134・死闘の始まり
「なっ!?」
いきなり教会内に響き渡った声に押していたカートから手を離し、一気に臨戦態勢に入るジール。腰に差している愛用の短剣を取り出し身を低くして声が響いた方向に体を向けた
だが教会内の広い講堂の中では蝋燭の光だけでは全てを視認する事は難しい。声のした方を注視するがぼんやりと暗闇が浮かぶだけでその存在を確認出来ない
「おいシスター・エリー、今の声は・・・って大丈夫か?」
全身の警戒を解かないまま蝋燭の灯が灯る燭台を手にしているシスターの方に視線を移す。すると先程まで隣を歩き楽しげに会話していた筈のシスターは自身の肩を抱きながら俯き震えていた
彼女のその姿を見ただけでも分かる。それに姿が確認出来ないながらも感じるこのプレッシャー
間違いない
気付けばここに来てからそれなりの時間が経っている。この町に来た時はまだ日が落ちたばかりだったが、そうか。もうすっかり夜になっていたのか。なら、シスターが言ってたようにヤツ等が現れてもおかしくない。・・・それに既にこちらの事はバレているみたいだし、ならもう遠慮する必要はないか
そう思ったジールは控えめに灯していたライトの魔法に魔力を込め、大きく全体を照らし始めた
蝋燭のぼんやりと見える小さな灯りとは違い、それは教会内全てを明るく照らし出した
すると・・・
『ゲギャギャギャギャ!頭から喰らってやろうか!』
『クカカカ、俺達をまた封印するとは言ってくれるなァ』
『ばっはっは!以前の人間の様に八つ裂きにしてくれるわい!』
照らすと同時に次々と聞こえてくる重厚ある声。最初に聞こえた声とは違う三色の黒
つまり全部で四つ
「ちっ、こいつはちっとマズイな・・・おいシスター・エリー。走れるか?」
声は聞こえるがまだ姿は確認出来ていない。だが居るのは確実
それを確信出来るだけのビリビリと肌で感じるプレッシャー。まるで講堂内全体がその圧力で押しつぶされそうな程だ
歯をグッと喰いしばり何とかその圧力に耐えているジール。だがまだ再封印する為の準備が全く出来ていない今、出来る事と言えばこの場からの離脱ぐらいしかない。早くさっきの部屋に戻らなければ・・・ジールはそう判断しシスターに呼び掛けるが
「・・・」
シスターは蹲り動く事が出来ずにいた。首飾り、ブルーメタルトパーズの効力により彼女自身、攻撃事態を受ける事は無いのだが、辺り全体に無造作に撒き散らされている重苦しいプレッシャーにより動く事もままならないのだ
「ちっ・・・一か八か」
その状態のシスターを確認したジールは今すぐにシスターを抱え部屋へと戻るのは難しいと判断し、取り合えずやれるだけやってみるかと短剣を握り締め声が響いてきた方へと向き直った
『ほう、我等の圧に耐えるか。これは中々に楽しめそうな人間が来たな。どれ、少しは暇つぶしにはなるか』
短剣を構えた臨戦態勢に入ったジールを見てか、最初に聞こえた声が再び響いてきた
そしてその声が聞こえたと同時についにソレ等、四凶は姿を現してきた
黒い靄の様なものが現れたと思ったら次々と姿を現してくる四凶
まず最初に現れたのはまさに狼のそれだった。だが鋭く尖った牙や爪はそこらにいる狼とは全く比べ物にならない程禍々しく光っている。さらに黒い体毛に覆われている全身の背の部分、そこから三対六枚の漆黒の羽が生えており、そしてそれ等の体躯を支える大木を思わせるような逞しい足が全部で六本、それが宙を踏みしめていた
次に現れたのは顔は醜悪さを前面に表した人間そのもの。だが体は牛の様に大きく曲がっており額からは鋭く尖った二本の角が伸びていた。それに加え口に生えそろう刻み目の様な鋸状の歯牙。それを支える二本の足は牛のような形をしているが、肩から伸びる二本の腕は人間と同じ形をしており何とも醜悪な出で立ちをしている
そしてその頭上の咆哮から姿を現したのは、背中に一対のくすんだ様な色の翼が生えた大きな虎。羽根以外の姿形は虎そのものだが、その羽根を含め全身の体毛一本一本が針のように鋭く尖っていた。ギャリギャリと羽根を動かすたびに不快な音が聞こえてきており、その羽根の不快音に呪いが込められているかのように聞いているだけで神経が削り取られていく
