「恋をしてる」と笑顔で言う君、僕には残酷だったよ
「どうしたの?」
幼さの残る声音でたどたどしく話しかけてきた少女を僕は黙ってみつめ返す。
この地では別段珍しくないスカイブルーとエメラルドグリーンのオッドアイがキラキラと輝いていた。その中に写り込んだ己の顔が涙でぐちゃぐちゃになっているのがわかる。
僕はまた泣いていたのか。
「ないてるの?」
返事をしない僕に構わず彼女は質問する。その美しいオッドアイが憎たらしい、と思う反面、その美しさに泣きたくなる。
僕が過ごした16年間は、平凡で取り止めのない日常だった。それでも、近くには同じような薄っぺらい顔をした友人や家族がいて、神にわざわざ感謝するほどではないが、少なからず幸福に満ちた生活を送っていた。
それなのに――
「なかないで」
そう言うと少女は僕の頬へ手を伸ばし、その小さくて柔らかい掌で、涙を拭ってくれた。触れた瞬間に感じた体温は、子供だからなのか温かく、じんわりと少女の熱が伝う。
こんな小さな少女にさえ、心配されてしまう始末。
「あのね、おねえちゃんがね、ゆってたの」
少女は僕の頬をツンツンぷにゅぷにゅしながら優しい声音で話し始めた。
「こいした人、みーんな、ないちゃう。でも、だいじょーぶ。カンナがいるよ!」
まさか失恋で泣いている、と?
いや、確かに寒いからと言ってマグを片手にぼんやり丘の上から街並みを眺めてはいたが、そんなに悲壮感溢れた背中だったろうか?
いや、悲壮感はあるか。
この美しい少女に翻弄されながら、思考があちこちとんでいく。
僕は故郷に恋して、フられた男なのか?
だったら酷すぎる。
なんだよ。
女がよく言う『価値観の違い』か?
はなたま『優しくしない、話を聞かない』といって仕事に逃げる様が、か?
おい、どうなんだよ。
そこんのとこ! 神様よー!
そんなことでこっちの世界に連れてきたっていうのか? あぁ?
――そう。
ここは、僕の常識とは何もかもが違う世界だった。
両目とも同じ色で、大概は黒。16歳はまだまだ子供で、両親がご飯を作ってくれて、学校では大人になって役に立つのかもわからないような教科を複数教えてもらう。これらが全て当然されて当たり前の事項。そういった常識が通用しない世界がここ、セルノラでは僕はもう立派な大人として生きていかなければならない。言葉通り、右も左も前も後ろも、斜めだって分からない。どこからどう責められるのか、いや、どう攻めれば良いのか、わからない。
「ねぇ、なまえなんてゆうの?」
すっかり思考の海に潜っていたが、少女にほっぺをツンツンされ、ようやく戻ってこれた。
「……ヨウ」
――ほっておいてくれ。
そう願っても、幼い彼女にわかるはずもなく、少女はにっこり微笑むと「だいじょうぶだよ、ようくん。またね!」と言って僕にぎゅっと抱き着いてから離れた。その瞬間にふんわりと甘い花のような匂いが鼻をくすぶった。
ほっておいてくれ。
頼むから。
そんな僕の悲願に似た願いさえ、聞きいてれくれる人は今のところいない。
◆ ◆ ◆
「あんただってもうええ年や。早よぉ、お嫁さんもらわんな」
――あれから10年。
未だにこちらセルノラでの暮らしを強いられている。いろいろあったが、気だてのいい――いや、気立てだけがいい――おばさんに目をかけてもらい、なんとか今まで過ごすことができた。そろそろ恩返しなんかも出来るんじゃないか、と軽い気持ちでおばさんに話しかけてみたら、返された言葉があれだ。
おばさんから焚き付けられるのを、頼りない笑みで交わそうとするが、そんな弱々な応戦で逃がしてくれるはずもなく、おばさんは続けて「あんたはまだまだこっちに慣れてないけん、嫁をよぉみつけんとやろ?」としたり顔で言い放つ始末。
嫁探しより重要なことがあるだろうが。
「やけん、おばさんが嫁さんば、連れてきちゃったけん、こっち来んし。カンナ! ご挨拶せんやな」
バタバタとおばさんに翻弄されながら、漸く嫁としてあてがわれてしまった気の毒な女の子と対面させられることとなった。同情はするが、僕の方がずっと同情されるに値するだろうな、と自虐的な思考でぐるぐると考えている間に女の子はやってきた。
――天使だった。
エメラルドグリーンとスカイブルーのオッドアイ。今は強張った表情をしている彼女だが、俺は知っていた。彼女の笑みが蕩けてしまいそうな笑みだということを。あの時見せてくれた笑みは、こうして今の俺の支えになっていたのだから。
10年前のあの日、少女が言い放った無邪気な言葉と無垢さに残酷で胸に突き刺さった。
その刃を抜いてくれるのもまたあの日の少女だというのだろうか。
――神様。
俺はあんたになんて言えばいいんだろうな。




