第58話 アイリス達と【朱の騎士団】
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首都ル・レンタン ~富裕層地区~
【臆病者】のアイリス達が穴掘り作業のラストスパートに差し掛かっていたその頃、とある大きな館では盛大な宴を催していた。
その館は木製で出来ている。しかし、高級木材をふんだんに使用して建てられたその館は、色は簡素ながらもどこか奥深いものがあった。
宴はたいそう煌びやかで、どこか欲深い雰囲気を感じることができそうである。
現在この館で最も広い大広間には、30人ほどの人間が長いテーブルに座り、装飾の施された皿に盛り付けられている色とりどりの料理に舌鼓を打っている。
勿論、料理も一般の冒険者や生産職が簡単に手を付けられる代物ではない。
一品最低銀貨1枚、最高で銀貨7枚という超高級料理である。
ちなみにこれはメインデイッシュという訳ではない。
あくまで前菜である。
そして、部屋の中央にあるテーブルを大きく囲うようにして両脇30名の兵士が警備に当たっている。
彼らはこの中でも下級の地位に過ぎず、途中の退出どころか一切の私語も許されない。
万が一そのような事があった場合は隣にある処刑部屋に連れ込まれ、首と胴体が別れることであろう。
すると、一番上座にいる太った男性が立ち上がり、右手にワインを持ちながら高々と群集に向けて挨拶を交わす。
彼の身に付けている服装は他とはちょっと違う。金を掛けているという訳ではない。
色は赤みを帯びたオレンジ色のターバンで統一されており、富裕層の典型的なパターンである金のブレスレットやネックレスを身につけている。
指輪はこの世界の大半の地域がほぼ見かけないであろう、鉄製で出来ていた。
群集は彼が立ち上がると食事と会話を止め、目線を彼に集中する。
「皆様、大変この貧相な宴にお集まり頂き誠に感謝申し上げます。それでは人数が揃いましたので宴の方を始めたいと思います。それでは、宣誓。【朱の騎士団】に栄光あれ!!!」
「「「朱の騎士団に栄光あれ!!!」」」
皆が一斉に大きな声でそう宣誓し、右手で彼に敬礼を示す。
唯一両脇の兵士が、お咎めなく大きな声で口に出せる言葉である。寧ろ此処で宣誓しなければ処刑部屋行きであるのだが。
なお、この男性――ワゼリス・ダート――は【朱の騎士団】の団長であり、アイリス達に条件付割譲願という舐めきった通知書を送った張本人である。
そんなわけで、宴が始まった。
前菜から始まった宴はスープ、魚料理へと移行する。
今回のスープは冬カボチャの中でも味や質の高い【天冬カボチャのスープ】である。
このスープだけで銀貨1枚という飛び抜けた金額であるが、群集はなんの躊躇いもなしにスープを口に運ぶ。
「ワゼリス殿、今回の天冬カボチャも非常に甘くて美味しいです! さすがお目が高い! 私は到底その領域にたどり着けませんね!」
紳士服を着用した1人の若い男性がワゼリス本人が選んだという天冬カボチャの目利きのセンスを崇め、褒め称えた。
「お褒めを頂きありがとうございます。私、目利きは他よりも少々努力しておりましてね。色々な食材をこれまで吟味してきました。まあ、それが今のこのお腹であると思って頂きたいですね。」
「「「ハハハハハ!」」」
ワゼリスは右手で自分の腹の肉を摘まむ。「私はデブですが、これは今まで様々な食材を吟味して来た証ですよ」という自虐ネタ発言に、群集からは笑い声が聞こえる。
群集が魚料理に手を付けはじめ、ちらほらと笑いのムードが出てきた所で、ワゼリスは本題へと移行する。
「さて、茶番はこれくらいにしておきましょう。現在、我々【朱の騎士団】は部員数2800人という規模にまで登りつめております。これは誠に嬉しいことに、この国では4番目に規模が大きい組織です。」
群集の一部からは「おお~」という驚嘆の声が溢れる。
実際、このパーティーに参加している者は朱の騎士団だけではなく、ル・レンタンを運営する関係者やこの組合に妙に親しい闇商人などの人物もちらほら窺える事が出来た。
