135・vsトウコツ
四凶のそれぞれの動きを確認した後、近寄ってくるトウコツに対しグッと向き直ったジールは足に力を入れて飛び掛かった
握り締めている短剣にはいつの間に詠唱をしたのか、青白い炎が纏っており明るくなった講堂内の光と相まって美しいコントラストを生み出していた。その光がジールの動きと共に青白い線を描き出す。トウコツに飛び掛かったジールは近づくと共にその短剣を振り抜き飛ぶ斬撃を放った
「うらぁあああ!」
『ぬっ?』
それはゆっくりと歩いて近付いてくるトウコツに対してはかなり有効な素早い一撃。その斬撃はかなりの高温なのか、周辺の空気を歪ましながら青い炎に包まれて一瞬でトウコツの巨大な体に打ち込まれた
ジュッ
という肉が焼けたような音、普通の魔物なら一瞬で炭化するだろう。それを動きが鈍いトウコツは真面に受けてしまった。その巨大な体躯のお陰で致命傷にはならないにしろ、少なからずのダメージはあるはずだ。斬撃が間違いなく当たったことを確信したジールはニヤリと不敵にほくそ笑んだ
・・・だが
『ふ~む、少し蚊が刺した程度かの。そんなら次はワシの番かの・・・んむぅ!』
「嘘だろ・・・」
斬撃が当たった箇所を自身の大木のような手でポリポリと掻くトウコツ。そこは少し自らの体毛が焦げた程度で済んでいた
そして自分の身体の状態を確認した後、手にしている棍棒を大きく後方に振りかぶりジールに向かって叩き下ろした
「のっ!わっ!」
迫りくる大きすぎる棍棒。直撃を受けてしまえば確実に一撃でこの世とおさらばしてしまうその一撃。それをジールは足に溜めた空気を爆発させる事で何とか回避した
『ばっはっは!中々素早いの~、飛んでいる虫に当てるのは中々難しいわい』
ブォンと風を切る音が響き、何度もジールに向かって棍棒を叩き下ろすトウコツ。ジールが避ける事でそれが講堂内の床に叩きつけられ床がバラバラに砕け散る・・・筈なのだが、トウコツの棍棒が叩きつけれた箇所がキィンと言う短い高音が響いたと思ったらそこだけ小さな結界が生み出されていた
おそらくこの全体に包まれている封印術の効果の一つなのだろう。そう言えば確かに、四凶が封印されている教会内にしては物が壊れたり荒らされている形跡がない。外から侵入してきた盗賊達の事を考えれば、おそらくそれは外からの攻撃より中からの攻撃を防ぐ事に特化した結界なのだろう。それも四凶を限定とした、それならば四凶がどれだけ強力な攻撃を繰り広げたとしてもこの教会内を破壊できる訳が無い筈だ。何しろそれに使っている媒介が強力すぎる。そのぐらいは可能性として当然なのだろう
しかし今のジールにはそんな事を気にする余裕なんて無い。次々に振り下ろされてくる棍棒を避けるのに必死なのだ
『んむぅ~、全然当たらんわい・・・どれ、これならどうかの』
何度目か、幾度も躱される自身の攻撃に苛立ってくるトウコツ
笑いながら棍棒を振り下ろしていたが、それをピタリと止め手元に戻していく。そしてその棍棒を正眼に構えたと思った瞬間、一声
『神異より告げる、一名難訓』
トウコツの鋭い二本の牙が光り出した
「ぐっ!?がっ!?」
その光がジールを照らし出した途端、ジールは自身の体が一気に重くなるように感じた
自らの体の重さに耐えきれなくなったジールは飛んで回避していた自分の体を教会の床に叩き落してしまった
「がぁっ!なん・・・くっ、何が起こってやがんだ」
床に叩きつけれた衝撃で肺の中の酸素を全て吐き出してしまい悶絶する
一瞬の出来事であり、自分の身体に何が起こっているのか全く理解出来ていない。呪いか?それとも別の攻撃か?いや、何かが飛んできたように見えなかった
『ふ~む、まともに喰らってしまったかいの。少しは歯応えがあると思ったが・・・これでは面白くないのぉ』
そんなジールを見下した視線を送り、光が収まった自身の牙を撫でながらジールの元に近寄ってくるトウコツ
「ぐっ・・・てめぇ、何しやがった」
