第57話 ゴブリンの為に授業を! それぞれの授業、ラストスパートの夜
◆◆◆◆◆10日目◆◆◆◆◆
現在の時刻は朝の10時。
身震いがするほどの凍りついた冷気を暖めるかのように、丸く光り輝く物が空に姿を表す。
生い茂る木々の隙間から日差しが俺の体に辺り、暖かみを感じることが出来た。
よくよく考えてみると、既に12月に入っている。
俺の初回授業からおよそ4日。俺のやった授業はもう数え切れない。
ユッケが発案した新たな授業により、前回の5倍の仕事量を引き起こし、気がつけば朝の5時に授業をやる始末。
おかげで最初は幾度か失敗をしてきた。
しかし数を重ねる度に慣れるようになり、今では大抵の事は出来るようになった。
現在、ゴブリン達の回避能力はおよそ25%~35%ほど。
これでも有名冒険者クラスよりも優秀な回避能力である。
5~4回の内、1回程度ならば回避できるというのは破格な回避能力なのだが。
まあ、最終目標が回避率70%なのだからまだまだ成長段階なのは間違いないのだろう。
「アイリス先生。この攻撃方法の回避の仕方を教えて下さい。」
一組のゴブリンが俺の所まで来て、教えてほしいようである。
「じゃあ、とりあえず俺に向かって攻撃してみろ。」
一体のゴブリンが俺に向かって木の棒で攻撃をする。
すると攻撃した場所を急に変えて、木の棒を槍と見立てて突きをかましてきた。
「ああ、その回避方法はこうだ。」
俺は怯むことなく冷静になり、木の棒を掴んで受け流す。
そして、相手が怯んだ隙に木の棒を首もとに近づけた。
攻撃したゴブリンは、俺の木の棒を見て戦慄する。
コレが敵同士なら真っ先に首が飛んでいたのだ。
驚嘆するのも無理はない。
「す、すげぇ……。」
「早い!」
「どんな状況になっても常に冷静に対処しろ。特に避けづらい正面からの突きはよく警戒しておけ。」
「「ハイ!!!」」
ゴブリンは俺に大きな声で返事をすると、元の持ち場へと戻っていった。
(ゴブリンの凄い所は、学習能力が早すぎるんだよな。おかげで一部のゴブリン達に限っては、俺に一発当てて褒められようと滅茶苦茶努力しているし……今度はちょっとした企画とやらをユッケとやろうかな?)
俺はゴブリン達の訓練をじっくりと見つめながら、今後の教育プランについて考えていた。
―――――――――――――――――――――――
一方そのころ、ユッケは別のゴブリン達、ダークゴブリン達ととある訓練をしていた。
それは、弓である。
今まで作ってこなかった弓をゴブリンやダークゴブリンが結託し、弓の開発が急速に進んでいた。
そのおかげで、10日目には既に生徒全員に一つ弓が支給出来るほどの量にまで漕ぎ着けている。
前回の作戦会議時にはほとんどなかった武器を、此処まで進展させたのは流石である。
―――――――――――――――――――――――
―ユッケ視点―
「氷の魔法で矢を作れ!」
俺がそう言うと、ゴブリン達は魔法を使って【氷生成】の魔法を唱える。
少したつと、矢の代わりになりそうな細長くて冷たい棒が、ゴブリン達の手の平から現れた。
そして、その棒を弓の弦に引っ掛けて何時でも放てるように準備をする。
そして、全員が出揃った所で俺は掛け声を放つ。
「構え! ………………放て!」
俺が合図をした瞬間、弓を構えたゴブリン30体が、数十メートル先の的に向けて一斉に矢を放つ。
的とは言ってもタダの太い丸太を切って的の絵が描かれた紙を貼っただけなのだが。
ゴブリン達が放った矢は一直線に的に向かって飛ぶ。
「ドドドドドッ!!!」
矢はゴブリン毎に違った場所に刺さった。
あるものは的ではなく丸太にヒットし、
あるものは的と僅かに離れた紙にヒットし、
あるものは丸太から外れ、
あるものは検討違いな方向に飛んだ。
ちなみに、このゴブリン達は弓の才能がずば抜けて高い人たちである。
よく考えでもみてほしい。
数十メートル離れた先にある、森の木と色が同化した的を当てるのは至難の業である。
そもそも的が見えないという、当てる当てない以前の問題があるのだ。