と、此処でワゼリスのすぐそばにいた凛々しい赤髪の女性が立ち、今回の計画について多方面から意見を聞いた。
きれいな黒いドレスは彼女の魅惑を、より一層引き出している。
「今回、団長様は500名という軍をクルドの森にいるダークゴブリン討伐、そして所有権獲得(奪取)の為に送る予定です。これに反対意見は御座いますでしょうか?」
「申し訳ありませんが……私は反対です。」
彼女の言葉を聞いた老男性が立ち上がり、左手を上げる。
左手をあげるというのは、この組合のルールでは反対意見を表している。侮辱するわれでもなく、ただただ一つ気になる事があるのでそれを聞いてみたい時によく使われるのだ。
ちなみにグルドの森はアイリスの言っていた【試練の森】の正式名称である。
最も、あくまで人間が考えた正式名称というのは忘れてはいけない。
そして左手をおろした後は、少し申し訳なさそうにこう話した。
「勝手な行動は申し訳ありませんが先週、私は何名か密偵をグルドの森に送り出しました。現地調査の為ですが……。」
「オイオイ! ワゼリス様の指示を無視して勝手に偵察とは、愚かなる極みですなぁ。」
「全くです。失態は償わなければなりませぬなぁ。」
男の不祥事にすぐさま反応した1人の闇商人とル・レンタン関係者が男の追求をする。
「まぁまぁお待ちください。話には続きがあるようです。さて、何事でしょうか? まだ肝心な部分がありませんから、そこを聞いてから御意見を伺っては?」
「……まあ、そうでしょうな。」
「確かにワゼリス様の仰る通りです。先程の発言の無礼をお許し頂きたい。」
ワゼリスが愚痴を言った者に多少の圧力をかけた。
(……フン、デブ野郎が。このジジイが【朱の騎士団】でそこそこ有能だったから言葉だけで貶めてやろうと思ったんだが……)
(愚か者ですね。君の魂胆は既に読めていますよ。まあ、金上がり者と闇商人のよく考える事ですがね)
愚痴を言った者がそんな事を考えている事などワゼリスは既にお見通しである。
伊達に団長をやっているだけの知謀はあるのだ。
もっともワゼリスも、生まれつきで金持ちになった訳ではない。
幼少期の生活は、今とはかけ離れていた。
だから頑張って金持ちになるために熱心に勉強した成果でもあるのだ。
「さて、続きをお願い出来ますかな?」
「はい、畏まりました。現地調査の為に派遣したのですが、報告がとても奇妙なもので……。」
「ほう、それでその【奇妙】とは如何に?」
「はい。2人と1匹が夜にゴブリンと話していたとの報告がありました。更に、その内の1人が尋常ではないほどのオーラをもっておられたそうです。」
「報告した密偵のレベルは幾つでしょうか?」
「レベルは73です。」
一部の人間は、自分より上位の者の姿を見ると赤色のオーラのようなものを纏うらしい。
まやかしだと言う人間も多いが、一部の研究者は認めているという。
大体30以上離れているとそのオーラが見えるようになるらしい。
レベル73……つまりそのオーラの持ち主は少なくともレベル103以上という可能性が出てくる。
尋常ではないということは更に上の可能性があるのだ。
「それに……もう一人の密偵は満身創痍でした。恐らく何者かによってやられたのかと思いますが、オーラの持ち主ではないと考えられます。」
「どうしてそうなるのでしょうかな?」
「彼はそのオーラの持ち主にあっていないからです。それに、形が異なる複数の傷も見受けられました。」
「なるほど。それは素晴らしい情報源です。確かに勝手な行動ですが、利のある勝手な行動は我々を勝利に導くかもしれませんからね。」
「お許し頂き、誠に感謝申し上げます。引き続き、新たな情報を獲得するために行動する事をお許し願いたい。」
「あまり密偵を酷使しないように頼むよ。」
「ハッ!」
老男性は敬礼をした後、再び椅子に座る。
しかし、ワゼリスはこの報告に疑問。いや、不安が漂い始めていた。
(彼が派遣したのは新任の彼女を除いてレベル70~80のプロの密偵。その者が満身創痍!?しかもオーラの者ではないと考えると……)
つまり、レベルが80あってもグルドの森に入れば危険という事になるのだ。
仮に赤色のオーラを持つ者がボスだったら勝ち目など全くない。
