第8話 村長と村 楽
この町の現・村長であるイグナル村長は、今では他の町でも有名な人だ。
なんと、あの冒険者商店町の発案者なのだ!これのお陰で町の財政難はほとんど解消。プラス域に入りだした、とか掲示板に書いてあった。
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俺は【試練の森】で特訓を終わった帰り道のある日、町の中で偶然村長とバッタリあってしまった。
確か7年前だった気がする。
何時もより調子が良く、魔物との戦闘では大勝利を収め、独りでウハウハになりながら帰っていた。
調子に乗ったからこその遭遇。
俺は魔物の返り血で、服や顔中を緑に染めていた。
夜遅くに、体中が緑色に染まった人とぶつかったら普通は、気絶か悲鳴か死亡か逃走のいずれかだろう(死亡もあり得るから怖い)。
だが村長は軽くビクッとしたあと、「どうした? 何があった?」と冷静に対処してきた。
俺は嘘が下手な人間。
ついつい本当の事を言ってしまった。
最悪、国の法律で永久追放も死罪もあり得た。
しかし、村長は俺を見逃した。「自己責任だ」とは言いながらも、俺のいきさつを理解してくれた事に関しては、感謝しか無い。
この一件でイグナル村長と親しくなった。若い頃に冒険者やってた経験があったので、俺に色んな知識を教えてくれた。
イグナル村長は、俺が【臆病者】ではないと最後まで頑張ってくれた(ただ、一部が広めた【臆病者】の噂が余りにも広がり、完全払拭にはならなかった)。
親しみやすいアンナおばさんとはまた違った魅力がある。村長もまたいい人なのだ。
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俺は村長について行くように、住宅街を歩いていく。
凄いなこの人。
サクサクサクサクと、迷路のような住宅街の歩道を難なく歩いていく。
「坊ちゃんがいた所、実はすげえ惜しかったんだぜ? まあ、俺的にはあそこが一番迷うんじゃないかって思ってた所だ。」
「へぇ~。ちなみに、どこ行けば当たりだったんですか?」
「その前に、坊ちゃんは何処へ行きたいのだ?【行政区】【一般区】【冒険区】でここからそれぞれルートが違うんだ。」
ああ、うん。
別にどれでも良いか。
……まてよ?【冒険区】は不味いな。あの騒動の一件がまだ冷めてない気がする。
【一般区】も辛い。
あのいじめっ子の所へ飛び込みたくない。
【行政区】は簡単に言えば、この村の政治をする部署を、区としてまとめた地帯だ。
この村の政治をする人は重要な場所だが、一般の人が【行政区】に行く必要はからきしない。
「【行政区】で御願いします。」
「そうか。そう言えば坊ちゃん、今日が旅立ちじゃなかったか?」
「はい。19になったら町を出て、世界を見てみたいと思って。」
「ああ! 確かそう言ってた気がするぞ。オイ坊ちゃん。俺の家にこないか?」
え?
なんで?
嬉しいけれど、行政委員の人の目が辛い。
あいつ等に【臆病者】の噂を、町の人に流されてから嫌いだ。
役人に俺は、良いイメージを持たない。
「……ん?ああ、そうか。あいつ等がいたか……。」
イグナル村長は「悪いことをした」と言い、足を遅める。
申し訳ない気持ちが物凄く目だけで伝わってくる。圧倒されそうだ。
【行政区】の中心部は、あまり一般の人が入ってよい場所ではない。
なんせこの町の未来を、政治で決める場所だから。他の村や町に聞かれて、マネでもされたら大変だ。
しばらく昼過ぎの住宅街の歩道を歩いていると、イグナル村長は立ち止まった。
俺も足を止める。
「ほら、ここの道が【行政区】へのルートだ。俺も夕方に集まらなければならない会議があるから、一緒に歩くか。」
「はい。わかりました。」
イグナル村長は左の細道に体を向けた後、指をその方向に指す。
俺は丁寧語で応対する。
その方向の先には雑草がびっしり生えた、今まで辿った中でも狭い。
人2人が並んでギリギリ通れる道。
近くの家々がその道の存在を隠しているように見える。
(こんなの絶対わからないじゃん……。)
俺は大きなため息をする。1時間歩いた俺はなんだったのか……。
「何でもいいですから、異世界人が立ててた【かんばん】とか、案内する奴を至急作ってください!」
「ああ、……すまない。村長として迷子の深刻化は避けたい。今日の夕方に議題のひとつとしてあげておこう……。」
「ありがとうございます。」
俺は少し力強く、イグナル村長に言いたいことを投げかける。
これは酷過ぎる。
イグナル村長はまた申し訳ないように言葉を発する。
村長も、この迷子の現状に頭を焼いているのだろう。案内板や【かんばん】を設置するのに莫大なお金がかかるのは俺でも分かる。
この町の財政は豊かでも、街や都市に比べたら見劣りするのだ。
とりあえず、提案を受け入れた俺は敬語で感謝した。
俺が身近な人の中で、イグナル村長に一番敬語を使っている気がする。
堅苦しいのではなく、誰も見下さなず、誰でも助けようとするその性格に尊敬したから。
俺が大人になるための、理想の30歳だ。
「で? どうして此処へ来た?ここは冒険者どころか一般区画の住民ですら立ち入らんぞ?」
「ああ、えっと……そうですね……かくかくしかじかで。」
俺はワザとかくかくしかじかと言った。
俺とイグナル村長だけに通じる言葉で、意味は『説明めんどくさい』である。
「ハハハハハ! 坊ちゃん。なあ、すまんが説明してくれ。めんどくさいのはわかるが、言わないと分からないものも、世の中にはあるのだ。」
一年ほど会っていなかったが、色々覚えてはいそうだ。
正直、話してもよかったのだが、取り敢えず試してみたのだ。村長がこんな【臆病者】の言葉を憶えているのか?
