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野蛮学校物語  作者: yukke
第3章 運命の人間たち編
81/116

第76話 500VS220 6. 模擬戦争 後編



 ゴブリン弓隊が居残り部隊に奇襲をかける数十分前に遡る。

 ルーサー達は決死の覚悟で【グルドの森】を駆けていた。


 ザバーと鳴り響く濁流の音を体と耳と恐怖で感じ取りながら迅速なるに駆ける。



 一体どこを駆けているのだろか?






 ……なんと馬に乗って濁流の中に入り、【グルドの森】を駆けているのである!


 しかし、流れている間にゴブリン達が攻撃を仕掛ける事は無かった。

 攻撃で部隊を死なせては【朱の騎士団】との作戦が全て水の泡だからである。



―――――――――――――――――――――――

~ルーサー視点~



 「怯えんなぁぁぁ!!! バランス崩さぬように流れに沿って身を任せれば良いだけだろうがぁ!」

 「ルーサー様! 濁流の勢いが凄まじく馬に跨がってしがみつくのが精一杯……馬の体力が尽きれば我々は溺れ死にます!」


 「弱音を吐くな! 馬の体力と濁流の急な流れを警戒しながら進め! 後には引けんぞ!」



 俺は部下達を恫喝して気合いを入れさせる。


 こんなわめかしい大声で気合いを入れたのは久し振りだ。

 こうでもしないと、濁流の音が大き過ぎて届かないからな。




 俺達は今、濁流の真っ只中にいる。

 いや、流されていると言った方が正しいのかもしれん。


 【朱の騎士団】が全力で育て上げた、平均2メートル程の馬でさえも、水の深さは馬の足が完全に浸かっている。

 馬の腹の半分が見える程だ。


 深くはないように思えたのだが、実際に入ってみると凄い勢いで押し流されている。


 馬が何かの拍子で転んだら、馬乗りは濁流に身一つで流されるハメになる。

 そうなると、助かる道は己の気合いのみだ。



 「ルーサー様! 私はもう……。」

 「誰か! 彼を助けてやれ! このままでは濁流の餌食だぞ!」



 しかし、彼らは助けようとしなかった。


 (自分の事で精一杯か……)


 無理に助けて両方死ぬ事を恐れてんだろう。



 俺は流れを駆使して今にも倒れそうな部下の元に駆け寄る。



 「……る、ルーサー様……。私の事は……。」

 「ほら、今はこれしか差し出せんが……かぶりつけ。」


 「!!! ルーサー様……これは……。」

 「食って元気出せ。」



 俺が渡したのはちょっと質の良い干し肉だ。

 万が一の事態になったときのために用意していたのが幸を奏した。


 部下は頭を少し下げる。



 「!!! 有り難き幸せ。このご恩は一生忘れません。」

 「馬はお前が操作しろ。俺が口元に干し肉を千切って放り込んでやる。」


 「それではルーサー様が……。」

 「この馬は俺と共にずっと駆けてきた。コイツの事なら操作せずとも思い通りに動いてくれる。」


 「感謝します!!!」



 部下は感動しながら再び頭を下げた。


 周りの部下達はその光景に目を離せずには居られなかったと後で知った。






 俺は少しの間、その部下の口に千切った干し肉を入れていた。


 部下は少し涙を流しながらこう言う。



 「……ちょっと泥付いてますね。」

 「正直なのは何よりだが……はぁ。」

 「「「ハハハハ!」」」


    

 俺は部下に鋭い怒りの目線を差し、溜め息を吐いて呆れる。

 周りの部下達はその光景を見て顔をにこやかながら笑い声を上げた。



 確かに濁流の水がはじけ飛び、俺の手に泥がベタベタ付いていた。


 その手で干し肉を千切ったのだからその後は言うまでもない。


 ……冗談だからまだよしとしよう。



 「まぁ、冗談言えるようになったということは大丈夫だと捉えてもいいな?」

 「はい、大丈夫です。ありがとうございますルーサー様!」


 「うむ。辛くなったら仲間達に頼れ。」

 「はい。」



 安心した俺は慎重に元の場所へ戻った。


 一人でも多くこの濁流を乗り越えたい。

 そんな思いを胸に燃えたぎらせた。


 (済まないな私の部下達。私の目的の為にはこうするしか無かったのだ)