(しまった……相手の判断能力を失わせるために送った挑発文は大失敗だったな。特攻すれば無駄死にが増えるばかり……)
ワゼリスが頭を抱えていた所に、突然1人の若い男性が名乗りを上げた。
そして、右手で自分の胸を叩いてこう言い放つ。
銀製の鎧と銀製の籠手が強く当たったため、「ガチャン!」という衝突音が辺り一面に響き渡る。
「ワゼリス団長。そんな士気を下げるジジイの報告に惑わされてはいけません! この私めが華やかな活躍を約束しますよ!」
その男は最近加入しながらも、数々の戦闘において圧勝し、この組合のナンバー7にまで上がった者である。
名前はルーサー、年は23。
レベルは93。
決して弱い数値ではない。全体でみればかなりの強者である。
ただ一つ言えることは、かなりのお調子者であるという事ぐらいである。
「ロガー様に失礼です! 身の程をわきまえなさい!」
「ウッセー! ナンバー9のお前は黙っとけババア! 大体テメーが俺に指図される立場はねーっつうの!」
ルーサーの発言に耐えかねた1人の女性は彼の悪口を注意する。
しかし序列によって態度を変えるタイプの為、彼女に対して暴言で返す。
「お二人共、此処は組合の中ではありません。パーティーの最中です。身内争いはやめてもらいたいものですなぁ。」
「……はい。申し訳ありません。」
「ああ……申し訳ありません。無礼を働いてしまったことをお許しください。」
ワゼリスが2人を少々皮肉りながら注意する。
ハッとなった2人は慌てながらも頭を下げて謝罪した。
序列に忠実ということは、上に対しては敬意を払うのだ。その分、下を徹底的に見下すのが非常に悪いところなのだが。
「ゴホン……ところで、ルーサー君。君はロガーの報告を聞いて、それでも向かうおつもりで?」
「もちろんっすよ! ダークゴブリン程度のへっぽこ魔物、この俺ルーサーが大将の首をサッととってきますよ。オーラついているヤツの正体もメッチャ気になりますね!」
「……よし。ゴブリン討伐の大将はルーサー君に一任する。副将はルーサー君が後で指名するといい。」
「私如きの意見に賛成いただき、誠にありがとうございます。」
ルーサーは頭を下げた後、誤魔化しきれない笑顔を見せる。
よほど嬉しかったのだろう。
お調子者であるということと、自分より下の地位にいる者を見下すというデメリットが無ければとても愛着が湧くのだが。
それらが完全に阻害しているのである。
「……さて、本題はこれくらいにして私もそろそろ……。」
「ちょっと待って。私も参加していーいー?」
目的を果たしたワゼリスは自分も食事に戻ろうと話した瞬間、かなり後ろのテーブルから声がかかり、ワゼリスの近くまでトコトコと歩み寄ってきた。
彼女。いや、少女の口元は赤黒い液体がベットリと張り付いており、左手の人差し指を使って絡めとる。
それをペロペロと舐めて堪能している。
彼女の名前……いや、愛称はアリス。
ワゼリスを除けば朱の騎士団No.1の強者である。
おさげにされた金髪の髪型は少女の可愛らしさを更に引きだたせている。
所々が妙に赤黒い緑色のフードを被り、そこからさらに青色と赤色を基調としたメイド服に近い服を好んで着用している。
「私、その赤いオーラの奴が気になるから単独行動してもいい?」
「否と言っても行くのでしょう?」
「まあね。やろうと思えばアナタも食べられるし、単独行動も出来ちゃうよ。」
「脂身がびっしりとついている私の体はお好きですかな?」
「……嫌いかなぁ。1割ほど食べたら飽きて道端に放置しそう。」
「ハハハ……我の扱いが酷いですね。どうぞ御自由に、しかし死んでしまっても仕方ありませんよ?」
アリスがワゼリスに単独行動の許可をとろうとする。
拒否すると食べられかねないワゼリスは、仕方なくアリスの単独行動を許可する。
彼女の地位が此処までワゼリスと同等な理由。
それは他のメンバーよりも遥かに強いからである。間違いなく【朱の騎士団】の最強メンバーである。
レベル147、僅か13歳でこの数値は異常である。
なぜこれほどまでに異常なレベルにまでのし上がったのか?