それに対し何とか酸素を取り込む事が出来たジールは震える膝に鞭を打ち何とか立ち上がる。だが依然として自身の体の状態が理解出来ない。トウコツから視線を外さずに落としてしまった短剣を拾おうと手を伸ばすが上手く体が動かない。だが無理矢理何とか立ち上がったジールを見てトウコツは嬉しそうに声を上げた
『ほう、立ち上がるか。ばっはっは!そうでなくてはな!やっぱり歯応えがあるヤツみたいじゃな。どれ、その根性を認めて種明かしでもしてやるわい』
ジールに近寄ったトウコツは手にしている棍棒をジールに振り下ろす事をせず、ズシンとその巨体を地に降ろしジールの前に胡坐をかいて座り込んだ
今なら簡単に止めを刺せるだろうにそれをしないのは強者の余裕の表れか、いや、それより久しぶりの暇つぶしを簡単に終わらせたくないとの思いがあるのだろう。それに今までの人間に比べて中々歯応えがある相手なのだ。暴れ甲斐がある、まだまだ暴れ足りない。その本能のままに動いているのだ
「ゴホッ!ガハッ!はぁはぁ・・・種明かしだと?ゲホッ!」
震える膝に手をつき、視線をトウコツから外さず何とか動ける態勢を整えているジール。だがその思考の中は全く別の事を考えていた
くそ・・・何なんだコレは、何か頭も重たくなってきたしよ。それに関節の節々も痛くなってきやがった・・・ったく何だってんだ
自分の体の重さも然る事ながら、全身が怠くて仕方がない。心なしか身体中に熱を帯びている様にも感じる。そしてそんなジールを見てトウコツはニヤリと笑いながらその正体を告げる
『ばっはっは!お主に掛けた詠唱は難訓と呼ぶものだ。その中でも特に体に害をなすものを掛けさせて貰ったわい』
笑いながらそう言い放つトウコツ。だがそれを言われても頭の思考が霞んでいるジールはそれをまともに考える事が出来ない
それもその筈、ジールは一般的に言われる「風邪」の症状に侵されているのだ。それもかなり重篤な、それにより高温の発熱を始めとする数々の風邪の症状がジールを蝕んでいたのだ。だがトウコツの言い回しを考えれば、恐らくだがその詠唱の種類はまだ他にも色々あるに違いない。今回はその中の一つを行使しただけで、そしてその一つだけでジールは窮地に立たされてしまっているのだ
「どうなってやがる・・・耳鳴りなのかコレは?良く分からねぇが、取り合えず体が重くて仕方ねぇ・・・」
だが生まれてこの方風邪になったことも無いばかりか病気にも特になった事が無かったジールにとっては初めての体験。それ故にそれが風邪の症状だと気付く事が出来なかった。それに加えただの風邪ではなく、普通の人間なら命に係わるほど重篤な風邪であり、病が全身を蝕むというのはこの事。だがジールはそれの正体に気付く事が出来ない、ただトウコツが放った魔法による呪いか何か、その思いだけだった
だがそれは決して間違いでは無かった
フラフラと今にも倒れそうな自分の体を支え、回らない頭で何とか今の状況を打破する策を練る
『ふ~む。どうやら立ち上がるのが精一杯の様だの。どれ、もう少し楽しみたいが止めを刺す事にするかの』
上手く動けないでいるジールに対し、どっこらせっと棍棒を肩に担ぎながら立ち上がるトウコツ。改めてその歪んだ醜悪な面構えを見るが、どうにも人間を壊す事が楽しくて仕方が無い、そんな事が表情から滲みだしている
ゆっくりと立ち上がったトウコツは手にしている棍棒を大きく振りかぶる。霞んだ目で何とかそれを捉えようとするジールだが、景色が何重にも重なって見えており上手く視線が定まらない。このままではあのデカすぎる棍棒に潰されて終わってしまう・・・だがそれを打破する為に体を動かそうにも魔法を詠唱しようにも、体が、頭が、上手く働かない
最早これまでか
と、そう思った時に今の状況には全く場違いな声が響いた
「ジ、ジールさん!しっかりしてください!早く子供達にご飯を届けないと!」
それは四凶の圧から立ち直ったシスターだった




