第90話 決められた夢から
【三組合連合軍】が出来てから凡そ一時間が過ぎた頃、とある男がベッドから起き上がった。
エドワルト・ルーサーである。
ルーサーは此処から出ようとするも、何かしらの魔法のせいで体が制限されていた。
しかも、剣を持っていないから尚更である。
彼の心は酷く荒んでいた。
最弱魔物であるモークタンに負けた事が原因である。
嘗て友に言った言葉。
「ゴミ魔物如き、俺が内臓の中までグチャグチャにしてやるよ!」
……と意気込んでいた分のダメージもあった。
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~ルーサー視点~
クソクソクソクソクソクソ!!!
あの野郎……今度会ったら地の果てまで地獄を見せてやる!
あのイキがった面を剣で刻んでやる。
「クソ! アアアァァァァ!!!」
俺はあのゴミ以下の顔を思い出す度に怒りを込み上げ、遂にマックスになって怒号を放った。
そして、洞窟の地面を素手で何度も殴りまくる。
地面にモークを描いて、そこを何度も殴った。
何度も本気で殴った為か、俺の手には血が流れ出していた。
すると、いつの間にか俺の事を見ている奴がいた。
ソイツは俺より弱そうだった。
「そんな事をして何になる? ここの地面を殴っても宝は出んぞ?」
「誰だおまえは?」
「アイリス・オーリアって言います。年は19、冒険者だ。」
アイリスという男は、俺に近づいて様子を見ている。
その瞬間、俺の体は急に楽になった。
「何時でも逃げてみろ」って事か?
(そう言えばゴミ以下がコイツの名前を言ってたな……知り合いか?)
「俺に何のようだ?」
「お前の価値観の改善を計るために此処へ来た。」
「そんな下らん話をしに来た訳か……。」
「じゃあ、俺がモークの仲間だと知ったらどうする?」
「何!?」
俺はあからさまな敵意を向けた。
対してアイリスはビビり始め、腰を抜かしていた。
そして、俺が持っていた剣を渡して怯えながらこう告げた。
「ご……ごごご、ごめんなさい! け……剣を渡すから怒らないで!」
「お前も威張ったクソ共か。俺はイラついてんだよ! 死ねぇ!」
俺は剣を受け取ると、アイリスに向かって剣を振った。
……が。
「う……うわぁ! だ……だれか助けてぇぇぇ!」
「……(!?今どうやって回避した?)。」
アイリスは腰を抜かした状態から後ろへ飛び、俺の攻撃をミリ単位で回避した。
弱々しい口調や態度とは打って変わって、何か裏の有りそうな何かが垣間見えた気がした。
(あ……ありえん。あの状態から回避に持ち込むなど、ズブの素人では不可能なハズ……)
すると、アイリスは溜め息を吐いて立ち上がった。
さっきの弱々しい態度は何処へ言ったのだろうか?