 最も本当の感情を部下に見せる事などない。

 ただ純粋そうに見せている悪者なのだ。






 現在、濁流に流されてから数十分程が経過した。

 すると、向こうで平地に上がれる場所を見つけ出した。



 「皆! あそこだ! あそこで上陸するぞ!」

 「「「了解!!!」」」


 「気合いで這い上がれ! 這い上がれなかった者は死ぬと思え!」

 「「「はい!」」」



 俺は転倒に警戒しながら少しずつ右へと寄せていく。

 部下達も少しずつ右へ寄せるのだが、此処でハプニングが……。



 「ヒィィィィン!!!」

 「うっ……うわぁぁぁぁぁ!!!」



 右へ寄せる最中に濁流の石で馬がバランスを崩したのである。

 それにより、部下の一人は濁流の波へ身を投じてしまった。


 

 「マズい! 誰か助け……。」

 「ガボッ……! ゲボッ! グヮァァ!」


 「おい! 」



 収納魔法から慌ててロープを取り出し、部下を助けようとした俺だったが……時すでに遅し。


 部下は溺れる断末魔を叫びながら、遥か先まで濁流に飲み込まれていった。

 乗っていた馬の姿も、いつの間にか消えていた。


 (……済まない。俺の欲望の犠牲になってしまったのは申し訳ない)


 奥底に眠る本音を隠しつつ、俺は部下に向かって一瞬目を閉じる。



 「うわぁぁぁぁぁ!!! ダズゲデぐれぇぇぇ!!!」



 今度は後方から身一つで濁流に飛び込んだ兵士がいた。

 この濁流の中で馬にしがみつくのも精一杯なのに、人を助けることなど不可能に近い話だ。


 俺達はまた、もがきながら苦しむ兵士をただ見つめることしか出来なかった。



 「…………振り返るな! 今は自分が生き残ってこの地獄から這い上がれる事だけを考えろ!!!」



 俺は少し思考を停止し、ハッとなって部下達に注意を呼び掛けた。


 そして、俺は這い上がれる隙を逃すことなく濁流から逃れた。






 幾つもの断末魔と人間の死を見ながらも、俺達は遂にこの濁流から抜け出す事に成功した。



 這い上がったのはいいが、犠牲者が出た。


 部下達の空気はドヨリと非常に重い空気が流れていた。

 息をするだけで胸が詰まりそうだ。



 馬と兵士、数十を失ったのはかなり痛い。

 だが、敵の懐に入る事を考えたほうがお釣りは返ってくる。


 (魔物は全てこの世から消えればいい。もうこれ以上、母のような犠牲者を出すわけには行かん!)


 昔から望んでいたその奥深い欲望に身をまといながら、俺は大声で部下達を激励する。



 「皆! よく頑張った! 此処まで俺に付いてくれた事に感謝する! 尊い犠牲を今は悲しむ必要は無い! 模擬でも今は戦争だ! 後ろを振り返るのは尊い犠牲に報いてからしろ!」



 兵士達は半分不満そうにしながらも、結局は俺に付いてきた。



―――――――――――――――――――――――



―――――――――――――――――――――――

―【臆病者】アイリス視点―



 「アイリス殿。ルーサー達が濁流から抜けたとの情報がたった今入りました。」

 「そうか。被害の方はどうですか?」



 俺は村長を見つめながら相手の被害状況について聞く。


 村長は特に慌てる様子もなく、寧ろ敵を褒めているようにも感じ取れた。



 「馬と人間が20程、濁流に飲み込まれたとの報告が入ってきました。」



 正直言うとかなり被害は少ない気がする。


 馬と人間が20も濁流に飲み込まれるなど、最早事故という他に無い気がするが。


 最悪全滅もあり得た状況から、馬に対する愛情と騎手の腕、ルーサーの指揮によって此処まで被害を下げたのだ。

 寧ろ敵ながら天晴れである。


 (これで被害はマシって言えるのか?そこまで魔物に恨みがあるのか?)