答えは単純。人間を食べたからである。
彼女は人間を食べ続けて強くなったのだ。
人々はそれを「人肉喰らい」と言う。
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異世界でもこの世界でも、人間が人間を食べることはタブーとされている。
しかし彼女は、今より幼かったとある日に人間の死体を食べてしまった事が原因で、人間の味に目覚めてしまった。
飢えを凌ぐために食べたと本人はワゼリスに語っている。
実は人間の肉にも経験値があり、それを食べるだけでも食べた人物に経験値が入る。
経験値はあのモークタンの5倍。
味に目覚めた彼女はその後も人間の死体を食べ続けた。
その結果、異例とも思える速度でレベルが上がり続けていった。
当時僅か10歳にも関わらず、特別措置で冒険者の職業を貰うという異例の事態にまで発展したのは、レベルが93という数値が全てを証明していた。
※冒険者のランクがD以上かつ、一定の年齢(町ごとによって定める数値は異なるが、基本18歳)を超えていなけば町の外に出ることは許されない。
しかし、現在でも彼女はあまり有名という訳ではない。
あの超有名組合【黒十字団】団長のナークプル・カルナよりもレベルが高いのに何故か?
人間を食べる為に数人殺してしまったのだ。
硬くて少々食べづらい死体の味に飽きてしまっては、直前まで生きていた人間の肉を求めるのは時間の問題であった。
当然表側で彼女は白金貨2枚で賞金首にかけられてしまった。
ほうほうの体で歩いていた彼女をワゼリスが偶然見つけて保護し、現在に至っている。
アリスはワゼリスに保護してもらったことと、裏で罪を帳消しにしてくれた恩がある。
口は同等でも殺すつもりは端っからないのだ……というよりは、ワゼリスの肉の味は飽きると思っているのだろう。
現在彼女には、時々執行される孤独死刑者の死体を、裏ルートで入手して何とか済ませている。
勿論今回の食事も、彼女だけはその人肉を使った料理であることは言うまでもない。
あまりの異端すぎる彼女を朱の騎士団は嫌い、一番強いにも関わらずワゼリスから遠くはなれた個人テーブルで食事していた。
そもそも美食を食べている自分達の隣の席で、人肉を食べている客がいたらどんな気持ちになるのだろうか?
殆どの人間は避けたがるのが世の常である。
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「いいよ。私だってそれくらい覚悟してるよ。それにルーサーと連れてかれちゃう相方だけじゃ、グルドの森は多分ムリ。」
アリスの発言に少し苛立ちを覚えたルーサーは思わず立ち上がる。
「ちょっと失敬。アリス、私の実力では攻略不可能と?」
「グルドの森ってあのイミルミア帝国のイケザキって人が昔特訓してたんだよ。6年ぐらいかな。文献にちゃんと書いてあるよ?」
「イケザキ……その人間が特訓したことにより、グルドの森に影響が出たと? そうおっしゃっておられるのですか?」
「うん。多分それによって生き残った魔物ちゃんが強くなっているんじゃないの? ともかく、やるんだったら総力戦かな?」
「……アリスちゃん。総力戦でメリットはあるのでしょうか?」
総力戦に反応したワゼリスがアリスに質問する。
「コイツ一体何言っているんだ?」という視線がアリスに向けられているが、ワゼリスだけはそうは見ていなかった。
(ふむ……アリスの言うことは正しい。実際、グルドの森で死亡した高位冒険者も少数だが報告されている。グルドの森はちょっと他とは違うのでは?)