間違いなく合格だろう。試した俺が恥ずかしい。
俺はイグナル村長に、【冒険区】で何が起こったかを端から説明する。
渋々話すような演技をする。
この町から旅立つ準備をするため、冒険者商店町へ買い出しに出掛けた。
最初に大事な薬屋さんに寄った。
ちなみに、販売者はアンナおばさん。
ついつい薬を買いすぎて(銀貨6枚)、チンピラに金持ちと勘違いされた。
金をせびられたが、「回復薬でおねがい!」と交渉したが、失敗した。
戦うの嫌だったから秘技で逃げた。
あの混雑する商店町で、チンピラを撒くために全力で走った。
飛んだ。
挙げ句の果てにガチの戦闘に発展したけど、何とか逃げ切った。
何とか逃げ切ったけど、此処の住宅街で2時間突っ伏してた。
突っ伏してた後、此処から出ようと思ったけど、複雑過ぎて迷ってしまった。
住人は冷たい人が多くて、相手にされなかった。
一時間ぐらい、うろちょろ迷ってたら村長さんが声掛けてくれて助かった。
概ね要約するとこうだ。
「まあ…………頑張ったな坊ちゃん。」
何か、言う言葉が無さそうな時に使う言葉な気がする。
まあ、しょうがないかで済ませた。
そんな会話を歩きながら進めていく。
村長すげー。
こんな所、今まで見たこともない。
「所で世界地図らしきものは持ってるのか?」
「!?」
村長が心配した様子で問いかけてきた。
少し声がデカいし、周りが余計静かだから余計にビクッとする。
言いそうになった何かの言葉を必死に飲み込んだ。
「えっと……持って無いです。」
「オイオイ! せめて世界地図ぐらいは持っておかないと旅先不安だぜ。いつ迷うかわからないからな! 俺が一応世界地図を持っている。」
イグナル村長は収納魔法から一枚の大きな羊紙を、俺に渡す。
「あっ……ありがとうございます!」
「おう。でもあんま信頼すんなよ。そんなに精密じゃあ無い。安物だ。でも、無いよりはまだマシだろ?」
俺は一枚の大きな羊紙を受け取り、感謝を村長に伝えた後、収納魔法の中にそれを入れる。
(普通そうだよな。俺達の町では収納魔法何か普通何だが……。じゃあ何故、あの時一部は騒いでたんだ?明らかに収納魔法でザワついてたよな)
※第2話参照。臆病者がチンピラ共に交渉を持ちかけるシーンです。
俺は頭の中であの時を思い出す。
(もしかして、この収納魔法実はレアなんじゃ……。)
この魔法、今まで覚えた中では一番便利だ。
魔法を唱えるときに消費する魔力もいらない。
入れられる数は限りあるが、それでも一番最低100個は多い。
拡張の仕方は一定数使うだけ。
俺はこの魔法を特訓で地道に使ったから500まで入る(中身はそんなに入ってないけど)。
発動の条件がほぼ無いのも大きい。
一番使っている。ここの町は少し特殊なのかもしれない。
どっかの国に入ったとき、何かドンパチがあったら使って、周りの反応を見てみるとするか。
「坊ちゃん。この村の名前、知ってるか。」
「僕は知らないです。でも、ずっと気になってました。」
また少し大きな声で突然質問してきた。
大体予想していたから直ぐに答えた。
「この村の名前は……。」
村長はここで少し言葉を止める。
何か思い入れがあるような止め方だ。目をみると、何かが凄く伝わってくる感覚がする。
秘密を知りたい気もするが、止めておくことにしよう。
「イケザキ村。そのイケザキという奴が俺達の村の出身でなぁ。今ではこの村の英雄様だ。どうやらイミルミア帝国という所で、色々活躍をされてる。」
「いげざき村?」
「ああ、そうだ。漢字は確か、池崎だったかな? 以前は名前が無かったんだ。別に無くても村としては成り立ってるしな。でも、池崎の活躍ぶりが世界中から集まるようになってな。この村が注目されるようになった。そうなると、そのままって言う訳にも行かなくてな。どんな名前にするかって考えた結果、イケザキ村になったって訳よ。あ、勿論本人のちゃんとした許可はとってある。少し喜んでた様子だったな。誰でも自分の名前を村の名前にされたら喜ぶのはわかるな。」
この世界でも漢字はすでに一般教養だ。でも、漢字の量(と言うより数)が多すぎて、この世界の人達は涙目だ。
でも、ずっと前から気になっていたこの村の名前がわかった。
歴史本で調べても、一切名前が無かったから疑問に思っていたのだ。
「ちなみに、この話はまだ一般的には告知されて無いんだ。何故ならつい最近の話だからな。もう既にこの国に申告済みだし、今日の夕方には、掲示板で大々的に発表するつもりだしな。」
ええっ?