「もうちょっと精進が必要だが……此処まで成長したのは流石だな。おまえ等の弓の上手さには感服するよ。」
「「「ありがとうございます!!!」」」
ゴブリン達は俺に向かって頭を下げる。
「ユッケ先生。此処までのご指導、ありがとうございます。」
「もうお前はこれくらいのレベルは余裕だな。」
そう言うと俺は、彼女の放った矢をじっと見つめる。
的には数重の円の中心にだけ赤色の僅かな円が今回当てるものである。
大きさは直径5センチ未満である。
彼女の放った矢は、しっかりと赤色の円を貫いていた。
それどころか、彼女の製作した氷の矢は、本物の矢と変わらない姿をしていた。
普通は、羽の細かな部分でどうしても苦戦するものなのだが。
「以前から私は、バラライ鹿の狩りをしていたグループのリーダーでした。動かない敵に私が苦戦しては、私達ゴブリンの面子がたちません。」
「自分一人で背負うのはやめておけ。面子なんて無理に立てなくてもいい。ただ、皆を助けるリーダーになってくれればそれでいい。」
「!!! 御教授ありがとうございます。ユッケ先生の今の言葉はとても参考になりました。」
「まあ、参考になるかどうかは自分次第だからな。でも、ありがとうな。……よし、数分後にもう一回行う。」
ゴブリン達は刺さった矢を抜き、再び構えの準備をする。
さっきの放った矢で、次にどこを狙えばよいのかをしっかりと見定める。
さらにそこから風向きと風速を考慮して僅かな微調整を行うのだ。
数分後、俺は再び号令を言い放つ。
「再度、構え! さっき放った矢から到達地点を考慮しろ!………………放て!」
再び弓を構えたゴブリン30体が、数十メートル先の的に向けて一斉に矢を放つ。
……前回よりは幾分マシになった。
まあ、今回はさっきの情報が入っているから的中率が高いのだ。
彼女は相変わらずド真ん中である。
「よし、微調整の方は出来ているな。……それでは今日の弓系部の授業は終了だ。明日は遂に動く物体を的にする。今日やった事は大事だから復習しておくように。」
「「「ハイ!!!」」」
ゴブリン達は何時ものように大きな声で返事をする。
俺は時間がないので次の授業に向かう。
(この感触、千年振りだな)
心の中でワクワクして楽しみたい気持ちを少しだけ抑えつつ、俺はダッシュで次の授業に向かった。
数分後、俺は次の授業地点にたどり着いた。
(ゴブリン毎に希望する戦闘を選ばせた結果、自分で自分の首を絞めてるんだよなぁ……)
俺は嘗て自分の出した案に少しだけ後悔する。
―――――――――――――――――――――――
5回目の授業以降、俺はゴブリン毎に自分がやりたい戦闘。
弓、槍、剣、攻撃魔法、補助魔法のどれかを選ぶようにさせた。
その結果、偶然ほぼ5等分に別れるという俺も余り予測しない以外な結果を迎えた。
ホントはいずれかの戦闘の募集が少なければ、他の戦闘と合体させる考えを持っていた。
特によほどの功績を得ないと有名になれない補助魔法は、俺の予想である10名という結果を大幅に越えてしまった。
その結果、仕方なく5つの授業を俺が一人でやるハメになった。
これにより、俺の授業の日程は異常なほどハードな授業に進化していた。
さらにアイリスの授業、モークの授業、ゴブリン村長の授業が上手く重なり合い、より複雑になった。
2時間授業だったのが1時間授業になった理由は単純に生徒の集中力の問題と、俺達のブラックスケジュールを出来るだけ軽くするための苦肉の策である。
とは言っても、授業をする時間は1分も短くならないのだが。
実質、俺が生徒に教える時間は10時間までに倍増した。
さらに明日の授業とスケジュールを組まなければならないため、それから更にやることが多くなる。
(でも、1ヶ月でゴブリン達が戦闘マスターをするにはこれくらい必要なんだよなぁ……まあ、1000年振りにやる授業は嫌いじゃないんだが……)
という面倒な気持ちも持ちつつ、久し振りの授業に様々な思いを寄せていた。
「よーし! そろそろ授業を始めるぞ!」
俺は両手を数回叩いてゴブリン達に合図を出す。
出された彼らは慌てて自分の木の槍を持ちながらずらりと整列した。