しかし、そんな事は腹の中で思っていても発言出来ないのである。
挑発文を送ってしまった今になって急に中止にしてしまえば、この組合を裏で支持している闇商人やル・レンタンの関係者から反発されてしまう。
そうなれば最悪【朱の騎士団】全体が酷い目に遭ってしまう。そうなるよりは、戦いに負けてイヤミに対応する方が遥かにマシである。
(組合を作って必死に此処まで積み上げてきたというのに、いつの日か闇商人や自己貴族の相手をするハメになるとはなぁ)
※「自己貴族」……貴族の中でも、自分の権力と利益増大の為だけを求めて行動する人間を言う。皮肉用語。
「うーん、正直言うと少ないと思う。最悪赤オーラの人が私より強かったら全滅もあるかなぁ。」
アリスは腕を組みながら本音を言う。
一部の人間は彼女に向かってイヤミを連発するが、当の本人は知らんふりをしていた。
ワゼリスは何も言うことが出来なかった。
結局今回話し合った内容はこのような感じである。
アリスは「まだおにくが残っているからそれ食べてくる」といって自分の席に戻っていった。
料理は肉料理、サラダ、チーズ、焼き菓子と進んで終わった。
ワゼリスは宴終了の合図を出して闇商人や自己貴族を返した。
「ワゼリス様、今から500名の収集に向かって参ります。素晴らしい結果をご期待ください。」
「団長、私も今日はお暇するね。」
「……うむ。期待している。」
そして直後、ルーサーもワゼリスにそう告げて館を出て行った。
アリスもルーサーに便乗してどこかへ行ってしまった。
「……さて諸君。これから私の本音を話すことにしよう。」
ワゼリスは残った皆を引き止めた。
全員、朱の騎士団に加入しているメンバーである。
「……。……。……。それでは本日の宴はこれにて以上。明後日からは各種任務をこなすように。」
「「「はい!」」」
そして皆にそう告げた後、この宴は正式に終了した。
実はワゼリスの言葉を聞いていたのは他にもう一人いた。
アリスである。
館から出たふりをして物陰に身を潜めていたのだ。
聞いたアリスは心の中で溜め息を吐く。
(……はぁぁ、つまんない。出会ったばかりのワゼリスはあんなクズ共に流されるような人じゃなかった。だから期待して朱の騎士団に入ったのに……。)
少し前からアリスは人肉を食べる事を止めようとしていた。人間を殺して以来、肉を食べてしまったことを後悔していたのだ。
だが、必死に止めようとするアリスに地獄が訪れた。
禁断症状である。
一度覚えてしまった味に嵌まってしまえば、やめようとしてもやめられなくなる。いわば麻薬と同じなのである。
禁断症状の辛いところは、どんなにやめようという意志を持っていたとしても、余程根が強い人以外には苦痛を我慢出来ないところである。
(人を殺して役人に追われていた私をワゼリスは救ってくれた。罠の可能性もあったけど、それで殺した人間の償いになればそれでも結構だった。人肉を止めるサポートをしてくれたら最高だったけどね)
しかし、実際は逆であった。
ワゼリスは彼女を助け、人肉を提供した。
サポートはしてくれたが止めることは出来ず、寧ろ段々嵌まっていった。
それが原因で朱の騎士団では異端児扱い。
一匹狼である。
(私は……誰かに殺されるだけの運命なのかな?運命ってそういうものなのかな?)
