表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣と魔女の箱庭 ~愛を知った幻獣は、案外しつこい。~  作者: 彩羽やよい
第2章:夜を継ぐもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/41

第12話:石の星と白い花 ―精霊たちの贈り物―

真夏の陽光が天頂から降り注ぐ、西塔の最上階。

セレスティアの子供部屋は、大きな窓から惜しみなく差し込む光によって、白く柔らかな輝きで満たされている。

吹き込む風は、森の深部で熟して湿った、緑の匂いがした。


セレスティアは、広く整えられた石床を、縦横無尽に這い回っていた。

彼女の漆黒の尾は、好奇心に揺れる感情を映して、床を叩いては弾んでいる。


光るものを喜ぶ彼女のために、窓辺に吊るされた硝子細工。

細工はゆらゆらと風に揺れて陽光を砕き、虹色の欠片を部屋中に散らす。


セレスティアの瞳は、星屑を飲み込んだように輝いていた。

彼女が小さな手を伸ばしてその光を掴もうとすれば、彼女自身の魔力が呼び寄せた微細な光の粒子が舞い踊る。


その光景を、ピピは深刻な顔で眺めていた。

彼は窓辺の壁に背を預け、灰色の瞳を細めて腕を組んでいる。


ピピは珍しく、城の修復具合でも、ベルローズの体調でもないものを追いかけていた。

セレスティアの、あどけない手のひらの動きだ。


数日前から、彼はある種の、強迫観念に近い悩みに取り憑かれていた。

セレスティアへの贈り物である。


彼女がこの世に生を受けてからというもの。

ベルローズやルシアンは、その存在そのものを惜しみなく注ぎ、守り続けている。

アマンダは毎日のように、森から美しい花や、赤子の肌に優しい香草を、呼吸をするかのように持ち帰ってくる。


だが、自分はどうだろうか。

石の精霊であるピピにとって、価値とは持続性と同義だった。

何百年も形を変えず、風雨に耐え、そこに在り続ける城壁。


壊れないこと、色褪せないこと。

それこそが、彼が知る誠実さで、愛情の表現でもあった。


彼は、城の北翼の隅に設けた工房に籠もり、夜通し石を削り始めた。

最初に作り上げたのは、質の良い石材を鏡面のように磨き上げた、星形の積み木だった。


赤子がどこを触っても、口にしても傷つかないよう、角は極限まで丸められている。

表面には星座の紋様を彫り込み、魔力を通せば内側から淡く発光するよう、高度な魔導加工を施した。

落としても欠けず、数百年単位でその形を保ち続ける、完璧な玩具。


だが、完成したそれを見つめていたピピの手が、ふと止まる。

セレスティアは、今目の前にあるものを口に入れ、握り、投げる。

そして飽きれば、それに見向きもせずに次へと進んでいく。


もし、この完璧な石の玩具を彼女に贈ったとして。

彼女が喜び、遊び、そして成長したとき、この壊れない石はどうなるのだろうか。

彼女が少女になり、大人になる一方で。

この積み木だけは、今日と変わらぬまま、西塔の片隅に残り続ける。


「……そういえば赤ん坊って、大きくなるんじゃん」


静かな工房で、その独り言だけがやけに重く響いた。

ピピにとって、変わるという感覚は、恐ろしいほど曖昧なものだ。

城はそこに在り続けるものであり、自分もまた、不変の守護者だ。

主であるベルローズでさえ、彼の時間軸では、変わらずそこに居る存在だった。


だが、セレスティアは違う。

昨日できなかったことを今日覚え、朝に愛でたものを、夕暮れには忘れてしまう。


彼女の内側では、時間が激流や、瞬く閃光のように流れているのだ。

ピピは、削りかけの石細工を見つめながら途方に暮れ、椅子へ腰を下ろした。


その頃、アマンダは夏の森を歩いていた。

木漏れ日が斑模様を描く柔らかな腐葉土を、足先でゆっくりと踏みしめて進む。

彼女もまた、セレスティアに贈るべきものを探していた。


最初に見つけたのは、夜になると、水面のような青い光を放つ花だった。


「これは、夜露を吸いすぎますね。セレスティア様の体を冷やすかもしれません」


アマンダは首を傾げ、土に戻した。

次に、月光を凝固させたような銀色の果実を見つける。

それも「まだ歯が少ないですからね、持て余してしまいます」と呟いて諦め、キノコを摘んでは、胞子が強すぎると却下した。


アマンダは森の生き物たちや、土中の菌糸たちへ問いかけるように歩き続けた。