最後に、宙に浮かんでいる三体とは別にしっかりと二本の足で床を踏みしめながら現れたのはサイズ以外は人間の様な出で立ち。だが口元には猪を彷彿させる大きな二本の牙、それに太く伸びる二本の腕そのものは獣の様な体毛に覆われていた。そしてその片腕には大木のような大きな棍棒を持っていた。その手にしている棍棒は棘のついた狼牙棒とよばれるものであり、そのサイズもさることながら一撃でも喰らってしまえば間違いなくジールと言えど一瞬で肉片に変わってしまうだろう
「・・・伝承通りの姿って訳か。いよいよ本物だなこりゃ」
四凶、その姿を確認したジールの頬を一筋の汗が流れる
姿を現したことで感じているプレッシャーが一層強くなるが、それでも握り締めている短剣を離すことはない。四凶から目を離すことなく地を踏みしめている両足に力を籠め、いつでもどんな状況にでも対応できるように神経を張り巡らしていた
『我等の事を良く御存じのようだが・・・それでも挑もうとする姿勢、益々楽しめそうだ』
そのジールを見て語るのは狼の姿をしたコントン
『ゲギャギャギャギャ!今までの人間よりは美味そうだぜぇ!』
大きな口で涎を泣き散らすのは牛身人面のトウテツ
『クカカカ。刻み甲斐がありそうだ』
くすんだ色の翼を鳴らしながら風を纏うキュウキ
『ばっはっは!久しぶりに暴れられるわい!』
棍棒を振り回しながらゆっくりと近寄ってくるトウコツ
「おいおい・・・こいつはシャレになんねぇぞ。シスター?・・・ちっ、やっぱりダメか」
完全に姿を現した四凶の醜悪さに思わず尻込みしてしまう。一度は握り直した短剣が汗で滑りそうになる・・・こいつはダメだ。とてもじゃないが相手に出来る訳ねぇ。ビリビリと肌で感じる神龍と戦った時と同様の窮地。それが四体、それに特に一番上に貫禄ある様にジッと宙に佇む狼の形を模したコントン・・・そいつからは他の三体よりも特に強いプレッシャーを感じる。相対はしなかったが、おそらく完全体になった時の神龍と同等か、それ以上か。それ程の圧を感じる
その圧に再び退却の文字が頭を過る。だがジールの後ろに蹲っているシスターの様子を見てそれを諦めるしかなかった。抱えて走り抜けてもいいのだが、伝承通りの姿なのだ、おそらく風を操るキュウキにあっという間に追いつかれてしまうだろう。それこそ身体強化を掛けたとしてもだ
『ばっはっは!どれ、ワシから行かせて貰おうかのう!』
背中を伝う冷や汗が止まらないジールにそう言いながらゆっくりと近寄ってくるトウコツ。振り回している棍棒を肩に掛け、口から伸びている二本の大きな牙を笑みで歪ませながら醜悪さを前面に出している。その全身はジールの五倍はあるだろう。棍棒を振り回す醜悪な面の暴れん坊の巨人、それが四凶の一角のトウコツである
『おいおい待てよ!粉々にするんじゃねぇぞ!俺が頭から喰らってやるんだからな!ゲギャギャギャ!』
ジールに大きな歩みで近寄っていくトウコツに、口から涎を撒き散らしながら話し掛けるトウテツ
『ふむ、どれ程の実力か拝見させて貰うとするか』
六本の逞しい足で天井に近い上空で傍観を決め込んだコントン
『クカカカ』
ニヤニヤと卑屈な笑いを見せ宙に漂っているキュウキ
トウコツを除く他の三体は反応はそれぞれだが、どうやらトウコツが始めようとしている虐殺に手を出すつもりはないらしい。どうせいつもの事だ、己の欲求を満たせればそれでいい。そんな思いを持っているのか、だがそれぞれが同様にニヤニヤと卑屈な歪んだ笑みを浮かべているのは共通であった・・・コントンを除いて
何だあのニンゲンは?
いつもならこの結界に阻まれている為この建物の外に出る事は出来ないが、たまに来る人間どもを暇つぶしに弄んでやるのだ。人間どもの苦しむ顔、絶望、悲観、恐怖失意畏怖焦燥・・・それらが我の糧になる。震えろ、恐れろ、それが我の楽しみなのだ
だが今回の人間は侮れんな。トウコツの様な頭の空っぽな阿呆では気付かんか、アレの内蔵している魔力量を。アレは普通ではない、だが所詮人間だ。我に及ぶほどではないな・・・まぁせっかくの楽しめそうな人間だ。精々足掻いてくれ、そして我を楽しませろ
「チッ・・・取り合えずあの気持ち悪い棍棒野郎から何とかするか。幸い、他の奴等は手を出してこなさそうだし・・・うしっ!」
上空から感じる視線、それも特に圧迫感があるコントン。どんな思惑があるのか分からないが、ヤツを含め他の奴等は傍観を決め込んでいるようだ・・・まだ一体なら何とかなるかもしれない
ジールはそう思い、汗で滲んでいる短剣を再度握り直した




