123・教会
「教会か・・・」
目的の教会の前まで辿り着いたジール
すっかり辺りは暗くなっており、唯一、教会の正面の入り口に掲げられている松明の光がぼんやりと辺りを照らしていた。その灯りを頼りに目の前にある教会全体の外観をじっと見つめるジール
だがそのジールの瞳には教会全体を見ているというより、もっと奥の、別の何かを懐かしむような眼差しで見ていた
「孤児院か・・・」
ポツリと呟いたその声。それはジールも育ちの孤児院であったが故か
その証拠に教会の外観はかなり古びた様に感じられたが、松明の光を頼りに入り口の周辺を見渡してみると、そこには小さいながらも花壇が綺麗に整えられ、そこには季節の花が美しく咲いていた。さらに落ち葉一つ見当たらないところを見ると日頃から丁寧に手を掛けている事が伺える
そしてその花壇の花々の手前に小さく紙でその花を植えたであろう人物の名前がそれぞれ書いてあった。その書いてある名前が何とも言えず可愛らしく、下手ながらも必死で自分の名前を書いたような様子が見える。それがジールがこの教会が孤児院も兼ねている事を判断した理由であろう
花壇に近寄りスッと屈んでその花を優しくなでるように触るジール。その表情はいつものジールからはとても想像出来ない様な柔らかい表情をしていた
「懐かしいな」
花に触れながらそっと呟くジール。そもそも魔物や戦争などで両親を失った子供は決して少なくない。その為、その子供達に身寄りが無ければこうした教会を利用した孤児院が小さな町にあるのも珍しくないのだ・・・ジールの場合はそれでは無かったのだが
そうしながらしばらく花に触れながら昔を懐かしむジール。孤児院での生活は親から捨てられたジールにとって、とても暖かい居場所でありそれがあったから生き延びる事が出来たと言っても過言ではないだろう。その時を、その大事な時間をゆっくりと静かに思い出す
・・・
どれぐらいそうしていただろう
時間を忘れ、しばらくそうしていたジール
その時『ギィッ』と教会の入り口の扉が開いた
ボンヤリと昔を慈しんでいたジールもその音で我に返り慌てて立ち上がった
「どちら様でしょうか?」
教会の入り口にある古びた木製の扉が開き、その中から声と共にゆっくりと一人の女性が声を掛けて来た。その手には火の灯った蝋燭が刺さっている燭台を手に持っており、その修道女のような恰好からおそらく彼女がこの教会のシスターである事が判断出来る
やや俯き加減のシスターの表情は蝋燭の灯りだけでは分かりにくいが、僅かに見える口元だけでも彼女が端正な顔立ちである事が分かる
「あ、あぁ・・・あ~え~っと、この教会の地下にお宝イヤ、ゲフンゲフン・・・え~、怨霊の巣食う町ってのはここで良かったんだよな?この教会は入口の所にある旨面の店主から聞いたんだが・・・」
いきなり教会の扉が開いたことに動揺し、思わず心の声が出そうになってしまったジールだが、当初の依頼は怨霊の殲滅であり間違っても財宝を手に入れる事ではない。それはあくまでも個人的な理由であり、当の教会に住んでいるシスターにその事を伝える訳にはいかない。それにもしかしたらその事をシスターは知らないかもしれないからだ
噂が勝手に独り歩きする事は良くある事で、もしかしたら教会の地下に財宝なんて無いのかもしれない。だが自分の下心に敗北を喫して金欠になってしまっているジールにとっては藁にも縋りたい気持ちで受けてしまった依頼なのだ。取り合えず、今の自分は体裁上はあくまでも依頼を受けに来たただのギルドのメンバーの一員だ。噂の事はそれが解決してからゆっくりと散策したらいい、そう思ったジールはギリギリだが何とか取り繕う事が出来た
そんなジールをキョトンと不思議そうな目で見ていたシスターだがジールの言っている内容に思い当たる節があったのか、警戒していた視線を和らげ、ゆっくりと肩の力を抜きながらジールへと声を掛けた
「・・・もしかしてギルドの依頼を受けて来てくださった方ですか?うまづら?と言うのは良く分かりませんが・・・もしそうなら取り合えず今晩はここにお泊り下さい。今この町に開いている宿屋はありませんし・・・それにきっと子供たちも喜ぶでしょうから」
こんな夜更けに誰も寄り付かない様な町に来たのだ。シスターが警戒して当然だろう
だが怨霊の巣食う町と言いながらこの教会を尋ねて来たのだ。それはギルドから依頼を受けて来た人にしか分からない事であり、その事でシスターも安心する事が出来たのだ
ジールに声を掛けながら教会の中へと入る様に促すシスター。だがジールは俯きながらブツブツと言いだしておりシスターの声に反応していない
「そうなんだよな~・・・仮にシスターがお宝の事を知らなかったとして、もし俺がそれを発見しちまったらそれはこの教会の所有物になるしな~。いつもなら問答無用でかっさらって行くんだけど孤児院ってのがなぁ~・・・まいったな・・・でも直ぐに俺の空間収納にしまい込んでしまえばバレる事はないから大丈夫かなぁ~でもなぁ・・・孤児院だしな~・・・でもお宝は欲しいし・・・でもなぁ・・・ブツブツブツブツ」
ジールの中に少し残っている良心が『お宝=俺の物』の定義を揺れ動かしていた
シスターの声が届いていないジールは顎に手をやりブツブツと深く思考に沈んでいた
「・・・あの?・・・あの!?すいません!聞いていますか?」
「お宝か・・・孤児院か・・・だが・・・えっ!?あ、はい。な、何でしょうか?」
「あの、ギルドから来てくださった方ですよね?」
「あ、はい。そうです」
「・・・でしたら今日はここにお泊り下さい。今この町に開いている宿屋はありませんから」
一度警戒を解いたシスターが再び怪しむような眼でジールを見ている。修道服のヴェールで少し隠れているその表情は分かりにくいが明らかに怪しんでいた。だが、ギルドから依頼を受けて来たのは間違いない筈で、どちらかと言うより、どこぞの誰か分からない不審者を見る目と言うよりはジール自体に対する冷ややかな視線のように見て取れた
だがジールが悪い。いきなり来た人間がブツブツと独り言を言い出したのだ。それは警戒して当然だろう、と言うより気持ち悪い
これはジールが悪い
「あ、はい。すいません。お邪魔させて頂きます」
そんなシスターの貫く様な視線に耐えきれなかったジールは、思わず敬語になりながらシスターの後を大人しく着いて行くのだった