 俺は躊躇いながらも、村長に率直な感想を伝える。



 「……そうですか。言うのもあれだが……被害はまだマシな方だと思う。」

 「ええ、流石は【朱の騎士団】の騎馬隊ですね。私の予想よりも下回る数値です。しかし、彼らにとって馬数十頭と人間数十人はかなり痛いハンデだと思いますよ? それに、馬達は流石に過労で疲れ切っていると思われます。」


 「そうであってくれると助かりますね。」



 俺は頷きながら納得する。

 流石に此処まで馬を酷使すれば全頭がくたばるだろう。


 後は上手くゴブリン達がやってくれるかどうかだが……。



 もう模擬戦争なんて気分では無くなって来ている気がするのは置いておこう。


 模擬戦争要素なのは、ルーサーの剣と弓以外は全部模擬剣と矢だけだ。



 「俺達が出来ることは……犠牲者を出さないようにしないように警告するだけ……か。」

 「ええ……指揮官と言うものは基本的にはそうです。前に立って軍に命令する行為は当然危険ですからな。もしもの時に責任を取るのが指揮官、今の世の常識とはそう言うものです。」



 村長は少し頭を垂らす。

 指揮官の自分が弱く、前にたってゴブリン達を激励出来ない事を悲しんでいる気がした。



 俺が今望むのは


 上手く村長が考えた秘策が成功する事

 誰一人ゴブリン達を死なない結果で模擬戦争が終わること


 である。



 モークは未だ泣きじゃくり、

 村長は責任で少し気を落とし、

 俺は両腕がしばらくの間無い。



 そんな者達が一同に介して、明るい雰囲気を出せようか?


 本部は沈みきった空気に包まれていた。



―――――――――――――――――――――――



 踏み込まなくても良かった死神に真っ向勝負を挑み、やっとのことで生還したルーサー達。

 彼らは現在、警戒しながら森の奥へと足を踏み入れている。


 人数は凡そ300名程。

 20もの命が死神によって刈られ、60名程は全ての馬を連れて森へ戻る事となった。




 流石にあれだけ突っかかれば、馬はへばるだろうとアイリスと村長は思っていた。


 それは、半分正解でもあり半分間違っていた。

 半数の馬はあまりくたびれてはおらず、逆にもう半数は足を気にしながら息を大きく荒げていた。



 あの濁流に流され、足を無数の小石や小枝でグサグサと刺されている状況にも関わらずこの結果は恐ろしい事である。



 半数以上が濁流を馬で渡り切れた記録は今まで殆どなかった。

 渡り切れたとしても、少数である。

 この時【朱の騎士団】はある意味偉業を成し遂げていた。


 これが模擬戦争でなければ、ルーサーは英雄だったかもしれない。



 「ルーサー様! 恐らく敵の拠点と思われる洞窟を発見致しました! 前方距離200!」

 「よし、此処からは皆声を上げるな。私が先導する。」

 「ルーサー様、それは危険です。将が前に行く事など……。」


 「黙れ。今から話は禁止だ。」


 「ルーサー様……。」

 「黙れと言ったのが聞こえなかったのか?」


 (クソっ……ルーサー様、どうして?)