だが、何を見つけても「これではない」という感覚が拭えなかった。


彼女にとって、命とは完璧な循環そのもの。

芽吹き、育ち、朽ちては土へ還る。その流れの中にこそ美しさがある。

だからこそ、彼女は今しか存在しない刹那の幼さに、不思議な戸惑いを覚えていた。


夕暮れが近づき、森が橙色の影に飲み込まれ始めた頃。

彼女は一本の大樹の根元に、小さな白い花の群生を見つけた。


それは、夜明け前までのわずかな時間しか咲かず、強い朝日を浴びれば、儚く散ってしまう。

森の精霊でさえ見失うほどの、名もなき花だった。

アマンダはその花を見つめ、長い沈黙の後、ようやく微笑んだ。


「……なるほど。きっと、こういうことなんですね」


アマンダが城へ戻ると、ピピはまだ工房で唸っていた。

卓上に並ぶのは、精巧な石の積み木、細密に削り出された星座盤。

それから、魔力に反応して回る、石の回転玩具。


どれもが工芸品として完璧であり、美しかった。

だが、ピピの表情は晴れない。


「どうしたんです? 素敵な作品が並んでいるじゃありませんか」


「……わかんなくなった。ずっと残るものを作ればいいと思ってたんだ。でも、セレスティア様は、そんなこと気にしない」


アマンダの声に、ピピは珍しく弱々しい声で呟いた。


「今しか遊ばない。壊すし、すぐ飽きちゃう。……だったら、ずっと形が変わらない石なんて、ただの押し付けじゃないか。何を作ればいいんだよ」


アマンダは少し考え、それから森で摘んできた、あの白い花をそっと卓上に置いた。


「わたしも、明日の朝には消えてしまう花を持って帰ってきました」


「……贈り物なのに、残らないものをあげるって?」


「はい。でも今、いちばん綺麗なんです」


その言葉に、ピピはすぐには返答できなかった。

今が、何百年という歳月よりも価値を持つ。

石の精霊にとって、それは最も理解しがたく、最も眩しい、生命の真理だった。


夜、西塔には青白い月光が満ちていた。

セレスティアは床に広げられた柔らかい布の上で、ルシアンの太い尾を捕まえて、夢中で遊んでいる。


ルシアンは耳を伏せ、時折(よだれ)で濡れる毛並みに顔を(しか)めながらも、尾を引く力に抗うことなく、ただじっと耐えていた。

ベルローズは長椅子に身を預け、その愛おしい関係を、慈しむような眼差しで見守っている。


そこへ、ピピとアマンダが姿を現した。

ルシアンはセレスティアを落とさぬように慎重に身を起こすと、精霊たちに目をやった。


「……どうした? そんな顔して」


「えっと、……セレスティア様にさ、何か贈り物をしたくて」


ピピは悩み抜いた末、あの精巧な工芸品をすべて工房に残してきた。

代わりに持ってきたのは、セレスティアの小さな手の中に収まる大きさの、丸い『石の星』だった。


星座の紋様も、仕掛けもない。

ただ、赤子の小さな手のひらが握るのに、ちょうど良い大きさで。

魔力を通すとほんのりと光り、温かくなるだけの、簡素な石。


ピピの魔力が込められたそれは、石であるはずなのに柔らかく、噛んでも壊れず、投げても誰かを傷つけない。

ただ、掴むという今の彼女の喜びのためだけに、極限まで磨き上げられた石だった。


「わたしも、これをセレスティア様に」


アマンダは、白い花で編んだ小さな花冠を差し出した。

その花は、夜風を受けて呼吸するように淡く発光し、命の灯火を燃やしている。


セレスティアは、まず発光する花冠へ手を伸ばし、声を上げて笑った。

彼女の周囲で、星屑のような魔力の粒が舞い上がる。


次に、彼女はピピが差し出した石の星を、小さな指でぎゅっと握りしめた。

赤子の体温を吸い上げ、石が仄かに、優しい青色に光る。

ピピはその光景を、瞬きもせずに見つめていた。


永遠だから愛されるのではない。

壊れないから価値があるのでもない。


ただ、この石を握った今という瞬間、この子が笑うこと。

それこそが、永遠に勝る価値なのだと、彼はようやく理解した。


窓の外では、夏の夜空が深く広がっている。

アマンダが摘んできた白い花は、夜明けの光とともに散ってしまうだろう。

それでも、セレスティアが今浮かべている笑顔と、ピピの指に触れた小さな手の温もりだけは、形なき宝物として刻まれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