―――――――――――――――――――――――
変わって、モークはというと……。
ゴブリン村長と一緒に生徒達にあの言語を教えていた。
―――――――――――――――――――――――
―モーク視点―
「クルッッカガラハネムヌ、ヌササテヌ?」
ゴブリン村長が俺に向かってモークタン言語で質問して来た。
微笑ましくて優しいのでゴブリン達の前でも余り緊張しないのが救いだね(間違えちゃったらすげーハズカシイシ)。
生まれがモークタンである俺にとっては、懐かしいレベルである。
「アーニゾヌベルドナアイリス、ヌササテヌ。」
俺は昨日の出来事をモークタン言語で返す。
ちなみにさっきの質問は、「昨日の夜の出来事で一番ビックリしたことは何?」である。
それに対しての俺の返答は「アイリスと戦ったんだけど、全部回避されてビックリしたよ。」である。
村長は理解しているらしく、一人大笑いする。
一方のゴブリン達はというと……。
難解すぎて大混乱しているようだ。
皆の頭の中が「?」で満たされていると見た瞬間にわかる。
一部のゴブリン達が、ビックリという単語?である「ヌササテヌ」を発見するが、残念ながらそのまま読んでも意味は通じない。
更に僕たちの言語には発音の上下というものがある。
要はその言葉を話す時に
「ヌ(大)ササテヌ(少)」
「ヌ(少)ササテヌ(大)」
「ヌ(大)ササテヌ(大)」
「ヌ(少)ササテヌ(少)」
「ヌ(大)ササ(少)テヌ(大)」
「ヌ(大)ササ(大)テヌ(大)」
「ヌ(大、舌)ササテヌ(大)」
があると思っていい。
大……最初だけハッキリと話す。
少……最初だけ声を落とす。
舌……舌を使って発音するが、単語毎に舌の使い方は微妙に異なる。
こんな感じで微調整が7段階もある。
俺はゴブリン達が大苦戦する光景を見て、影で小さな優越感に浸る。
ステータス最弱のモークタンが、これほどのハイレベルな言語で会話していたと思うと嬉しく思うんだ。
何も自慢出来なかったからね……。
そしてゴブリン村長は、ユッケが購入した黒板をフルに使い、細長い木の棒を書かれた文字に示して生徒達に一から説明する。
そして4分後、俺の言葉を理解したらしいゴブリン達は「ああー。」などの言葉を吐く。
俺を軽蔑する訳でもなく、褒めるわけでもなく、無理矢理賞賛をすることもない。
「まあ、アイリス先生相手なら流石にそうなりますね。」という反応しかない。
(俺はゴブリン達のそういう所が正直好きだな。……褒めてるわけじゃないけど)
俺を卑下せずに対等に扱ってくれている所は嬉しかった。
……人間とは違って。
ともかく、俺はゴブリン村長と一緒にモークタン言語をゴブリン達に教えている。
※モークの役割は、外国語教師とほぼ同じ立場です。
また、アイリスとユッケの一部の授業に参加し、自らのレベルアップも欠かさない。
だが、俺の現在の最優先課題がある。
モークタン言語と戦闘はその次。
「「「ありがとうございました!」」」
200を超えるゴブリン達が俺と村長に大きな声で礼をした直後、俺は村長にあることを伝えた。
「ゴブリン村長。今から温泉とってくるから抜けるね。」
「構いません。アイリス先生を待たせちゃダメですよ。」
「りょーかい!」
俺はそう言うと一目散にあの場所へと向かった。
―――――――――――――――――――――――
穴掘り場
何時ものように大きなバケツを抱えた俺は、何の躊躇いもなく中心の穴へ飛び込む。
長過ぎる対空時間の後、モフモフの体がクッションとなり、「ボフン!」という衝撃音と共に着地に成功する。
【暗視V】がある以上、2400メートルの暗黒の中にもかかわらず俺は平然と作業できた。
現在の温度はおよそ60度。
熱に慣れている俺にはたいしたことはなかった。
しかし、ここら辺りから俺の進行を妨げていた。
(ええ~! この岩デカくない!? しかも滅茶苦茶硬いし)
そう。
大きさすらもわからない岩と接触したのである。
すぐに掘ろうと努力するが、岩自体がとても頑丈で硬く、なかなか掘れない。
……どうしようかな?