「……はぁ、くだらなっ。演技って言うのは滅茶苦茶疲れる。」
「く……クソクソクソクソクソ!」
俺はそんな事などお構いなしに連続で剣を振る。
だがアイリスは、それらを全て回避した。
スキルを使う事もなく、何かしらのアイテムを使う事もない。
己の力で全部回避した。
「力は充分だが、剣を振る速さが少し遅いぞ? 多分、普段から素振りの練習やってないだろ? 剣で死体のアートでもやってたんじゃないか?」
「何処までも舐め腐りやがってえぇぇ!」
俺はアイリスに腹が立ち、何が一番アイリスを困らせるかを考える。
(この洞窟をぶっ壊せば……)
此処はゴブリン達の住む場所。
俺ごと纏めてやれば、ゴブリン全員とコイツを一網打尽だ。
「【神よ! ゴブリン共に天罰を与えたまえ! この我が命と引き換えに……】」
「させるか!」
「ガハァ!」
詠唱の途中、アイリスは特に何かをした訳でもないのに突然詠唱が中断された。
さらに、さっきのような体が重くなる感覚を味わった。
その感覚に耐えられず膝をつく。
「随分と人を困らせる事考えるんだな……その思考をもっと人間が幸せになる方向へ考えろ。」
「俺は……俺は幸せになるためにやっている事だ!」
「自分より弱い魔物を、ただの臓物と血の集まりになるまで切り刻む事がそれか?」
「違う! 俺は強くなろうと……。」
「お前がやっている事は強くなることじゃない。ただ弱い存在を偏見だけでいたぶるだけだ。魔物によって母を殺されたのは同情出来る。だが、その恨みを善意ある他の弱い魔物にぶつけるな。そんなの、ただの弱い者イジメだろ?」
「お前に何が分かる? 俺は母を殺されたあの日から死んだ! 俺は絶対にこの手であの魔物をぶっ殺す! ……グッ!」
すると、アイリスはいきなり血相を変えて俺に一発全力の拳で殴った。
俺は少し仰け反り、余りの衝撃に声を漏らす。
そして、俺の胸倉を掴んでこう怒鳴る。
「生きているお前が『死んだ』なんて弱気な事を言うな! お前が母さんと幸せに暮らしてたであろう時間を、自分の意志でドブに捨てる積もりか?」
「……。」
アイリスは大きな溜め息を吐くと、掴んでいた手を放して近くの布団に腰掛けた。
そして、俺に頭を軽く下げて謝罪する。
「……済まない、ちょっとやり過ぎた。用はお前は母を殺した魔物を倒せば、それでいいんだな?」
「そうだ。」
「……で、その後は?」
「……は?」
「俺が気になるのはその後だ。お前がその魔物を殺したとしたら、後はどうする?」
「うっ……。」
俺は口ごもってしまった。
ダークワイバーンを殺した後、俺は何をするべきなのだろうか?
そう言えば俺の夢は何だったんだ?
……。
……。
……。
……。
……そうか。
(アイリスの言う事はそう言うことだったのか……)
そして俺は遂にわかった。
俺は……
ダークワイバーンを殺した後の夢や希望を、何も決めていなかったのだ。
どうしたい?
どうなりたい?
俺は母を殺された時からその夢を全部捨てて、ダークワイバーン抹殺の為にただ魔物を殺しまくってきた。
だがダークワイバーンを倒したとしても、俺に幸せが来るのかと言えば、全くの皆無。
ただ孤独で、虚しい気分を味わうのでは無いだろうか?
そんな中、俺の無言に痺れを切らしたアイリスがこう質問する。
「……まぁ、お前が何考えているかは言葉を出してくれないと分からんが……。つまり今までのお前がやってきた事は、母を殺した魔物を殺す為の人生だったって事だ。冷静に考えてみろ? その人生は楽しかったか? いや……幸せだったか?」
「そんなの、幸せな訳ないだろ! ……自分で選んだ人生じゃねぇんだ畜生!」
俺は布団を強く叩いて今までの人生を思い返した。
どれも魔物達を必要以上に切り刻む光景しか見えてこなかった。
そして、俺はアイリスの変動に心からデカイ声で叫んだ。
アイリスは俺の叫びに目をつぶりながら頷く。
「……そうか。幸せじゃなかったか……。やはりお前は魔物を殺したいと?」
「ああ、そうさ。母を殺した詫びとして、ソイツの首をこの剣で一刀両断にしてみせる!」
俺は剣の刃を鋭く見つめ、心の中に荒ぶる闘志を燃やす。
すると、アイリスは俺に指を指してこう告げた。
「お前、母を殺した魔物の名前は何だ?」
「種族ドラゴン、属性黒と赤。平均レベル143のダークワイバーンという。」
「どこで殺された?」
「詳しく話しても分からんと思うが……【イミルミア帝国・アルカ地方】の【バード草原地帯】っていう場所だ。この日は馬車で大きな街へと向かっていた。母は農家で納税の義務があったから、買い物ついででな。」
「その草原地帯とやらで……しかもダークワイバーンがか?」
「ああ。黒色魔法レベル6【死の突風】で付き人諸共、母は安らかに息絶えた。」
アイリスを良く観察してみると、誰かと通信しているかのような違和感を感じた。
……が、どうでもいいので無視する。
だが俺の返答を聞く度に、アイリスは両腕を組んで悩んでいた。
「お前、ダークワイバーンの元の性格を知っているか?」
「いや、敵の性格なぞ知らん。」
「……無闇に人間を襲わないし、そもそもそんな草原地帯で見かけるものじゃない。流石にお前の母がダークワイバーンを挑発しないだろうし……何か深い理由があったんじゃないか?」
「何!?」
「それに……その【死の突風】は痛みを伴うことなく死なせる、滅茶苦茶魔力を使うが黒色魔法では珍しいタイプだ。無駄に魔力を使ってお前の母をわざわざ殺す必要がどこにあったんだ? 多分そのまま食った方が楽なハズだろ?」
「うっ……。」
何だと……?
