119・語り草の誕生
渡された紙をバンっとカウンターの上に叩き返したジール。いつの間にか荒くなっていた呼吸は整っていたがガン開きになっていた両目はそのままだ。そして叩き返された書類をそっと手に取った受付嬢はそれを不思議そうな顔で見詰め返す。その覗き込むような姿勢によりジールの方が背丈が高い為図らずも若干上目遣いになってしまう
「どうしてですか?その報酬ならジール様でも納得いただけると思ったのですが・・・それにその依頼は中々受けていただける方が居なくて、こちらとしてもジール様に完遂して頂けると助かるのですが・・・」
「くっ・・・だが断るっ!」
クールビューティーな受付嬢の少し甘えたような上目遣いに一瞬たじろぐジールだが、それよりもその依頼内容が本人の意に沿わなかったみたいだ。それを見て少し小さな溜息を吐きながらジールから返って来た書類に改めて目を通す受付嬢
その内容は
『依頼内容:町に巣食う怨霊の殲滅 報酬:町の権利』
「だってよ、それはアレだろ?何人ものハンターが帰ってこなかったか怨霊に恐れをなして逃げ出したあの依頼だろ?さすがに俺でも物理攻撃も魔法攻撃も効かないんじゃお手上げだぜ」
それにお化けみたいな霊的なものは苦手なんだよ
とボソッと付け加えるジール。以外にも最強と名高いジールにも苦手なものはあったようだ
それをバレまいと隠す様に、他の依頼が無いのかと促す様に手を差し出すジール。だが受付嬢はそのジールの差し出した手が見えないかのようにピラピラと手にしている依頼書を振っている
そのあまりの態度に少し苛立ちを覚えるジール。イライラしながらもそれを窘めるような事はせずに再度受付嬢に他の依頼を促した
「ほら、いいから他の依頼を」
「あ、そう言えば」
そんなジールの言葉を遮りながらふと思い出したように尾後に手を当てながら受付嬢はその内容を口にした。言葉を遮られたジールは苛立っている事で眉間の皺がどんどんと深くなっていく。それを見て見ぬふりをしながら言葉を続けようとする彼女、その事で一層苛立ちを隠せなくなるジール。いくら美人受付嬢だと言えどこの態度は無いだろうと、少し文句を言ってやろうとジールは身構えた
だが受付嬢の続けた言葉にそれ等は一瞬で消え去ったのだ
「確か、その町の中にある教会の地下に今まで誰もお目にかかったことが無いような『お宝』があるとか無いとか・・・」
「やります。やらせて下さい。その依頼受けさせて頂きます」
受付嬢のお宝と言う一言、それを聞いたジールは彼女の言葉が終わる前に先程のバッサリと切り捨てた言葉とは裏腹に気持ち良いぐらいの切り替えし
苦手なお化けにクールビューティーの上目遣いは敗北を喫したが、懐が閑古鳥の今のジールにお宝の文字は効果が抜群だったようだ
そして受付嬢もそうなるのが分かっていたようで、手のひらを返したような態度を取るジールを気にする事無く、恰も最初から準備していたかのようにそそくさと受注の準備を始めた
「あ、そうですか?じゃあ正式にジール・ストライダル様にこの依頼を受注して頂くとして・・・とりあえずこれが依頼の町の場所の地図と、そしてこちらに受注のサインを・・・ってもう居ないし」
受注の準備をする為の書類を取り出そうと目を離した一瞬、目の前に居たジールの姿は既にどこにも見当たらなかった。だが受付嬢が取り出していた地図は無くなっている為、ジールが目的地へと向かったのは間違いないだろう
その証拠に、遠くなりながらも聞こえるジールの雄叫び声が誰も居なくなって静かになったギルドの中に反響していたのだ
その中、受付嬢が取り出した依頼書に改めて目を通し、微笑みながら静かに呟いた
「ふふふ、もう行っちゃったんですね。大事なことを伝えてなかったのに・・・その噂の財宝がある教会の地下に一番、怨霊が巣食っているっていう事を。まぁ、ジール様なら大丈夫でしょう」
その呟きは一刻も早くお宝を手入れたいと逸るジールの耳に届く事は無かったのである
ーーー
「きぇえええええい!!」
ギルドを飛び出して数時間
目がカネのマークになっているジールは陸の王者、銀狼をも凌ぐスピードで目的地へと翔っていた。そのスピードは風を追い越し、音を置き去りにし、激闘を繰り広げた神龍も驚くほどの速さを記録していた
「お宝ちゃんハァハァ・・・今行くよ、待っててね」
そしてそのスピードを維持したまま目的の町へと向かっている道中、何匹かの魔物達や人間相手の略奪を目的とする盗賊達がジールを襲おうとしたが、ジールのあまりのそのスピードにより・・・そして何より涎を垂らしまくって目がガンギマリのジールに近寄る事すら出来ずにいた
そして駆け抜けていく瞬間のジールの気持ち悪い呟きと表情は彼らの耳と目にいつまでも焼き付けられ、夜を迎える度にうなされる事になってしまったのだ
これが後世に語り継がれる、夜更かしする子供達への教育になる「悪い子は変態ストライダルが夢に出てくるぞ」の始まりであった
閑話休題
そしてジールが駆けて行ったその速さにより目的地の町に常人が要する時間よりかなり早く到着する事が出来たのであった




