたのだ。


 ベルローズは無意識に、腹部へと手をやった。

 その奥で、昨夜感じたあの奇妙な揺らぎが、今は眠るように沈黙している。


「ベルローズ様。今日は少し、お疲れでしょうか?」


「……いいえ。大丈夫よ」


 アマンダは何かに気づいているのか、それともただの直感か。

 彼女はベルローズの手元を盗み見ることもせず、ただ遠くの空を見上げて呟いた。


「森は、いろんなものを芽吹かせますから。……それがずっと昔から、決まっていたことのように」


 意味深な言葉に、ベルローズは一瞬だけ彼女を(かえり)みたが、アマンダは穏やかに微笑んでいるだけだった。

 ベルローズはその微笑に促されるように、自分だけの秘密を今はまだ、胸の奥へと深く仕舞い込んだ。


 ◆


 一方、城の修復作業が進められている中庭は、騒がしい活気に満ちていた。

 石畳が浮き、接合部を焼く魔力の匂いが立ち込めている。


「雑に置くなって言ってるだろ。割れたらやり直しなんだからね?」


「細けぇな、ピピは」


 ピピが図面を振り回しながら、呆れたように声をかける。

 その先には、退屈そうに欠伸をしながらも、石材を軽々と肩に担いだルシアンがいた。


「はい、次はそこを右! 均等に、丁寧に並べてよね」


「さっきから同じ幅で並べてんだろ……」


 ルシアンは面倒臭そうに片方の耳を伏せ、低くぼやいている。

 それでもピピの指示した位置へと、正確に足を運んだ。


 ルシアンは氷の魔力を練り、石材の表面を急速に冷却して歪みを抑える。

 続いて彼は蒼い炎を指先に灯し、接合部を一気に焼き固めていく。

 ピピは精霊としての本領を発揮し、宙に浮かせた石畳を魔力で滑らかに接続して、城全体の肉体へと馴染ませていった。


 ピピは、石の噛み合わせを確認しながら、横目でルシアンの横顔を盗み見る。

 本来、この幻獣は誰かの命令に甘んじるような(たち)ではない。


 誇り高く、面倒事を嫌い。

 群れることすら鬱陶しがっていた、孤独な獣。

 それが今では、額に汗を浮かべ、文句を言いながら城の床を修繕している。


 ルシアンが特に熱心に仕上げているのは、決まってベルローズが頻繁に歩く回廊やテラスの近くだ。

 その露骨なまでの献身を、ピピは内心評価してしまう。


(……あんなにボロボロになってまで、僕を(かば)ってさ)


 ふとした拍子に、あの日の記憶が蘇る。

 自分に向かって放たれた聖銀の光を、大きな背中で遮ったルシアン。

 あの瞬間、ピピは確かに理解してしまったのだ。

 この不遜な幻獣を失うことは、ドラクロワの一部をもぎ取られることと同義なのだと。


「……なんだよ?」


 ルシアンは、じっと自分を見つめるピピの視線に気づくと、耳を揺らしながら首を傾げてみせた。


「別に。……ほらそこ、またちょっとずれてる! ちゃんとやってよね」


「はいはい」


 気恥ずかしさを隠すように、ピピはわざと語気を強めた。

 ルシアンは適当に流しながら、重い石材を下ろす。


 そこへ、アマンダが前庭から、溢れんばかりの花を抱えてやって来た。


「前庭で増えすぎてしまったので、植え替えに来ました。ここの石畳の隙間にも、少し彩りが必要でしょう?」


「出た! ……ほんとよく増えるよね、その花」


 ピピは、元となった魔力の持ち主の、溢れんばかりの生命力を思った。

 本当によく、死の淵から這い上がってきたものだと思う。

 当のルシアンは、アマンダの腕の中にある蒼い小花を見て、少し目を細めている。


「改めて思うが……、俺の魔力ってのは、こんな花になるんだな」


「綺麗ですよ。ベルローズ様も、とても気に入っていらっしゃいます」


 アマンダの言葉に、ルシアンは沈黙した。

 それから微かに、自慢げに尾を揺らす。

 

 自分が命を削って流し込んだ魔力の痕跡が、彼女の愛する庭に根を張り、その目を愉しませている。

 その事実に、獣じみた独占欲と、静かな満足感が彼の胸を満たしていた。


(ほんと……、わかりやすいやつ)


 ピピは彼の尾と表情をちらりと見やり、小さく息を吐く。

 褒められただけで、こんな顔をするようになったなんて。


 ベルローズはバルコニーの手すりに身を預け、中庭で繰り広げられる騒がしい光景を眺めていた。

 ピピが声をあげ、アマンダが穏やかに笑い、ルシアンが退屈そうに応じる。

 凍てついた孤独しかなかったこの城に、今はこんなにも騒がしく、血の通った時間が流れている。


(……賑やかになったものね)


 彼女は小さく、自分でも気づかぬほど穏やかに微笑んだ。

 その微笑みに呼応するように、ルシアンがふと顔を上げ、バルコニーを見上げた。


 距離は離れていたが、二人の魔力は蒼い角と、首元のチョーカーを通じて微かに共鳴し、互いの存在を確かめ合う。

 ベルローズは何も言わず、それでも目を細めて、彼の視線を受け止めた。

 ルシアンもまた、彼女がそこにいるという確信を得て、安心した様子で耳を動かし、再び作業へと戻っていく。


 腰に手を当てて背筋を伸ばしながら、ピピは隣に立つアマンダに声をかける。


「アマンダ。……見た? 今の。ちょっとさ、重症じゃない?」


「見ました。でも、良いのではないですか? 治らなくても困りませんよ」


「まぁ……、それはそうだけど」


 どうやら、考えていることは同じらしい。

 

 この城で最も頑固だったはずの、彼らの主。

 不器用に牙を剥き続けていた、蒼い幻獣。

 それが今では誰の目にも分かるほど、互いを求めあっている。


 精霊たちは顔を見合わせ、小さく笑い合った。

 咲き乱れる蒼い花々が、涼やかな風を受けて一斉に揺れた。

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