よく考えれば、確かにそれの方が手っ取り早くて食料にもなる。
わざわざ1000以上使用する魔力を使ってまで、レベル100のダークワイバーンはレベル1桁の母を殺す必要は無い。
だったらなぜ?
という疑問が浮かび上がる。
「まぁ、直接会って聞いてみたらどうだ? 殺す殺さないの判断はお前が好きにしろ。だが、その前にお前はやるべきことがある。」
「何だ?」
「仲間を作れ。」
「……仲間?」
「今お前のレベルはせいぜい90前半、ダークワイバーンの平均は143。この差を埋めるにはお前の事を分かってくれる仲間を探して挑んだ方が良いぞ?」
確かに一理ある。
寧ろ、何で今まで思い付かなかったのだろうか?
仲間との連携が生かされているパーティーほど、より強い魔物を倒せるという話はよく聞く。
今までの俺はずっと一人でダークワイバーンを倒そうと躍起になってきた。
その行き過ぎた結果がこれならば……。
誰か、俺の事情やこの衝動を止めてくれる人間がいるのなら……。
「……とにかく、俺が言いたいのは魔物に執着し過ぎって事だ。特に戦闘する意志の無い魔物を殺すのは止めておけ。」
「……もし、この洞窟のゴブリンが俺を狙ったらどうする?」
「その時は見てみぬフリをする。だが、今度お前が特に理由も無くゴブリンにその剣を向けたら……。」
アイリスは収納魔法からあるものを取り出して俺に向けた。
何とも不気味な赤黒いナイフであった。
そして、そのナイフを向けながら冷静な表情で
「殺す。俺も冷酷な人間だからな? じゃあな。」
そう言ってナイフをしまった後、何食わぬ顔をしてそそくさと出て行った。
(アイリス・オーリア……全く眼中に入らなかったが……回避能力の高さが以上に飛び抜けていた。アイツ、この先とんでもないことをするかもしれんな)
サッと去っていったアイリスの背中は、普通ながらも心の底からこみあがる何かを感じた。
「……仲間集めか。案外悪く無いのかもな。」
俺は布団に座ってポツリと独り言を呟く。
そこへ、何時も飯を持ってくるウザイ女ゴブリンがやってきた。
「し……失礼します。お食事をご用意しました。」
「お前、俺が何時も拒否しているのを知らんぷりか?」
「いえ、アイリス先生が『ルーサーは腹が減っているからお食事を出してやれ』と言われまして。」
……チッ。
適当に追い返そう。
「黙れ、このクソ女! 俺はゴブリン如きの飯は……!?」
すると、俺の腹が話の途中で大きく鳴った。
「グウゥゥゥゥ……」という大きな音がこの部屋中を反射して響かせる。
俺は顔を赤く染まらせた。
(……そう言えば此処へ来てから何も食えてない……ダークワイバーンを殺す以前の問題か)
ごまかしをすればタダの愚痴であるため、仕方なく貰うことにしよう。
「……俺の言葉は虚勢を張っても、どうやら腹は素直らしい。此処へ持って来い。」
「はい! 畏まりました!」
女ゴブリンは喜び、料理を持って此処まで持ってきた。
「また後で食器を回収しに来ます!」と言って俺を一人にさせた。
料理は至って普通に近い。
薄切りにした肉とキノコ、山菜の炒め物。
カボチャのスープ。
小麦粉から作られた、パンとは違う何か。
俺は木製のフォークを使って炒め物を口へとかきこむ。
(……適当にイチャモン付ければ流石の女ゴブリンも……!!!)