アリスは俯いた表情のまま、ついに館から出て行った。
彼女が一人、ぽつんと夜深くの町へ肩を狭めながらと歩いている様は悲壮たるものがあった。
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―【臆病者】アイリス視点―
「よーーーし! 後200だ。風呂場はゴブリン達の手によって完成したから、もうひと踏ん張りだぞ~!」
ユッケが高々とそう言い放った後、俺とダークゴブリンはヘトヘトになっていた。
大量の汗をかき、両腕が千切れそうなくらい痛い。
「……アイリス、スナオニイッテイイカ?」
「多分『ダルイ、ツカレタ、シンドイ、タスケテ。』……のどれかだろ?」
「……アア、ソノナカノウチヨッツガアタッテイル。」
「俺、お前の気持ちが物凄くわかるんだが……何でだろうな?」
ダークゴブリンのボスが珍しく疲労困憊の様子である。
実際そう思っていた俺もそれに強く同情する。
よくよく考えてもみたらそれもそうである。
17時頃から始めたこのパイプ設置は既に5時間が経過している。
1400ほどあるパイプの一個一個の重さは、およそ2トンである。
それを力のあるダークゴブリン20体と俺が地上から穴の中で待っているモークの所まで慎重に下ろさなければいけない。
その為には、紐を使ってゆっくり下ろしていくのだが……。
そもそも重い上にこれを1200回も繰り返せばそうなるのは当たり前である。
「まあ、此処までやれば後ちょっとだし頑張ろうぜ……。」
俺はボスを励ます言葉と同時に、両手を握ろうとしていた。
だが、かなりの激痛が俺の両手に響いたため言葉をつい止めてしまう。
(そう言えばこんな作業をしている時によくできる【マメ】や【タコ】とかいうやつが良くできるという話を聞いたことがあるがまさか……)
俺は両方の手のひらを見る。
……マメが1、2、3、4、5、6、7、8、9、10
、11、12……。
……タコが1、2、3、4。
潰れているのが半数以上発見出来た。
「……ヒドイナ。ヨクココマデヒモヲヒッパルコトガデキタナ。」
横から見ていたダークゴブリンが不安そうな目をしながら俺に話す。
すると、その光景を見ていたユッケは俺のもとへ駆け寄り、俺の手をマジマジと観察した。
そして俺の左手を上にあげてこう宣言をする。
「ゴブリンの皆さん! アイリス先生は頑張っています! 見てくださいこのマメとタコの数。あなた達に温泉というものを味わってほしいがために必死に頑張って作業をしています! あともう少しガマンすれば温泉が入れるんです! 最後まで踏ん張りましょう!」
「「「「エイエイオー!!!」」」」
ゴブリン達は俺の手をみて様々な思いを馳せている。
しかし、様々な感情の中でゴブリン達に芽生えたのは俺の予想とは違った。
「アイリス先生が頑張っているぞ! みんなでアイリス先生を助けよう!」
「「「了解!」」」
なんと俺の手の平をみた内の半数以上が俺の元へ駆け寄り、紐を持ち始めたのだ。
後の者はどうしても抜け出せない作業があったため、仕方がない。
俺はユッケを見る。
ユッケは知らん顔で口笛を吹いていた。「俺、なんかしたっけ?」とでも言いそうな態度である。
すると、ユッケはこう言い放った。
「アイリス、これが助け合いなんだ。皆がやると決めた計画とかは、皆でやらなきゃいけない。誰かが困っていたら助けなきゃダメなんだ。」
「お前……まさかこの展開を予期して俺の手を皆に見せたのか?」
「ゴブリン達の授業の態度は人間とは遥かに素直だ。だからいけると思った。」
「……お前の評価が今ので10点ぐらい上がった。」
誉め言葉のハズなのだがユッケは顔をしかめる。
ユッケの言っていることは素晴らしいことは間違いないのだが、何か引っかかる事でもあるのだろうか?