 ルーサーは部下の忠告を完全に無視し、自ら先頭に立つ。


 自分が持っている真剣が理由なのだが、そんな事を部下達に公言すれば全力で止めようとするだろう。



 そんな事を知らない部下は心の声を大にしてルーサーに疑問をぶつけた。

 心の声が当然届くハズもない。



 そして、部隊は無言でルーサーに付いて歩いていった。


 部隊が向かう足音とは全く無縁の、ピチャピチャと濡れた地面を足で潰す音が複数聞こえるだけであった。






 しばらくすると、ルーサーの部隊達はゴブリンの洞窟と思しき洞穴を見つけた。



 穴は3人が両手をギリギリ広げられる大きさであった。

 これは一般的なゴブリンの洞窟とほぼ同じぐらいの大きさである。寧ろ、ゴブリンの洞窟以外にこの大きさの穴は殆ど見かけない。



 さらに近くに粗末な木造小屋が建てられており、此処で作戦会議をしているとルーサーは確信した。

 これを逃がすまいと彼はその後直ぐに感じ、部下達に命令を下す。



 「全軍! 小屋と洞穴を占領しろ!!!」

 「ワアァァァァァ!!!」



 ルーサーを含め、全員が小屋と洞窟に突入した。




 さっきまでの複数のピチャピチャ音から、複数の音源があちこちに放たれる。


 バシャバシャ!と弾け飛ぶ水と音。

 ガチャガチャ!と激しくぶつかり合う金属同士の衝突音。

 ワァァァァァ!と人間特有の叫び声。


 それらが激しく噛み合わずに、酷い雑音が混じった荒い音楽と化す。

 誰が好き好んでこの音楽を聞くのだろうか?




 兵士達よりも先に、ルーサー本人はまず真っ先に小屋の中へと向かう……が。


 (居ない!?もぬけの殻だと?)


 小屋の内部は慌てて逃げ出したような後がくっきり残されていた。


 (なんなんだこの【グルドの森】の地図は!?全体マップ含め、東西南北……全ての【グルドの森】の詳細が完璧に書かれている!)


 ルーサーは地図の完成度に大いに感動した。

 この地域の人間ではかなり難解と言われたハズ【グルドの森】の地図が、一ミリのミスも無しに完璧に書かれていたのだ。


 これをル・レンタンの議会に提出すれば、かなりの金額が貰える。


 これだけでも非常に価値の高い代物であった。

 値段が落ちる要素としては、少し落書きがあること位である。


 (……勿体ないことに、あちらこちらに色々赤色の線が引いてあるな。……もしや、我々の部隊の進路を事前に予測していたのか?)


 ルーサーは地図にびっしりと引かれた赤色の線を見て、一つの確信を得る。



 最初に自分達が辿った沼を避けるルートには、他より青紫色の太い線が引かれていた。


 元々赤色に引かれていた線に上書きして青色の線を引いたのだろう。

 つまり、此処を通るルートが読まれていた事の証明になった。



 そして彼はハッとなり、自分が辿った道を辿っていった。


 (あの濁流を下る悪魔のルートは、ゴブリン達に読まれているのだろうか?)


 読まれていたら……と考えると、此処も非常に危ない。

 既に敵の手中に入っている事になる。

 故に、ルーサーが調べたくなるのも当然であった。



 彼は自分が辿ってきた濁流のルートを右手の人差し指でゆっくりと辿る。



 濁流のルートは確かに赤色の線で引かれていた。

 しかし、濁流から陸上へ上がる場所が違っていた。


 ゴブリン達が予測した赤色の線は、ルーサー達が陸上へ上がった場所よりも更に奥だった。

 地形を見るに、最も上がり易い場所のように見えた。


 その先は何かで誘導されて落とし穴に部隊丸ごと落とす計画をしていたらしい。



 ルーサー達が陸上へ上がった場所に、赤色の線は引かれていなかった。


 そして、この場所に何か文字が書かれていた。

 後から入ってきた部下が「魔物言語で【本拠地】」と言う証言を元に、ゴブリン達の作戦が粗方理解出来た。


 (恐らく、この赤色の線通りになるとタカを括って……。直前で伝達か何かが俺達が此処へ向かっているとの情報を掴んで慌てて逃げ出したな。俺達が危険を犯さずにこんな危険な場所から上がるとも思っても見なかっただろう。)


 そして、ルーサーは笑みを浮かべてゴブリン達を罵倒し始めた。


 策略に勝ったという甘い優越感が心と体の奥底から込み上げ、鼻息を荒くさせる。


 (ハハハッ!地味な努力も報われない愚かな腰抜けゴブリン共が!ゴブリンの指揮官と言うものは仲間も見捨てて逃げる……そんなものか) 


