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カミサマ、どうか

 神様。

 どうか、

 どうか、この恋を――


 ◇ ◇ ◇


 神矢かみや まもる。仰々しい名前にも負けない華やかな顔立ち。それに加え、何につけてもスマートでそつがない。それが今を煌めくアイドル、神矢 守の世間的なイメージだ。

 そんな見た目でも巷を騒がせているが、彼の恋愛話も隅に置けない。グラビアアイドルとの熱愛、大物女優との深夜デート、放送作家と路上キス、パリコレモデルとの不倫。どれもこれもしっかり写真を撮られている。女関係のだらしなさもまた彼の専売特許なのだろう。包み隠すことなく暴かれる恋愛事情に世の中は呆れつつも興味は尽きない。

 そんな彼にもひとつだけ明かされていない秘密があった。それは、金曜日に必ず姿をくらましてまで行く先だ。それ故に、近頃は『大々的に報道されているもののほとんどがカモフラージュで、金曜の女が本命なんじゃないか』という噂が囁かれている。記者達は必死になってその女を探すも、影さえつかめない。

 それほどまでに守りたいのか、と一部で囁き始めていることなど知る由もない渦中の女――山丘やまおか 有紗ありさは、いつもと変わらない平凡な日常を過ごしていた。


 ◇ ◇ ◇


 何の気なしに付けたテレビに、彼が映り込んできたので、慌ててチャンネルを変える。これだから売れっ子アイドルは、と心中で毒づきながらすっかり止まっていた手を動かし、夕飯の準備に戻る。夕方のニュース番組に変えると、その日起きた事件を真面目な顔したニュースキャスターが訴えていた。


「――続きまして、芸能ニュースです。近頃、巷を賑わせている人気アイドル神矢 守がまたしても熱愛発覚です。詳しくは、CMのあとすぐ!」


 ――やれやれ。

 クソッタレが。


 夕飯準備を遮って、もう一度チャンネルを変える。そして、夕飯準備に戻ろうとしたところで、タイミング悪く携帯がなった。相手はわかっていた。毎週金曜日になると律儀に一本事前連絡を寄越してから会いに来るアイドルだ。

 出ようか出まいか逡巡した後、携帯を手に取った。


「もしもし」

『アリサ。今仕事終わったから1時間くらいでそっち向かう』

「…わかった」


 何がわかったのか。


『何かいるもの、ある?』


 彼の声が心なしか弾んでいるように聞こえる。


「特には。あ、飲むならお酒ないよ」

『アリサは飲む?』


 どうしようか、と一瞬悩んでから「じゃあ、飲もうかな」と応えた。


『珍しいね。何かリクエストは?』

「洋食だからワインにして」

『わかった。じゃあ、アリサ。またあとで』


 無駄に甘ったるい声音で名を呼ばないで欲しい。

 できることならこのまま彼がこんな安アパートに姿を現さなければ良いのに。

 できれば永遠に。

 そしたら、こんな名も無い関係も終わるはずだ。

 こんな、誰にもなにも言えない関係に縋ってしまいそうになる自分ともおさらばできるはずだ。


 ――神様。

 どうか、どうか。

 この恋を終わらせて。

 もうあなたにしか頼めないの。



 ◆ ◆ ◆



 テレビをつければ1日に最低1回は己の顔と向き合うこの生活に違和感はない。仕事をしている時の顔がスカしたいけすかない野郎の顔に見えるが、それでも世間様は未だに黄色い歓声を発してくれているので、まだ大丈夫だろう。

 そんな感想を抱きながらテレビの中の自分を一通り観察し終えるとテレビの電源を消した。

 もう一度ベッドに戻りたい衝動に駆られるが、グッと堪えて支度をする。今日は割とゆっくりできる日だったはずだ。携帯を手にし、送られてきたスケジュールが記載されたメールをもう一度見て確かめた。