(アイリスに迷惑がかかって俺のせいになるのイヤだし……とりあえず皆に報告はしておこう)
※アイリスに迷惑がかかる理由は第52話参照。
俺はアイリスから聞かされた【ミニチャン】という物を使い、アイリス達に岩について報告する。
※ミニチャンについては第21、22話参照。
このミニチャンとかいう奴が、俺の体のどっかに張り付いていて、そこからサングラスとある方法で通信か何かをしているらしい。
今までおこったテレパシーのようなものは、すべてコレによるものだった。
すると早速、ユッケから返答が来た。
「デカイ岩? どれ位大きい?」
「わかんない。でも、この岩がとても硬くて全然壊れないね。」
「……もう少しだけ待ってくれ。この時間は生徒の授業だからその次に向かう。」
持つべきものは友達?だと思ったのは言うまでもない。
連絡から20分後、ユッケが穴の中に入り地面の岩を手触りし始めた。
暗闇の中で俺と同じくテキパキと作業出来ると言うことは、ユッケも俺と同じ【暗視V】を持っているのだろう。
そして、一通り岩を調べ終わったユッケは納得のいくような様子で俺にこう言い放った。
「……これは確かにデカイな。多分10メートルはある。」
「10!?」
「ああ。動かせられないというわけじゃ無いんだが……コイツを地上まで持って行くのはかなりの労力だ。」
「じゃあどうするの?」
俺は素直にユッケに質問する。
この大きな岩をどの様にして使うというのだろうか?
「簡単だ。貫通させてしまえばいい。」
「???」
ユッケの返答の意味がイマイチわからなかったため、俺の頭はこんがらがった。
冷静な思考に入るために、体をぺったんこにする。
……が、なぜ貫通するのかよくわからない。
負けた気はするが、気になるのでユッケがそう考える理由を聞くことにした。
「だ・か・ら、貫通させればいいんだって。」
「その意味がわからないから聞いてるんだよ。貫通するメリットがあるの?」
「ない。ただ、デメリットもない。万が一この岩を上に持っていったら、ここら辺の地盤が崩れるかもだぞ?」
「あ……そうだね。やっぱそれにしよう。」
意表をつかれた俺は少しだけ戸惑い、結局ユッケの提案に賛成する事にした。
確かに貫通させる以上に良いものを思いつくものは今のところどこにもない。
「よーし、じゃあモーク。お前は岩の破片でケガする可能性があるから地上で待っててくれ。」
「りょーかい!」
ユッケは俺を抱えて超速スピードで地上へと飛ぶ。
(……今思ったけど、無詠唱魔法かよ)
何も唱えずに魔法を放てるのが無詠唱魔法の最大の魅力であるのだが、相当頑張らないと出来ないのでそこは褒めることが出来る所だろう(そんなことはユッケの前では絶対しないけど)。
わずか数秒で地上へたどり着いた。
「じゃあ、此処で待っとけよ。死ぬかもしれないから穴には入んなよ。」
「はーい。」
手抜き加減で俺はユッケに返答する。
すぐにユッケは地下深くへと颯爽と降りていった。
3分後、ユッケから返事が来た。「今すぐ降りてきて」という内容だったので、すぐさま穴に落ちる。
しばらくして、ボフンという衝撃音の後に辺りを見回した。
「まあ、確かにこの岩は硬かった。そして俺がいたからこんな所業が出来た。」
「俺がやったから褒めて」と言わんばかりに、ユッケが気味の悪い決め顔を俺に向けてアピールする。
岩は穴の大きさと同じ分が綺麗に空いており、グレー色の小さなトンネルができあがっている。
確かにすごいのだが、ユッケの決め顔で評価が少し下がった。
「まあ……うん。凄いんじゃない?」
俺は咄嗟に出たテキトーな言葉で取り繕う事にした。
そして、俺とユッケは共同で掘り進める。
ユッケがいると百人力なのは言うまでもない。
そして、ある時からバケツのペースが倍以上に上がった。ダークゴブリン達が手伝ってくれているのだろう。
俺は穴掘り専門をし、ユッケが掘った土を詰め、空いている間はユッケが掘るといった簡易な分担作業により、どんどんと掘り進めていった。
そして……。
《モーク、2800メートルに到達しました。此処からは慎重に掘り進めるようにしてください。》
りょーかい!
……で、温泉は後どれ位?あと、なんか気をつけることは無い?