 優越感にしばらく浸っていると、部下がルーサーに報告をしに来た。



 「ルーサー様。ご報告が御座います。」

 「洞窟か? ……で、どうだった?」


 「はい。もぬけの殻でした。洞窟内が真っ暗闇で一直線です。最奥にはゴブリン達の部屋が幾つもありまして、逃げ出した直後のような後が残っております。」

 「うむ。直ぐに向かおう。数十名は此処に残って待機しておけ。」

 「「「ハッ!!!」」」



 ルーサーはそう言うと、直ぐに小屋から出て洞窟に向かった。


 10名程の部下に松明を持たせ、ゆっくりと洞窟内を歩く。

 進む度にゆっくり下に降りており、先日の大雨の影響で滑り易くなっていた。

 滑りやすい石で舗装されているから余計にタチが悪い。


 道中で複数の兵士が足を滑らせて転んでしまった。

 警戒していてもコレである。


 (チッ。この石のせいで銀製のサバトンはよく滑るな……)


 ルーサーは我慢出来ず、サバトンと靴下を脱いで収納魔法の中に入れた。

 これで彼は素足である。


 12月中旬……冬の真っ只中で流れる水と石の冷たさを生足て受けるキツさは大体の人間が想像出来るであろう。

 当然ルーサーは苦しい表情を見せた。



 「ルーサー様、それでは足が凍傷の危機に……ウワァッ!」

 「おい! 気をつけろって! ……それで、ルーサー様。せめて足を……。」

 「転んだ拍子に松明が顔に落ちたらどうする? それが嫌なら素足で歩け!」


 「ルーサー様……。申し訳ありませんが……松明に焼かれて顔がただれた者もおり……。」

 「もう被害報告はいい。兎に角、そいつになりたくなかったら警戒しろ。」


 「「「はっ。」」」



 そして数分後、ルーサー達は最奥に辿り着いた。

 たった70メートル程の道を歩くのに数分を費やしてしまったが、ケガ人は0で済んだ。



 最奥に辿り着くと、既に大勢の部下達が休憩を取っていた。

 ゴブリン達が作ったであろう複数の石の暖炉に火を付け、暖をとっていた。


 濁流とこの下り坂の影響で心身共にくたびれたのだろう。


 ルーサーは暖炉を目に入れると、直ぐさま凍り付いた足で暖炉に近寄り、部下達を押しのけて一番前で足を暖炉に近づけた。

 足に纏わりついた幾重の氷結が段々と溶けていくのを感じ、彼はホウッと安らかな息を吐いた。



 そして、部下からこの部屋の報告を受ける。



 「この部屋の構造はどうなっている?」

 「はい。この部屋は中央部屋で、入り口の他に5つの部屋があります。」


 「その5つの部屋について、詳しく頼む。」

 「それが……全部何もありません。」


 「何!? 全部何もないとは一体どういうことだ?」



 ルーサーは近づけて暖めていた両足を戻し、声を荒げて動揺する。


 部下は彼の荒い大声に驚き、身をすくめながら無について語った。



 「それが……ホントに何もありません。5つ全ての部屋が空……痕跡が一つもありません。」

 「そんなバカな! 今から全ての部屋を見てやる!」



 立ち上がったルーサーは収納魔法からサバトンと靴下を取り出して装着し、5つの部屋を自らの目で慌てて確かめることにした。








 一つ目の部屋 なにもなし








 二つ目の部屋 なにもなし








 三つ目の部屋 なにもなし








 四つ目の部屋 なにもなし








 五つ目の部屋 なにもな……絵が一つ








 唯一見つかった絵をよく見てみると、モークタンの絵であった。その下に先ほど見た地図の文字とはまた別の文字が刻まれていた。




 【ぶっぶー、ザンネーン! ハズレ~!


  マンマと勝ったと思ったでしょ~。

  その洞窟はダミー。へっぽこ指揮官の人間

  はコレ読んで後悔してね!


  罰ゲームのレシピをちゃんとしょーじきに

  書いておくから読んで確認しといてね!


