#3
酔っ払いや客引き達で賑わう繁華街を千寿は一人歩いていた。チラホラ見える『エステ』や『美容形成』、『永久脱毛』の看板。
『人が美を意識するのは、今も昔も変わらない。ただ現代は、美容整形によって造られた美が溢れている・・・・・・果たして、それは正しい美意識の在り方なのだろうか?』
その時、腹の虫がグゥと鳴り、彼は腹を押さえた。
「ああ・・・・・・腹減った」
「ちょっとぉ、どいてよぉ~。嫌だって言ってるでしょ~!」
聞き覚えのある声が聞こえてきて、千寿は声のする方に視線を向けた。
「ん?」
視線の先には千鶴の姿があった。二人のホスト、吉田と池端に囲まれて立ち往生している。
「今夜だけ、ネッ。必ず、至福の時を味わえるからさ」
吉田は両手を合わせて千鶴に入店を懇願しているようだ。
「ちょ、ちょっとぉ!」
「ほらほら・・・・・・ん?」
怪訝そうな顔を浮かべる池端とは対照的に、吉田は驚いた顔で口をパクパクさせていた。
「か、神多、千寿・・・・・・」
池端の背後にいたのは千寿だった。千寿は池端の背後から、彼らに静かに語り掛ける。
「ほう・・・・・・あんた達ホストは、こんなカタチで至福の時を語っているのか」
千鶴の方も千寿を見て驚いていた。
「あ・・・・・・赤い髪の」
苛立っていた池端は千寿の手を振り払い、彼を睨みつける。
「何だ、兄ちゃん? あん?」
「池端! やめろ」
吉田が池端を制する。その表情はどこか強張っていた。
「この子、俺の知り合いなんだ」
「・・・・・・ほえ?」
千鶴が素っ頓狂な声を出した。そんな千鶴をよそに、千寿はホスト達に目をやる。
「子供だから、あんた達の店はまだ早い」
「そ、そうでしたか・・・・・・ははは」
吉田が苦笑いする。
「なっ、なにおぉ! 私は子供じゃ・・・・・・!!」
反発する千鶴の首根っこを千寿が掴んで引っ張り、
「ほら、行くぞ、お嬢ちゃん」
「お、おおっつ……」
ジタバタと手足をバタつかせる千鶴を脇に抱えて去って行く。
そんな千寿の後ろ姿に池端は唾をペッと吐き出して睨み付ける。
「けっ、せっかくの金づるが。先輩、なんなんスか、あの男」
千寿の後ろ姿に固唾を呑んで見つめる吉田。
「神多千寿。美容整形業界でその名前を知らないヤツはいない程の名医・・・・・・ゴッドハンドの
持ち主だ。芸能業界から風俗業界、あらゆる美容に関する業界人達、それも上流階級の奴らが
あいつの顧客だと噂だ。奴に睨まれるような事なんか俺達下っ端ができるわけねぇ・・・・・・」
ホスト達の前から去った千寿と千鶴は大きな広場に来ていた。広場には噴水があり、噴水の中央からは時計が伸びている。
「あー、ウザかったぁ…・・・強引すぎだっつーの、あいつら。あ、もう降ろしていーよ」
千寿の脇に抱えられた千鶴は清々した顔で機嫌よく、千寿に自分を降ろすように言う。
すると千寿は無言で千鶴を噴水の中へ放り投げた。
「のわっ! 何すんのよぉ! いきなり!」
千鶴は水中からザバッと顔を出して千寿に怒鳴りつける。
しかし彼は千鶴を見下ろして冷静に言い放つ。
「俺の前で歳を誤魔化せると思ったか? お前、まだ十八ってとこだろ」
「ギクッ・・・・・・何、言ってるのよ。私は二十歳だって―――」
図星を突かれ、千鶴は目を泳がせながらまだ誤魔化そうとする。
「成人は十八からになったんだっけ? だが、法律は守った方が良いぞ、お嬢ちゃん」
千寿はずぶ濡れの千鶴からサングラスを取り外す。
その際、千鶴の顔を見て千寿は驚愕の表情を浮かべた。