121・パンドラの箱
ジールは思った
これはアレだ。関わってはいけない人種だ。ロリコンだ。そうだロリータコンプレックスだ。うん、そうだ。俺は何も見ていなかった。よし、宿を探す事にしよう。うん、そうしよう。俺は何も見ていない。さぁ宿を探すとするか
図らずも偶然に自分の視界の中に雑誌の中身が見えてしまったジール
だがその事がまるで無かったかのように振舞う。そうだ自分は何も見ていない。何も見ていなかった
そうしてジールは何事も無かったようにそそくさとその場を立ち去ろうと後ろを振り返った
・・・だが
ガタタタッガタンッ!
店主に近づきすぎた為、自分の後ろに合った椅子に気付けず盛大に引っかけて転んでしまった
「ひぃっ!?」
そしてその大きな音に気付いた旨面の店主こと、ロリタさんが驚き思わず悲鳴を上げる
手にしている雑誌を食い入るように見ていたロリタさん。いきなりの大きな物音にビックリだ。ジールの声には反応し無かったがのは、おそらく、きっとそうだろうが、男の声には反応しない身体になっているのだろう、きっとそうだろう。何故ならその手にしている雑誌がその全てを物語っている気がしたから
「・・・」
「・・・」
そして顔を上げたロリタさんと椅子に躓いてしまったジールの目が合ってしまう
そのまま数秒、お互い無言のまま視線が絡み合った
虚ろな目をしていたロリタさんの目がジールを見据える。先程情けない声を出したもののその視線はジールを捉えて離さない
そしてその視線の会合から先に口を開いたのはロリタさんだった
「・・・見た?」
一言
片手で握り締めていた雑誌をジールの方へピラピラと振り、ジールの方へ促す。だがジールにとっては、その質問の意図が雑誌の内容を見た事に対してなのか、それとも雑誌を食い入るように見ていた自分に対してのものなのか、それがどちらか分からなかった
だが、何れにせよ、そのどちらにせよ、答えは同じだった
「い、いや~見たって何をかな~?今来たばかりだから、ボク、よく分からないな~」
目が死んでいる
ジールは思った。お互い数秒だが視線を交差させた。それで思った、こいつは目が死んでいる。いや、目にまるで生気が無い。目が怖いと言うよりは目に光が無い
さらに手にしていた雑誌の内容と相まって何だかとても怖い
だがそこはジールだ。何とも言えない掴みどころのない恐怖に逃げ出したいのは山々だが、神龍すらも討伐してしまうこの俺だ。そうやすやすと訳の分からないおっさん相手に尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない
そう思ったジールは取り合えず何とか取り繕いながら倒してしまった椅子を戻し、そのままそこに座る。そして机に合ったメニューを手に取りながら、恰も今来ましたよ、と言わんばかりの態度を取って見せた
「さ、さぁ何を食べようかなぁ~。今日はとてもお腹が空いているんだな~、あ、これなんか美味しそうだなぁ」
そんなジールをジーっと見ながら少し様子を伺うような視線を送るロリタさん。そしてしばらく観察した後、ボソッと呟きながら手にしていた雑誌を畳み机の上にそっと置いた
「・・・何も見ていないなら、ヤッちまわなくてもいいか・・・よし、あんちゃん。何が食いたいんだい?何でもすぐに作ってやるよ。今日のおススメは肉料理かなぁ・・・何がいい?」
何だかいけない様な空耳が聞こえたような気がしたが、気にしたらいけない様な気がしたジールはぎこちなく鼻歌を歌いながらメニューをピラピラと捲っていく
「そ、そうだなぁ~。あ、その前に店主。ちょっと聞きたいんだが、この町に宿屋はあるのかい?さっき少し町の中を見渡したんだが、ちょっと見当たらない気がしてな・・・もしあるんだったら場所を教えてくれると助かるんだが・・・ってヒィイッ!!?」
腹を膨らませる事もそうだが、宿を確保しない事にはお宝を散策することに集中できない。だが、町の中に殆ど日の灯りが見えなかったような気がしたジールはそれを尋ねようと、メニューに送っていた視線をロリタさんへと移した
・・・が、視線を移したその先、というか眼前にロリタさんの顔面がドーンと迫っていた
それに思わず驚いたジールはさっきのロリタさんより情けない声を出しながら大きく後ろへ仰け反ってしまった
「あんちゃん・・・この町に宿屋なんてものはねぇよ。今はな・・・ヒッヒ。あるのはボロッちい教会だけだ。今日の宿を探してるんならそこへ行きな」
ち、近い。あとそれに何か臭い
ジールはそう思ったがそれを口に出すわけにもいかず、ロリタさんのその言葉を聞き慌てて立ち上がった。近くで見たロリタさんの登頂部は薄ら禿げており、生気が感じられなかった目は真っ黒に窪んでいる様に見えた
そんな店主がジールの眼前に迫っていたのだ。そしてさらに雑誌を握り締めていた手にいつの間にか大きな骨切包丁を持っていた。ジールで無くても普通の人間なら警戒して当然だろう。何なら少し漏らしてしまっても誰も咎めはしないだろう
町に来てようやく日の灯りを見つけ、そして丁度良くお食事処だった為、腹を満たそうとした。だがその食事を取るよりかはそれを我慢する方がよっぽど良いだろう。このロリタさんからはそれ程の不気味さを感じる
立ち上がったジールはロリタさんを警戒しながらジリジリと後ずさりを始めた
「そ、そうか。それは残念だな。この町なら宿屋ぐらいはあると思ったんだけどな・・・」
後ずさりをしながら少しずつ出口へと近付いていくジール。そしてその視線はロリタさんが持っている骨切包丁から少しも目を逸らさない




