118・懲りない下心
「さてっと、腹も膨れたしそろそろお暇させて貰うとするさね。じゃあなジール、ご馳走さん」
シャルはそう言うとジョッキに残っていたアルコールをグイっと喉に流し込んで席を立ちあがった。そう言うがどう見ても見事なプロポーションは少しも崩れておらず、見の前に積み重なった空の皿の中の料理は何処に消えたのか、甚だ不思議な現象である
「おう、毎度あり。また来てくれよシャルさん」
充分に満たされたのかお腹を擦りながら颯爽と店から出ていくシャル。その背中にそう声を掛けた店主。世界三大秘宝内の二つを手に入れたシャルの身の安全を心配していたが、彼にとってはお得意様である事に変わりはない。秘宝の価値ほどではないが、充分儲けさせてもらっているのは事実なのだ
だが、静かに口を噤んでいたオブジェことジールが二人のやり取りを聞いて慌てて口を開いた
「いやいや待て待て、ご馳走さんって何だよ?俺は何も一口も食べてないぞ?」
「ほら、これが請求書だ」
思わず店から立ち去っていくシャルを追い掛けようとしたが、その目の前にずいッと店主により何やら文字が書いてある紙切れが突き付けられた。シャルに張り飛ばされてまだそんなに時間が経っていない為、腫れがあまり収まっていないジールの目には少し見えにくいが、いきなり目の前に突き付けられた紙を手に取り何とかゆっくりだが読み上げた
「んん?何々?え~っと・・・『この度、食事中のジール・ストライダルの不快な視線による精神的苦痛による慰謝料の請求ーーーこの食事代をもって示談とする シャルル・ド・アストラガルス』・・・な、なんじゃコリャーーー!!」
「まぁそういう事だ。んでこれが伝票だ」
紙切れを見たジールがその内容を理解出来ず絶叫したその瞬間、再び別の紙切れが店主によりジールの眼前に突き付けられた。まだ最初に渡された紙切れの内容が納得いってないまま再度別の紙が目の前に現れたジールはプンスコなりながらその勢いのままその紙をふんだくる様に取り上げた
「ふんがー!・・・て、店主・・・こ、コレは?」
ザッと書いてある文字を読み始めたジールだが、読み進むにつれドンドンと顔色が悪くなっていく。片手でふんだくった紙切れを今度は両手でしっかりと握り締め、その紙をプルプル震える手で改めてじっくりと読む直すジール。だが何度読み直してもその内容が変わる事がある訳が無く、絞り出すような声で店主に尋ねる他無かった
「ん?そりゃあジールよ、アレだけ店内の備品も壊れたんだ。流石にお得意様と言えど弁償しない訳にはいかないだろ」
「いや・・・それは俺のせいって訳じゃ・・・」
「いやどう見てもお前さんのせいだろうよ」
「・・・」
店主の言う通りで、店のカウンターが半壊したのも皿などの食器類が数多く割れたのも、その全てがジールがシャルの胸元をしつこく凝視したのが原因である。そもそも依頼料に納得がいっていないのがジールの言い分であったが、事の発端は依頼に行く前にシャルのハニートラップにかかったのが全ての始まりな訳で、それに対する依頼料は既に清算済みと言う訳なのだ
つまり、ジールの下心が少しでも理性に負ける事が無ければ綺麗な依頼料を受け取る事も出来たし、今回の請求も無かった事になるのだ
結果、自分が全部悪い
それが理解出来たジールは怒りの矛先をどこに向ける事も出来ず、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった
そんなジールを見て店主は肩にポンっと手を置き一言
「まぁ、諦めな」
「ち、ちくしょーー!!あのデカメロンめぇーー!!」
ジールに出来る事と言えば唯一、シャルに対する魂の叫びをあげる事しか出来なかったのだ
ーーー
「くそ、くそ・・・あのデカメロンめ。ささっと垂れちまえ・・・熟れ過ぎて地面に落ちてしまえ・・・」
結局シャルの食事代を含む店の修理費を全額払ったジールはブツブツ言いながらこの街のギルドに向かって歩いていた
本来の予定ならシャルから依頼料を貰ってそれで豪遊するつもりだったジール。だがその目論見は見事に外れ、むしろ懐具合が非常に寂しくなってしまったのだ。と言うより、ジールの持ち合わせでは足りなく、店にツケと言う形で借りを作ってしまった。その為、少なくなってしまった懐具合を再び温める為、しょうがなくギルドに足を運んでいるという訳だ
「っあーし!何か報酬がいいヤツをくれ!ほらすぐ寄越せ!」
「・・・いきなりですね、ジール・ストライダル様。報酬がいい依頼ですか?少々お待ち下さい」
ギルドに到着したジール、その足でギルドの扉を勢い良く開け中に入る。その大きな音で中に居た数人の人達はビクッと肩を竦めてしまうが、ジールが扉を開けたその突き当り、正面のカウンターにいるギルドの受付嬢は少しも狼狽する素振りを見せずいきなり飛び込んで来たジールの相手を淡々とこなし始めた
ギルドに飛び込んで来たと同時に一気にカウンターに詰め寄ったジール。その両目はこれでもかと言うぐらいギンギンに見開き真っ赤に充血していた。そして大きな声で言葉を吐いたその口は半開きでハァハァと言う少し荒い息遣いまで聞こえてくる始末。何と言うか・・・とても気持ち悪い
そんなジール相手でも受付嬢は手馴れているのか、気持ち悪くなっているジールを他所にゴソゴソと資料を漁っていた。そしてジールの気持ち悪さでギルドの中の人達が次々と避難していって誰も居なくなった頃、受付嬢がふと資料を一枚取り出した
「っと・・・ジール様。これなんかどうですか?」
「んん?早く!早く見せてくれ!」
受付嬢が資料を漁っている間お預けを喰らい、脚の貧乏ゆすりが限界を超えていたジール。そしてようやく出された資料を飢えた獣の様に一瞬で取り上げ食い入る様にその内容を一気に読み上げた
そして一瞬の静寂が訪れたのち、その内容を全て読んだジールは一言
「断るっ!!」




