122・骨切包丁
「まぁ宿屋はあるにはあるんだがな・・・ヒッヒ。だがあんちゃんが言うような『泊まれる場所』ってのは今のこの町にはその教会しかないのさ」
後ずさりをするジールにユラユラと左右に動きながらジリジリと詰め寄っていくロリタさん。口元はニタニタと歪んでおり口調はヘラヘラと笑っている。手に持っている骨切包丁はギラギラと光っておりついでに頭もピカピカと光っている
怖い
何かもう色々怖い
何が怖いかって、全部怖い
元々霊的なモノが苦手なジール。この町に来た時から若干その雰囲気に当てられているのだ
いつもなら大して怖くない現象でも今なら何倍も敏感になってしまっている
「そそそそそうなのか~、いや~じゃあ、そそその教会ってのにいってみるかなぁ~・・・じじゃあ悪いんだけど注文するのはまたって事で」
ドンッ!
「ひぃいい!!?」
「あんちゃん・・・メシ喰いに来たってのに何も喰わないで出て行くったぁ、どういう了見だ?あぁん?」
ゆっくりと後退りしながら何とか出口の近くまで辿り着いたジール。そのまま扉に手を掛けゆっくりと出て行こうとしたがロリタさんがそれを許さない
大きな音で遮られ再び情けない声が出てしまった。震える目でその音の出所にゆっくりと視線を移せば机に深々と刺さっていた、ロリタさんが持っていた骨切包丁が
そしてその深々と突き刺さった骨切包丁に手を掛けながら
ほら、見てみなよ
と言いながらロリタさんはジールを見る
「ヒッヒ、あんちゃん・・・遠慮するなよ。丁度新鮮な肉が手に入りそうなんだ・・・それにコイツも久しぶりに血を吸いたがってるみたいだしよぉ」
「いいいいいいや・・・ああああの・・・」
ガコッと突き刺さったソレを抜き、その鋭い刃渡りにゆっくりと舌を這わす様に舐める
イッちゃってる
ロリタさんの目がイッっちゃってる
元々イッてるロリタさんの目がさらにイッちゃってる
扉に掛けている手がガタガタと震えている。少し股間が湿っぽい気がするが今はそんな事を気にしてはいられない。何とかこの窮地から逃げ出さないと、そう思うが手に、脚に力が入らない
もしかして俺は呪いのような呪術に侵されているのか・・・そんな事が・・・そう思ってしまうぐらい体が言う事を聞かない
だとすればいつの間に・・・この俺に気付かれずにそんな事がこのオッサンに出来るのか?
震える身体と対照的に頭の中はやけにクリアになっている。それ故か、冷静な思考が動かない身体に疑問を持っている。ガタガタと震えいう事を聞かない身体に液体が駄々洩れの下半身
そんな動かない、動けないジールにゆっくりと近寄り、そしてとうとう手を伸ばせば届くところまで来てしまったロリタさん。そして右手に握り締めている骨切包丁を天井高く大きく振り上げながらジールに宣告した
「ヒッヒッヒ。ほら今からゆっくりと調理してやるからよぉ、たぁんと食べてくれよなぁ」
吐き出す吐息がジールにかかるぐらいゆっくりと息を吐き出す。はぁ~っと白く濁ったその空気は動けないジールの顔面に直撃だ
臭い、マジで臭い。何か腐ったような臭いがする
何週間も洗ってない下着の方がまだマシな気がする。そんぐらい臭い
だがその臭すぎる匂いに体が反応した
臭すぎて命の危機を感じた体がビクッと動いたのだ。動ける、動けるぞ!今しかない!
身体の神経が脳のシナプスを通して反応してくれている。逃げるなら今しかない!
そう思ったジールのそこからの動きは早かった
臭すぎて震えの止まった手で思いっ切り扉を開け放った
「『身体強化ディカプル』!!」
そのままの勢いで神龍戦の時に己の身体を破滅に導くほどのダメージが蓄積される身体強化十倍掛けを惜しみなく出し切る。そしてそれが全身に行き渡ったのを確認したジールは一気に店の外へと駆け抜けて行ったのだった
まさに一瞬、刹那
ジールの残像が残るほどのスピード。神龍戦でもここまでの速さは出ただろうか。否、出ていないだろう。何故ならあの時より今の方が必死な気がしたから
振り上げた右手を振り下ろすことなく宙に浮かんだままブラブラとさせているロリタさん。そしてその右腕をゆっくりと下ろし、ジールが踏み抜いて陥没してしまった床を見ながらポソリと呟いた
「あらら、逃げられちまったよ・・・ヒッヒ、せっかく新鮮な肉が手に入ると思ったのになぁ。残念だなぁ・・・まぁいいか」
ニタリと歪んだ笑顔を張り付けたままジールの開け放ったままの扉をゆっくりと閉めるロリタさんだった
ーーー
「はぁはぁ・・・」
店を飛び出したジールは町の外れの方に見える朧げな灯りに一直線に向かって走っていた。店を飛び出す為に掛けていた身体強化はとっくに解除していた。身体強化を掛けたのも一瞬だった為、筋肉の繊維も大して切れることも無く骨も無事に済んでいる、だがそれでも若干のダメージはあったようだが、それは持ち前の回復力で既に治っていた。その際に神龍との戦いで出来た首筋の裏に出来た痣が若干疼いた気がしたが気のせいだろう
だが助かった。本来のジールの実力であればあの程度の禿げたオッサンなぞ一蹴できる筈だ。だが出来なかった。それは出来なかったのだ
だって怖かったのだもの
ジールが店を飛び出した時には既に辺りは暗くなっており、この町に来た時の日が傾いた不気味な薄暗さが暗闇に包まれることで一層その雰囲気に拍車を掛けていた
さらにこの町に来た時に数軒点いていた明かりも既にほとんど消えていた。だがそのお陰か、少し遠くに見えている町の外れの教会らしき灯りが若干の距離がありながらもはっきりと見て取れる。その結果、ジールの教会へと進む足取りが迷うことは無かった