それ俺に話しちゃ駄目な奴じゃないの!?
と思ったが、今日の夕方発表だから別に言ってもよいと考えたのだろう。
夕方になったら俺は既にこの町を出ている(かもしれない。夜になると門が閉まる)。
「それに、この池崎って奴はお前には少し言っておいた方が良いな。」
「何で俺なんですか?」
「なーに。でも、何か妙何だよな。【プレイヤースキル】を持っているだけならまだしも……。」
イグナル村長は言葉をここで止める。
俺以外にも【プレイヤースキル】を持っている奴がいたのか。
「特訓の仕方も場所もほぼ一緒。格上かつ敵意ありの魔物だけを狩る。坊ちゃんと一緒の修羅のやり方だ。」
「ええっ? あの【試練の森】ですか?」
俺は驚いて、ピュアな反応をする。
この世界でもやっているマジックショーの観客が、皆こうだったら凄い盛り上がりぶりを見せるだろう。
「ああ。俺が乗り気で質問した時に、池崎本人が答えた。間違いない。」
だから最初来たとき妙に、魔物が馬鹿強かったのか。
普通の強さだったらまだしも、俺が8歳に初めて来た時は流石に死ぬかと思った。
最初っから知恵のないハズの魔物が、伏兵の役割や将軍の役割をしていたりした。
俺は手足何ヶ所か矢で打たれた。
8歳になったばっかだったから、戦い方のノウハウも知らない。
草原でわるいスライムばかり倒して前のめりになった調子で、【試練の森】へ行ってしまった結果だ。
背後から何かで切られた傷の後は、今も少し残っている。
無我夢中で必死に逃げた。逃げ切ったのは奇跡だと今でも思っている。
森を抜けた草原でついに倒れてしまったが、たまたま口元にあった草を食べて助かった。
毒草なら激痛で死んでいただろう。
俺は池崎という人にあってみたいと思った。
どうして俺と同じ修羅の道を歩んだのか?
俺は住宅街を、考えながらイグナル村長について行くように歩いた。
次から次へと、迷いそうな地帯をサクサク抜けていく。森と住宅街を比べてもやっぱり難しいのは住宅街だ。
どうやったらそんなのが覚えられるのか聞いてみた。
後ろから聞くと驚かしてしまうのではと心配したが、そんな事はなかった。
「村長さん、どうしてそんなに、住宅街をサクサク抜けていけるんですか? 森の方が色々覚えやすいんですけど、住宅街は全然覚えられなくて……。」
「簡単だ。じっくり何回も覚えるんだ。坊ちゃんは『森の方が簡単』って言ったけど、10年間もいれば自然とそうなる。俺なんて森なんかサッパリだ。覚えようとすれば何でも覚えられる。俺がここの村長になって11年ほどだが、ようやく此処全域覚えるようになったのは8年ほどだ。ただ、根性とやる気があればの話だがな。お前は【試練の森】をもうすでに暗記しているはずだ。」
「つまり……。」
「経験が一番なんだよ!」
イグナル村長は一言でまとめてくれた。
【経験】か。
何事も経験か……。
「じゃあ、僕が今19でこの町を出ようとしてるのも【経験】ですか?」
「ああ! そうだ。死んじまうのも隣り合わせだがな! 立派な経験だ。お前は【臆病者】じゃなくて、【挑戦者】なんだよ。俺的にはな。」
【挑戦者】
カッコイイ。
あの【臆病者】のレッテルに比べたら素晴らしい愛称だ。
【挑戦者】良いな。
今度、世界中を旅して【臆病者】とは言わせなくしてやる!
そう小さな覚悟を決めた俺はイグナル村長の後ろをついて行く。
此処までは俺の質問は悪いものではない。
しかし、此処からの質問は最悪、イグナル村長との中が悪くなるのかも知れない。
俺は勇気を振り絞る。
もしかしたら、俺の疑問に答えてくれるかもしれない。
必死になって村長に問い掛けた。
「村長。今から何個か質問します。少し重いですが聞いてくれませんか?」
※この話の40分ほど前にレイアウト設定を変えてみました。
物語を少しでも読みやすく使用としましたが、「みずらい」と言う御意見が多数報告されたら、通常に戻そうと思います。