彼女の恋を止める権利が誰にある
仄暗い地下の部屋で暮らすようになってどれほど過ぎたのだろう。
部屋に窓は無く、出入り口は一箇所だけ。外へと繋がるその唯一の出入り口のドアも鉄の扉で、その上二重扉になっている。そこから彼の執念深さを感じる。
知らぬ間にため息がこぼれた。
今は、冬だろうか――
「ただいま」
甘ったるい声音に、とろけんばかりの甘い微笑み。その姿は、王子様か天使か、といったところだろうか。その彼は、毎度毎度同じ白いシャツ一枚に細身のパンツという姿で現れるため、季節感は皆無。
外がどんな真冬日だろうと、猛暑だろうと彼の体温は一定に冷たく、彼に触れたところで、外気を計り知ることはできない。
◆ ◆ ◆
彼は鉄扉に幾つもぶら下がったぶっとい南京錠を解除してからまた丁寧に内側から南京錠で施錠する。
最早逃げる、という選択肢さえ浮かばないこの私にご苦労なことで。
「凛」
彼は優しく私の名を呼ぶと、何の迷いもなく頬へ手を伸ばし、軽く撫でた。
「凛、ただいま」
「……おかえり」
だんまりを決め込んでいた私の声が聞けたからか、彼は満面の笑みを浮かべてから頬にキスをした。
頬から唇を少しだけ離した距離で「今日、何か変わったことは?」といつも通り尋ねてきた。
――何も。
変わるはずがないのに。
こんな牢屋で何が起きると言うのだ。
「なにも」
「そう」
そう言うと頬を何度か甘噛みした。その行為に満足すると今度は耳元で「逃げれると思ってるの?」と的外れな台詞を言い放った。
そのあまりに見当の違う思考回路が滑稽で、笑い出したくなった。
「さぁ、凛。こっちにきて?」
彼の壊れた笑顔と執念深さを怖いと思ったことはなかった。
今から始まることも、夜か昼かもわからないこの部屋での軟禁も、何もかも。
滑稽で馬鹿馬鹿しい。
非現実的で排他的でイカれてる。
狂愛?
そんな言葉じゃ生温いわ。
「……凛、」
この狂おしいまでに甘い声音も、
「お願い」
弱々しく揺れる瞳も、
「そばにいて」
弱々しい言葉とは裏腹に強く握られた手も、
「何も考えないで」
何もかもが、
「ぼくだけをみて」
――愛おしい。
◇ ◇ ◇
あなたの視界に入れることだけが、私の生きる意味。貴方の唇に触れるたびに息をする喜びを知る。貴方の腕に抱かれるたびにこの体温に感謝する。貴方の瞳に私しか映り込まないこの部屋に世界を創った気になった。
何もかもが、愛おしい。
例え、あなたに何をされようが、私は何もかもを享受する。
誰に、何を、言われようと。
「もう、誰もぼくたちを邪魔しないね」
ああ、馬鹿馬鹿しい。
なんて滑稽なの?
「そうね」
誰も入ってこれない世界を創ったのは、私だったか、貴方だったか。
もうそれさえ思い出せない。