  1.ツルツル

  2.洪水

  3.矢

  4.落とし穴


  以上の順番でキミ達をぶったおすから

  ばんぜんの準備で僕達を殺そうとした

  罰をちゃーんと受けてね!


  えーと……グットラック!

  敵だけど健闘を祈っとくね!!!


        ~モークタンのモーク~】




 とウザったらしいモークタン言語で書いてある。

 しかしゴブリン村長でさえ10年かかったこの代物を、普通の人間が翻訳出来るハズもない。


 そんな事を知るハズもないルーサー達は、魔物言語などに詳しい部下を呼んだのだが……。



 「なんなんだこの言語は? まるで暗号そのものだぞ? モークタンってことはもしかして……モークタンにも独自言語があるのか?」

 「……お前でもこの言語は初めてか?」


 「は……はい。この言語は魔物言語ではありません。もしかしたら、モークタン独自の新種の言語かと……。」

 「何!? あのゴミ魔物の独自言語だと?」


 「い、いや……その……絵だけなので確信出来ないのですが……。」



 部下は絵を指してそう追記する。


 しかし、これでルーサーはある一つの事実に辿り着いた。


 (5つの部屋全ては全て何もなかった。そんなハズはない!俺が最初に本拠地へ入ったときは、もぬけの殻だったが確かに直前までそこにいたハズだ!)


 ルーサーは本拠地に入った時を思い出す。


 机の上には地図とペンが置かれており

 模擬剣が置かれていたであろう箱も伺うことができた。


 となると、洞窟の内部かその洞窟付近にはそれらを作る鍛冶屋や炊事所などがあるハズである。


 それが無いということは……。




 元々此処にゴブリン達は住んで居なかった事になる。




 では、一体何のためにこの洞窟が作られたというのだろうか?


 ルーサーは遂に真実を見つけ出した。


 (俺達を…………この洞窟へ誘い込む為?だとしたら、ツルツル滑る床と一直線の道が理解できる。俺達を洞窟内で纏めて仕留める為に!)


 そう確信したルーサーは大声を上げて命令した。



 「退却! 退却だ! 急げ!」



 退却命令である。

 彼の怒号と共に、一斉に部下達が入り口へと向かう……が。




 時既に遅し。


 この洞窟から脱出しようとした部下達が目にしたのは、入り口から大量に流れてくる水であった。

 それと同時に、15本程の模擬矢が部下達に向けて襲いかかってきたのである!



 「ウワアァァァァァァ!!!」

 「グッ!」

 「ガハァッ!」



 部下達は洪水のような勢いの水に押し流されてきた。

 同時に、真冬の冷たい水が最奥のこの部屋全てに流れ込んでくる。水は無慈悲にも暖炉の火を消し去り、ルーサー達全員を再び極寒の世界に連れ戻した。



 水が膝辺りまで流れ込んできた所で洪水は止まったが、寒いのと囲まれた事に変わりは無い。

 入り口へ向かおうとすれば模擬矢の餌食である。



 「ルーサー様! 入り口から大量の水が流れ込んできました。」

 「クソっ……嵌められた!」



 ルーサーは悔しそうな表情をしながら壁を右手で殴った。

 勝ったつもりが、自分が勝った気がしただけ。そう思うと、ルーサーは余計に悔しくなった。


 (クソが……。優越感に浸っていたあの頃の俺は単なるバカだった……)