《後20~30メートルほどで温泉にたどり着くと思われます。ただし、途中で岩がありますが掘ってしまうと温泉が噴き上がるので気をつけてください。》
サングラスからの注意事項を聞いた俺とユッケは、とりあえず安全な所までは掘ることにした。
そして、順調に掘り進めていた所に岩を発見する。
「熱っ!」
岩はとても熱く、俺が触るとジュウウという音と共に神経がビリリと反応した。
まるで鉄板で焼かれているような感覚である(人間が食べてたステーキの気持ちがよくわかったよ)。
「ユッケ、この岩壊せる?」
すかさず俺は掘った穴の側面に張り付き、ユッケに助力を請うことにした。
「壊せるけど……その前にやらないといけない事がある。」
「???」
ユッケは俺を抱えて少しだけ上に移動し、収納魔法から穴の大きさより若干狭い、銀色の長い筒を取り出した。
そして、それを土を駆使して岩から僅かに離しながら一つだけ設置した。
「今からこの穴を地上までこれで囲う必要がある。コレが終わって、後は魔法を使って汲み上げるだけかな。今日の夜中には多分出来る。」
もしかして、僕のやることは全部終わったのかな?
念の為に聞いておくことにする。
「と言うことは、もう僕のやることは終わ……。」
「パイプの設置よろしく。」
「ええええええええっ!!!」
ユッケの死亡宣告に驚愕と絶望を食らった俺は憂鬱な気分になってしまい、代わりに大きな叫び声を高々と上げる。
しかし、俺には一つ気がかりなことが頭の中から浮かび上がり、ユッケに聞いてみることにした。
(……ん?俺って収納魔法持ってたっけ?)
「……ねぇユッケ。ちょっと悪いんだけど……僕ね、収納魔法持ってないんだ。だからこの仕事出来ないかなー。」
本音を言うと単にやりたくないだけなのだが、事実なので言ってみることにする。
「ああ、そうか……。だったら俺かアイリスが居ないとダメか。じゃあ、今日だけ緊急で授業の予定を変更するか。」
ユッケは右手で顎を触りながら思案し、共同作業を提案した。
結局やらなければいけないことは変わらなかったのは少し残念だが、一人で作業をするという最悪の結末は回避出来たようである。
「おい、モーク。今から俺はゴブリン村長の元に言ってちょっと話しかけてくるから、待っといてくれないか? 話が通ったら俺とアイリスが常にいる状態になる。」
「それは頼もしいね! 僕は此処で待っているからゴブリン村長に話をつけてきて。」
一人で作業するのがイヤな俺は、当然この意見に賛同する。
「……ああ、そうだった! モーク、一昨日の約束の要求は何だった?」
ユッケは今さっき思い出したかのような発言で俺に質問をしてきた。
ああ、確か一昨日の一戦で俺とユッケが戦って勝った報酬の事かとすぐさま理解した。
「最上位の干し肉10枚と僕専用の短剣、後は人間の食べる果物10キロほどちょーだい!」
「短剣は店で買うのか? それなら短剣は無理だが……。」
「えっ?」
ユッケの以外な返答に俺は驚きのあまり、動揺という感情が口から溢れでてしまった。
どうして短剣がダメなのか?ユッケは言葉を続ける。
「人間では大問題案件なんだがな。実は鉄を所持している国は一つしかない。その国がこの世界の約99.5%を所持している。剣や盾は鉄から作られるのが基本だから、間違いなく致命的だな。」
「……えっ? だったらそこから鉄を買えばいいじゃん?」
「ところがどっこい。そういう訳には行かない事情……いや私情があってなぁ。そう簡単に鉄を渡さす国じゃない。有名冒険者なら兎も角、俺達みたいな無名なら尚更無理だ。」
「ああ……もしかして僕達が今から向かう【鉄の王国アイロン】って……。」
「ああ、その国が世界中のほとんどの鉄を所持している国だ。」
ユッケが「店で買うなら短剣はダメだ」という理由は理解出来た。
仮にその武器を購入したとしても、鉄で出来ないない武器に高性能の武器があるのだろうか?いや、期待はほとんど出来ない。
ましてや装備するのがモークタンだと気付かれたらそれこそ大惨事だ。
「……だが、俺が今所持している短剣をくれないか? それならば許そうかな?」
「??? どうして? それの方がユッケにとって痛手じゃないの?」
するとユッケは俺の口を左手で塞いだあと、右手の人差し指を左右に振る。
そして、俺が窒素しないように左手を元に戻す。