「うーん。アイリスに点をつけられるのはちょっとなぁ……。」
「……今の発言で15点ダウンだな。」
「オイ! それさっき上がった分よりさらに減ってない?」
「すまん、ちょっと言い過ぎた。11点ダウンな。」
「結局元より減ってるじゃねーか!」
「ハハハハ! ユッケガアイリスニコロガサレテイルナ!」
ユッケが顔をしかめた理由が俺だとわかり、さっき加点した点よりも若干点を下げる。
そしてユッケのツッコミに反応した俺は苦笑いを浮かべ、そばにいたダークゴブリンのボスもユッケの意外な反応に笑みを浮かべた。
その後流石にマメとタコが出来ている状態ではキツかった為、緑草で両手を回復して再開した。
実際ゴブリン達が俺達の手伝いをしてくれた事はとても大きかった。
さっき引っ張っていた紐を引く力は大幅に弱くなり、楽になったのだ。
(やっぱり助け合いは素晴らしい事だな)
俺は作業をしながら昔の俺に思いを馳せる。
あの時の俺がやった特訓は確かに一種の青春そのものであった。
ただ、あそこで足りなかったものが一つある。
仲間が欠けていた。
でも今はモークがいて、ユッケがいて、村長がいて、昔は敵だったボスもいる。
もしかしたら、村長が俺に言っていた「足りないもの」とはこの事だったのかもしれない。
※第10話参照。
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作業開始から5時間55分。
【うでどけい】の短針長針が22時と55分を差した頃、穴からモークがひょっこりと出てきた。
「みんな~ちょっと聞いて。次のパイプで地上に出るよ。後は石を砕いて、さっき作った汲み上げ使ったら温泉が出るよ~。」
ヘトヘトになったモークがそう皆に告げた瞬間、ゴブリン達とダークゴブリン達から歓声が沸き上がった。
そして、23時。
ユッケが作った特殊な汲み上げ装置を設置する前に、最後の作業を行うことにした。
地上から地下2800メートルまで移動したユッケとモークはパイプのつなぎ目の点検の確認を行う。
一部モークのうっかりミス(ネジ付け忘れによる結合ミス)が出たが、ミスした本人でも修正できる軽いレベルであった。
ユッケが問題ないと判断したのは当然である。
そして、最後に残していた作業を行う時がきた。
「よーし、最後の石を砕くぞ。」
「やっちゃってー!」
ユッケは最後に温泉を封じていた石を魔法を使って綺麗にくり抜く。
くり抜いた直後、下から大量の液体が噴き上がってきた。
「モーク、今すぐ此処から出るぞ!」
「りょーかい。」
既に予期していたユッケとモークは削った石を回収して退散する。
段々と地上に向けて噴き上がってくる温泉はモーク達を追っていたが、流石にユッケの上昇速度にはついて行けなかった。
地上へ出たユッケとモークは、急いであらかじめ用意しておいた汲み上げ装置を地上の穴を塞ぐように設置する。
「よし……モーク! 汲み上げ装置を起動しろ!」
「おっけー!」
モークはユッケの命令に従い、汲み上げ装置を起動するためのレバーを下にさげる。
すると、排水口から温泉が流れ出したのだ!
「「「よっしゃああああああ!!!」」」
見ていた一同全員が大歓声を上げる。
「グゥゥゥゥ!」というお腹が空の状態にも関わらず、ハイテンションになりながら皆で喜びあった。
更に嬉しい情報がサングラスと村長から届く。
良いニュースと良いニュースが同時にきた瞬間である。
《アイリス様、このお湯は天然温泉です。源泉温86℃。塩化物泉と呼ばれる温泉です。》
「皆さん! お腹が空きすぎてヘトヘトでしょう? 外での重労働は出来ませんが、重労働の者を支えるくらいの事はしてやらねばなりませんなぁ。差し入れを持ってきましたよ! あ、手洗いはすませてくださいね。」
一同全員は差し入れに驚嘆する。
普段では滅多に食べられないバラライ鹿が沢山あったのだ。
そして、皆が木製の皿に盛り付けられた料理を囲んで、そして手を合わせた。
「「「いただきます!!!」」」
皆の顔は笑顔を喜びに包まれていたという。
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今日、2つの宴会がほぼ同じ時間帯に行われた。
場所はル・レンタンと【試練の森】の中にあるゴブリンの洞窟である。
もし両方から招待されたとしたら、皆はどっちに行きたいのだろうか?
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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