二度と隣には立てないというのに
愛してる、と伝える勇気がなかった。
だって、ずっと傍に居るわけじゃない。
彼女には、彼女の世界があるんだ。
湧き出てくる言い訳をすべて正当化した。
住む世界が違う。
彼女は俺なんかの傍に居ていい人じゃない。
出て来る言い訳と周りからの言葉に、態度に、ビビって俺はなにもしなかった。
◆ ◆ ◆
シズクという女の子が、ある日突然彷徨ってきてしまったのは、今から3年半ほど前に遡る。
我が国は、時空の歪みが大きく毎年ではないが数年に一度の割合で異界から人間が彷徨ってきてしまう事がままある。彷徨ってくる人間に統一性はなく、言葉がわからない者もいれば、なぜか言葉だけ話せたり、文字の読み書きのみできたり、と来るものの知識や生活水準はバラバラだった。そんな異界人に手を差し伸べるよう小さな頃から教育されていた我が国民は、異界人をみつけるとすぐに我がアカラルト騎士団のトランズヴィリスと言う特別部署へ連絡することが義務付けられている。そして、なんの因果か、今から3年半ほど前に異界人の報せを受け取ったのが、トランズヴィリス所属、第三隊副隊長――この俺だった。
前述で述べたように、我が国の時空の歪みが大きいため、彷徨って来てしまう人も多い。が、その代わりその歪みを利用して、元いた世界へ帰ろうと思えば帰れなくもない環境だった。勿論そこには、我が国の頭脳と呼ばれる者たちの血の滲む努力や膨大な時間を有したことが身を結んでいる。
そういった彼らの努力でこの国は安堵できる環境である、と何度も彼女に説明するが、彼女はしくしくと玉のような涙をこぼし、縋るようにこちらをみつめ「かえりたい」と懇願する。その姿はまさに天からの贈り物か、と思えるほど神秘的で美しく、それでいてすぐに消えてしまいそうな儚い存在だった。
そして、今回もその才気煥発な方々の助言によれば、皆既日食が始まる頃、彼女は元いた世界へ還れる、ということだった。
◆ ◆ ◆
彼女が毎夜望んでいた報せ。その報せを聞かなかったことにしたかった。いや、握りつぶしたいとさえ思った。そんな忌々しい報せを俺から彼女へしろというのか?
「マーク」
力強い意思のある双眼が俺を射抜く。
「お前の口から伝えるのが筋ってもんだろ、アァ?」
チンピラみたいな話し方をするこの同僚の優しさに、もしかすると将来感謝することになるかもしれないが、今のところぶん殴りたい感情しか抱くことがない。
「筋なんてそんなモンあるかよ」
元より世界が違うのに、そんなモンあってたまるか。
「そういう問題じゃねェだろうが」
同僚でもあり、友人でもある彼の瞳が鈍く光った。
これは、嫌な展開だな、と頭の片隅では理解できていたが、苛立って自分の感情さえコントロールできないどうしようもなかった俺は、また口を開いた。黙っておけばいいものを。
「そういう問題だろうが。だったら、その筋って奴は、お前だって通すべきなんじゃねぇのかよ? アァ?」
黙れ、止まれ。
そう思っても、一度開いた口は中々閉まらない。俺は続けた。
「そもそも。お前だって俺と同じだけ彼女と過ごしたんだ。俺に何でもかんでも擦りつけンじゃねぇよ。知るかよ、ンなこと。かえれるよ? はぁ? なんで! ッンなこと、俺が言わなきゃなんねェンだよ!」
気づけば叫び出していた。声も震え、目頭が燃えるように熱い。鼻の奥も針を刺したような鋭い痛みが、気付けばば襲っていた。肋も聞いたことがないような音で軋む。クソ、クソ、クソ! 何がトランズヴィリスだ!
そのまんまじゃねェかよ――
「――トランズヴィリスなんて、昔のやつは洒落たつもりかよ」
もう、誤魔化しようもできない泣き声に、情けない姿。大人の男が、しかも騎士道を極めるべき人間ともあろう奴が。
「情けねえ」
俺の声なのか、友の声なのか。
もはや、わからなかった。
「それでも、望んでしまう自分が――」
――愚かで、滑稽だった。
できれば、君の隣に立っていたい、などと。