「モーク、これだけは覚えておいてくれ。俺は金や武器の事なんかは何にも思っていない。やろうと思えば【創造魔法】とやらで幾らでも手に入る。」
「だったらどうして? 余っているからあげるという風には見えないよ?」
「俺が一番見たい物は人が立派に成長していく様だ。こればっかりは幾ら金があっても見れるものじゃない。俺はこんな半分クソみたいな世界の中で、お前らがどう成長するのか見たくて仕方がないんだ。」
「……じゃあ、どうして俺達に固執するの?」
「お前らは特に人間のダークサイドな部分をイヤというほど見て来た、そうだろ? だったらどうしてお前らはそんなに絶望していないんだ?」
なるほど。
そう言うことか。
通りでレベル差が大き過ぎるユッケが、俺達に固執しているのか。
俺は素直に回答する。
「うーん、そうだね。強いて言えば……共通していたのは【最後まで諦めない】事かな? アイリスが此処で修行をしていたのは、いじめっ子を見返す為でしょ? で、昔の僕は人間に復讐したかっただけ。」
「ただその為だけにあの現実を通ってきたのか?」
「違う違う。誰かの支えがあったからこそ此処まで平気でいられるんだよ。まあ、イヤミは言うけどね。だって、僕達がやってたことって一人で出来るものじゃないでしょ? 間接的に誰かの支えがあったからこそ、あの地獄の日々のトラウマを克服出来たんじゃない?」
「!!!」
ユッケは思わず体を少し仰け反った。そしてしばらく熟考したあと、ユッケはにこやかな表情で俺を見つめた。
「お前ら、相当メンタル強えんだな。ステータスでは俺の方が10倍ぐらい強えのに、お前らの精神力は俺の100倍はある。」
「ヘヘッ! そう言われるとちょっと嬉しいなぁ!」
「(コイツら・・になるな)…………おっと、ゴブリン村長に言うのすっかり忘れてたわ。」
そう言うとユッケは再び地上へ向かって高速で飛び出していった。
最初にユッケが何か小声で喋っていた気もするが、肝心の部分が聞こえなかったので気にとめないようにした。
(僕達の成長を見るなら金に糸目はつけないね……。たまにはカッコイイこというじゃん)
俺はユッケの考え方に少しだけ好感を持った。
まあ、あと10分ぐらい経ったら好感度は元に戻るだろうけど。
しばらくしたあと、サングラス会話からユッケによる通達を受け取った。
「16時48分。先生方、只今穴掘り計画が最終段階に入りました。本日は17時からの授業を全て中止し、各自予め指示された命令を実行するようにお願いします。」
そして、それから数分後。
ユッケが戻ってきた。
「お待たせー。ゴブリン村長が村全体に指示をかけて穴掘りの作業を優先的にしてくれたぞ。」
「いいね! じゃあ早速始めよう!」
そして、俺達は最終段階の作業に取り掛かることにした。
一旦地上から出た俺達はある物を制作していた。
それは木製の汲み上げ式ポンプである。ただし、異世界にあるという物ではないらしい。
ユッケがそのポンプに強力な魔力を込めた、いわばちょっとした訳ありのポンプである。
既にダークゴブリンと半数のゴブリン達が集まり、それぞれ作業をこなしている。
最も深い中央の穴を中心に、階段状に掘る作業をしていた。
数時間後、ポンプが完成した俺達は最後の作業に取りかかることにした。
パイプ設置である。
現在、穴の深さは2800メートル。穴の大きさは直径約2メートル。
一方ユッケが持ってきたパイプの長さは、およそ20メートル。
直径1メートル70センチ。
つまり、約1400本のパイプを設置しなければならない。
設置の仕方は単純作業である。
ユッケがパイプを設置し、ダークゴブリンとアイリス達がパイプが落ちないように懸命に支える。
そして俺がパイプを合体するために、パイプ同士をネジみたいなものでくっつけている。
だいたいこれを1400回繰り返せばほぼ完成である。
「あと残り1200! 皆! この調子で頑張ろう! 疲れた人はちょっと休んでても良いぞ!」
ユッケがカウントダウンをして皆を励ましている。
寧ろ絶望しそうな量の本数な気もするが、それは置いておこう。
兎も角、今日の夜中には完成しそうである。
俺はそう思いながらパイプ同士をネジで固定した。
―――――――――――――――――――――――
※誤字修正