 再び足先から襲いかかる幾重の氷結に我慢しながらも、ルーサーは諦めなかった。



 「仕方無い……こうなれば強行突破だ。」

 「皆の者! 模擬矢に恐れる事は無い! 我ら【朱の騎士団】の意地をゴブリン達に見せてやるのだ!!!」

 「「「オオオォォォォ!!!」」」



 ルーサーの指示に従う部下達は気合いを込めて入り口までのツルツル滑る坂に向かって突っ込んだ。


 当然、狙っていたとばかりに入り口の方から幾多の模擬矢が降り注ぐ。

 ……が、それを部下達は気合いで我慢する。




 しばらくたつと、ツルツル坂は順調に攻略されていた。


 転んで倒れた部下を踏み台にするという荒技を上手く駆使して、他の部下達がゆっくりと登っていったのである。


 進んでは倒れ、それが踏み台となって別の部下が進み、そして踏み台になる。

 最早突破されたといっても差し支えない攻略法であった。




 「オオオォォォォ!!!」




 そして遂に、部下の一人が模擬矢の痛みを踏ん張って洞窟から抜け出したのである。それに続いて、他の部下達も洞窟から抜け出してゴブリン達と戦闘を行う。


 相変わらず状況はルーサー達が不利というのは変わらなかった。

 しかし、ルーサーが逃げるチャンスを稼ぐという部下達の目的を達成するのには十分な時間であった。



 「ルーサー様! 此処は我々が食い止めます! 親衛隊と共にお逃げください!」

 「……。」



 洞窟から脱出したルーサーは部下達の助けによってこの場を逃げ切る事に成功した……。






 ……と部下達は誰もがそう思っていた。

 ルーサー様本人の言葉を聞くまでは。


 ルーサーは真剣を抜いて高々と宣言する。




 「愚か者!!! 将がゴブリン如きに逃げてどうするというのだ! 私が先陣を切って突撃する!」

 「お待ちください、ルーサー様! 此処は逃げるのが最善の一手……。」



 ずっとルーサーの側についていた、彼の信頼が高い部下はルーサーの考えに反対する。


 しかし次の瞬間、ルーサーはとんでもない行動に出てしまった。



 「黙れ! 俺が勝手に自分で決めたことだ! 余計な口を出すな、馬鹿野郎が!」

 「ガハァッ!!!」

 


 ルーサーは真剣を左に持ち替え、右手で拳を作って部下の顔を全力で殴った。


 部下は殴られた衝撃で落馬し、激しく地面に衝突する。



 「ルーサー様……。」

 「皆! 俺の後に続け!」

 「「「……ウワアァァァァァァ!!!」」」



 部下はルーサーを見ながらかすれた声で必死に止めようとする。しかし、ルーサーは部下を完全に無視して突撃命令をだした。

 一瞬躊躇った他の部下達であったが、命令の為に従わざるを得ない状況だった。



 ルーサーと部下達が戦っている他の者に加勢しようとする。

 ……が。



 「今だ! 突撃ぃ!」

 「「「ウワアァァァァァァ!!!」」」



 横から突然表れた60体程のゴブリン達がルーサー達に襲いかかった!


 あまり急な出来事にルーサー達は動揺し、部隊が混乱状態に陥る。


 そこへ、ルーサーが即座に指示をだす。



 「慌てるな臆病者共! すぐさま対処しろ!」



 部下達は彼の指示に従ってゴブリン達と模擬の戦闘を開始する。




 しかし、此処まで頑張ってきた部下達の疲労は幾らか鍛えていてもかなり大き過ぎた。



 濁流で命からがら助かったと思えば、

 今度はツルツルの坂でこけて、

 真冬の水にさらされ、

 無言で我慢できない程の模擬矢の痛みを何発も耐えた。



 体力が限界を迎えていた。



 「グッ!」

 「ガアッ!」

 「ウワァ!」

 「クソ……部下達の体力が持たなかったか……。」



 予見は一応していたルーサーだったが、予想よりも早い部下達の体力の限界までは見抜けなかった。



 次々に痛みで気絶していく部下達を見たルーサーは……。




 遂に隠していた真剣をゆっくりと抜いた。

 馬から下り、縄で部下達を縛り上げているゴブリン達に向かって怒号で叫んだ。



 「クソ……たかがゴブリン如きが! この剣でぶっ殺してやる!」

 「危ない! お前らは捕虜を連れて今すぐ撤退しろ! 此処は俺が相手だ!」

 


 そこへ、ゴブリンのリーダーが他のゴブリン達に命令を出す。

 エースである。


 ゴブリン達は急いで捕虜を連れて退却し、残るはルーサーとエースだけだった。



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