「……美味い。」
俺は食事を止めてたまらず呟いた。
まさか……この食事がゴブリン達の食事だというのか?
(あり得ん……こんな美味い料理、相場銀貨3枚は払わないとダメな代物)
何より肉が凄い。
濃厚な油に、歯応えのある食感。
そして、そのくどさを抹消する山菜の独特な甘味と微かな苦味。
これと一緒に肉を幾らでも口へ運べた。
それに、このカボチャのスープとパンみたいなコレが良く合うし、体がポカポカと暖まる。
一気に疲れていた疲労が抜けていく気がした。
俺達が普段本や噂などで聞いていたゴブリンの食事とは大きく違った。
もしかして……
アイリスはコレを言いたいのか?
俺達は魔物を徹底的に嫌うのは、何かしらの印象操作という奴を勝手に受けているだけと言うことなのか?
それを信じた結果、俺達は色々な魔物の真実を見落としていたのは事実。
知りもしないのに他人の噂ばかり信じていた。
「ゴブリンは人間の肉をこうやって食うのさ!!!」とわざわざフリまでした他人の噂をだ。
(そうか、俺は……ただ魔物を闇雲に殺していただけか)
この時、俺はアイリスの言っていた事の意味を全て理解し、同時に後悔の念が浮かび上がった。
「頃合いになりましたので、食器を回収しました。……わぁ! 全部食べてくれたんですね! ありがとうございます!」
「……フン! 色々イチャモン付けようと思ったが……ゴブリンの癖に中々やるじゃないか。お陰で俺は何も言い返せん。」
「ありがとうございます! ……まぁ、料理をしてくれた」
何処かへ行っていた女ゴブリンが戻ってきた。
俺は出された料理を全て平らげた。
食事には五月蝿い俺だが、久々に美味い料理だった。
食器を持って行こうとする女ゴブリンに一つ聞いて見ることにした。
「おい、お前。俺がエースって奴をいたぶった事には何も思わないのか?」
「……そうですね、思うことは色々ありますけど……もうあんな酷い事するのは止めてください。私達は好きで魔物になった訳じゃなくて、必死に助け合って生きてるんですから。」
「!? 恨まないのか?」
「今度は恨まれないように、アナタ自身が考えて行動してください。エースさんは気にしてないようでしたけど、今回の件で影で恨んでるゴブリンさんも居ますから。」
女ゴブリンは食器の片付けを一旦止めて俺の質問に答えた。
俺はその回答に動揺する。
人間とは大きく違った答えだった。
「……そうか。」
「エースさんの治療はまだなのでお通しは出来ませんが、完治しましたら頭を下げに行った方が良いと思います。」
「ああ、完治したら直ぐに面会の許可をしてもよいか?」
「畏まりました。村長に頼んでおきます。」
そう言うと女ゴブリンは、にこやかな表情を崩さずに食器を持って出て行った。
何だよ……。
人間より優しいじゃないか。
俺が何とも言えない申し訳ない気持ちを感じたのは、それから直ぐの事であった。
(俺の仲間になってくれる人間を見つけるか……)
同時に、本気で仲間探しに取りかかろうと決意する俺であった。
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