「げぇ」


 テレビ収録の後にインタビューが入っていたことをすっかり忘れていた。


「しかもファッション雑誌かよ」


 出版社を確認し、インタビュアーの予想を立てたところで、嫌気が差し、携帯をソファーの上に放り投げる。


 ――折角の金曜日だっていうのに。


 マネージャーの嫌がらせに、このままボイコットしてやろうか、と大人気ないことを一通り考えてからバカらしくなってようやく支度に取り掛かった。



 ◇ ◇ ◇



「おはようございます」


 時間通りに現れた害のなさそうな爽やかな男が玄関に現れた。毎朝毎朝飽きもせず向き合うこいつこそがマネージャーの如月。


「…はよ」

「今日の予定に変更はありません。スケジュールは確認していただけましたか?」

「ああ。20時で終わるんだろ?」


 始めからそう伝えてある。

 金曜日はどんなに忙しかろうと20時までしか仕事をしない、と。


「何度もお伝えしているとは思いますが、それは貴方の頑張り次第ではないでしょうか」

「よく言うよ」

「では、今日も張り切って仕事しましょう」


 俺はただ、彼女に認めてもらえればなんだって良かったのに。

 いつの間にこんなところまできてしまったんだろう。

 大人の事情、と聞けば無理矢理納得できるかもしれないが蓋を開ければ、それはただの浮気で、本当にしたかったこととは真逆に突っ走っているようにしか思えない。

 所詮、俺は売れるための駒で、でもそうなりたくてこの世界に入ったのは間違いなく己で――


「守? 大丈夫です?」


 マネージャーは、心配そうな表情で俺をみつめていた。

 もう、後戻りなんてできないんだ。


「…ああ、大丈夫。行こうか、仕事に」

「ええ。行きましょう」


 これ以上何を望むんだ。

 多くを望む必要はない。

 ただ、できればだれにも邪魔をされたくないだけなんだ。

 噂やスキャンダルなんてどうでもいい。

 なぁ、神様。

 いるならどうか、

 頼むから、この恋だけは

 守らせてくれ。



 ◆ ◆ ◆



 神矢 守というアイドルは、うちの事務所でも1、2を争うほどの稼ぎ頭だ。顔が綺麗だとか、オーラがあるとかそんな芸能人としての最低ラインを優に超えているのはもちろんだが、それよりも頭の回転が早く、世間からのイメージや何が求められているかを瞬時に判断し、魅せるということが息をするようにできてしまうのは、案外才能だったりする。年老いても生き永らえていくのは、こういった人物だ。

 そんな彼に一つだけ難点をつけるとしたら、それは彼女、山丘 有紗の存在だろう。

 彼女の態度が問題なのではない。むしろ、彼女の態度には文句の付け所がないほど立場を弁えている。面白味もないほど完璧に。


「如月さん、こんばんは」


 表情が乏しく、無愛想にみえる顔立ちに加え、女性にしては少し低い声質が総じて近寄りがたい。その上、美人とくれば大抵の男は、尻込みするだろう。


「こんばんは、山丘さん」


 こちらがいくら愛想よく応えても彼女はニコリともしない。邪険にすることもなく淡々と「どうぞ」と中へ案内する。

 彼女はその近寄りがたさとは裏腹に警戒心に欠けており、割とすんなり相手を受け入れてしまう。こうして簡単に男である僕を部屋へあげてしまうところなんか良い例だ。


「ええ、失礼します」


 何食わぬ顔で中へ入ると、そこは女性らしさを感じさせないシンプルな部屋だった。


「コーヒーか紅茶、どちらが良いですか? 両方インスタントですけど」

「コーヒーでお願いします」


 彼女はこくりと頷くと、リビングのソファーへ腰掛けるよう声を残してから、リビングへ向かった。

 少しするとコーヒーの入ったマグを二つとミルク、砂糖を持って現れた。

 暫し、インスタントのコーヒーを味わってから「本日は」と話し始める。


「突然お邪魔して申し訳ありません」

「いえ、どうせ暇ですから」

「もうお判りかと思いますが、うちの神矢についてです」


 そう言ってから彼女の表情をじっくり観察するが、彼女は眉ひとつ動かさなかった。それが、逆に奇妙だった。まるで、わざと動かさないように意識しているようで。


「如月さん」


 彼女が僕の名を呼んだ。

 瞳に込められた感情は、憎悪だろうか。


「わざわざ出向いて頂かなくとも心得てます。神矢さんとは、以前から良くして頂き、いえ、よくしてもらいすぎているほどで、心苦しく思っていたところです」


 彼女はあいも変わらず淡々と述べた。

 その台詞はいつから用意していたんだろう。

 彼女の強さが、時に痛々しく感じてならない。


「そう、ですか」


 つまらない女。


「…如月さん」


 彼女は、目線を落として僕の名を呼んだ。睫毛が長いせいか、下瞼に影ができている。


「はい、なんでしょう」

「余計なお世話かと思いますが、一言よろしいですか」

「ええ、遠慮なくどうぞ」

「その、如何にもつまらないといった顔で女性をたきつけるのは悪趣味かと」


 思わず笑ってしまった。


「そんなにあからさま、でしたでしょうか」

「ええ。わざわざ出向いてやったんだから泣いて縋って無様で面白い展開くらいしろよ、と雄弁に語ってます」


 そう言うと彼女は、肩を竦めて意地の悪そうなニヒルな笑みを浮かべた。


 なるほど。

 これは、なんというか。

 ――たまらないな。


「そうですか。以後気をつけます。…では、ここから本題に入らせていただきます」


 クッと喉の奥が鳴る。

 愉快だ。


「芸能界に興味ありませんか?」


 神になど乞うたこともないこの俺が。

 この時ばかりは願わずにはいられなかった。


 神様。

 どうかこの二人の恋を見捨ててください、と。

 彼女は『神矢 守の女』で収まるタマじゃない。

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