117・トランス
片足を椅子の上に乗せ、胸元から取り出したソレを全員の目に入るように頭上に掲げるシャル。また色々と際どい格好になっているが、ジールを含め誰もそれを注視する者は居ない。それは当然、誰しもジールの様な顔面になりたくないからである
ジールに至っては恐らく見えていない。だって腫れあがった顔面が両目を塞いでいるのだもの
だがそんなシャルの妖美な姿を気にするより先に人々の目に入ったのは薄暗い店内全体を明るく照らす七色に輝く光。実際の所、危険を顧みずシャルの姿に目を奪われそうになってしまっていた男達は何人も居た。だが、その視線を奪ったのはシャルが取り出した物『神鱗』だった
「おぉ・・・」
「これは・・・何という」
「本物なのか・・・」
それを見た人々の反応は人それぞれであったが、それでも全ての人達が共通して思った事
「これは間違いなく本物だ」
という共鳴であった
神龍から採れるたった一枚の七色の鱗
小さい頃の読んだお伽噺の一節。最早それは現世には失われているのだ、世界の三大秘宝は揃う事は無いのだ。それはお伽噺なのだから、そうだったのだから、その筈だ
それが覆された
今まさにシャルが頭上高く掲げている神鱗。それが何よりの証拠だ。圧倒的な存在感、桁外れのオーラ、傑出した重厚感。そのどれもがソレがそうだと告げる
その神々しさに思わず膝をつくものまで現れる始末
そして一人が膝を着くとそれにつられてか、店内の人々は七色の光を放つ神鱗に次々と膝をつき始めた。傍から見ればそれを手にしているシャルを崇めている様にも見える
そしてそれがシャルにとってはこの上ない快楽でありエクスタシーになっていた
「あっはっはっは!者共よ!アタシに跪くがいい!ひれ伏せ!拝めよ!アタシを讃えるがいいさね!あーっはっはっはっは!!」
唯一、前がほとんど見えていないジールが高らかに笑っているシャルの声を聞き何となく雰囲気で今の状況を察しただけだった
「これは・・・何ぞ?新手の新興宗教か何かでしゅか?」
「あ~っはっはっはっはっはっは!!」
ボソッと呟いたジール。そしてしばらく店内には跪く人間達と教祖のごとく七色に光り輝く秘宝を掲げるシャルの大きな笑い声が響いているだけであった
ーーーーー
「「「すいませんっした!!」」」
一通り寸劇の様な場面を繰り広げた後、神鱗を目の当たりにした店内の人達は例外なくジールとシャルに頭を下げていた。それに加え先程まで馬鹿にしたような態度を取った者たちは特に頭に大きなタンコブを抱えていたのだ
「ふん、分かればいいさね。今後アタシに舐めた態度を取るんじゃないよ」
しっかりと報復と言う名の拳骨を振り下ろしたシャルはスッキリした顔でカウンターに座り直し食事を再開していた。そんなシャルに謝罪の意の述べたタンコブ達はシャルの御許しを得た後はそそくさと自分の席へと戻って行った。
シャルが座り直したカウンターはジールの顔面陥没事件により少々壊れている所はあるが、場所を少しずらせば問題ない所であり、食事を遮られたシャルにとってはそれを再開することは当然の事と言えた
「しっかしシャルさんよ、お前さん・・・世界の三大秘宝を二つも手に入れちまってる状態なんだろ?」
料理を提供しながらその料理が次々とシャルの中へ吸収されて行っている光景を横目に見て声を掛ける店主。厨房の方では再び激戦の最中の様な光景が再開され、ゲッソリとした表情の男達の怒号が飛び交っていた。そんな男たちの声を食事のバックミュージックの様に聞きながらシャルは答える
「あぁ、そうなるさね。世界広しと言えどそんな事を成し遂げたのはアタシ一人しか居ないだろうね」
フンっと誇らしげに胸を張り語るが、そもそもそのほとんどの功績はジールのお陰だと言うのにそれが全て無かった事になっているのは不思議なところ。隣に静かに座っている顔がパンパンのジールも何か言いたそうにシャルの方を見ているが、如何せんこれ以上顔面にダメージを受けたくないのだろう。口まで出かかった言葉を飲み込み大人しく置物のように佇んでいた
「まぁそうだろうな・・・だが、何だ・・・その・・・」
「ん?何だい?言いたいことあるならはっきりいいな」
そんな一風変わったオブジェの様なジールは放って置いて、会話を進める二人。だが店の店主は何か言いにくそうにシャルの胸元の方をチラチラと見ていた
その視線はジールの様にイヤらしい下賤のような視線では無く、実際シャルの胸の谷間を見ているというよりはシャルがそこにしまい込んだ七色の輝きを放っていた神鱗に向かって注がれている様に見えた
そしてシャルはそれを分かっているのか、ジロジロと自分の胸元を見てくる店主の視線を咎める事はしなかった。だがそのやり取りを張れはがった顔で見ていたジールが、理不尽だ!とでも言いたそうに口をもごもごと動かしていたがギロリとシャルに鋭い視線で威圧された後はまた置物のように静かに座っていた
「その何だ・・・そんな安易に晒しちまってもいいのかって思ってな。ほら、売ればかなりの大金になるだろ?それこそお目にかかれない様な大金さ。だから、危なくないのかって思ってな」
言いにくそうにしていた店主が口に出した言葉。それはシャル安全を懸念する様な言葉だった。その言葉を聞いたシャルは予想外だったのか、一瞬呆気に取られたような表情を浮かべ思わず料理を貪っていた手が止まる。だがその店主の言葉を大きな声で笑い飛ばした
「あっはっは!アタシの事心配してんのかい!?アタシが襲われるって!?そんな度胸のあるヤツが居たら教えてほしいもんさね!あっはっは!店主、アンタが優しいのは分かったよ!だけどこのアタシに喧嘩売るヤツが居たら消し炭にしてやるから教えてくれよ!」
「・・・お、おう・・・お前さんならやりそうだな」
心配して損した、そんな言葉が表情から見え隠れしている店主。確かに、その妖美な見た目からは分かりづらいが、鮮血の大賢者と呼ばれ王族にも認められているシャルだ。そこらの暴漢ぐらいじゃとても太刀打ちできないだろう。店主の心配も分からなくは無いが、実際それを行動に移せる勇気のある者は居ないだろう
それこそ隣に座っている顔面オブジェを見れば火を見るより明らかだ




