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第7話『ジャミラとリード』

「よし……これで準備完了ね!」

2階の共有リビングでみどりは、旅行バッグを抱えて小さくガッツポーズを決めていた。明日は大好きなアイドルグループ『Snow Man』の遠征ライブ。何ヶ月も前から楽しみにしていた大イベントだ。

しかし、問題は1階ガレージで秘密裏に飼っている愛猫・蓮くんのこと。

「数日家を空けるんだから、放置するわけにはいかないし……」

みどりは茂にバレないよう、明日の早朝一番で蓮くんを「ペットホテル」へ預けに行く計画を立てていた。そのため、ここ数日の彼女はどこかコソコソと挙動不審だった。

(……みどりさん、最近ずっとスマホを隠すようにコソコソしてる……。まさか、また男の影が……!?)

物陰から様子を窺う茂の胸に、かつての不倫疑惑という苦いトラウマがよみがえる。

しかし、茂は首を振った。

(いや、疑うのはやめよう! みどりさんは僕の誕生日にタッコングをプレゼントしてくれたんだ! 今度は僕が、明日の結婚記念日に最高のサプライズ返しをする番だ!)

茂は意気揚々と、特注したホールケーキとプレゼントを受け取りに向かったのだった。

◇

その夜。2階のダイニングテーブル。

「みどりさん! 日頃の感謝と、結婚記念日のお祝いです!」

茂が自信満々でテーブルに差し出したのは、高級洋菓子店の大きなケーキ箱と、小さなジュエリーボックスだった。

「えっ……結婚記念日? あ……そっか、明日だったわね」

ライブのことで頭がいっぱいだったみどりはハッとしつつも、少し申し訳なさそうに小さな箱を開けた。そこに収められていたのは、以前みどりが雑誌を見て「可愛い」と呟いていた繊細なネックレスだった。

「これ……私が欲しがってたやつ……! 覚えててくれたの……?」

思わぬセンスの良い贈り物に、みどりは胸をキュンとさせて頬を染めた。しかし、続いて大きなケーキ箱を開けた瞬間、彼女の顔が急速に引きつった。

生クリームと真っ赤な苺で彩られた豪華なホールケーキの中央に鎮座していたのは、チョコプレートで作られた――怪獣『ジャミラ』のリアルなデコレーションだった。

「……なによこれ」

「ジャミラです! 僕たちを結びつけてくれた、いわば二人のキューピッドです!」

「……何がキューピッドよバカ!! 結婚記念日に怪獣のケーキ買ってきてドヤ顔する奴がどこにいるのよーーーっ!! 乙女心をなんだと思ってんのっ!?」

「ひぎゃあああっ!? だって、大学の部室で僕がジャミラの切ない生い立ちに泣いてた時、みどりさんが『一生守ってあげる』って抱きしめてくれたじゃないですか……っ!」

「あんな重いオタクの涙と一緒にすんじゃないわよ!! ネックレスが完璧だった分、落差で頭痛くなってきたわ!!」

散々怒鳴られたあと、ふたりは並んでテーブルにつき、黙々とジャミラケーキを食べ始めた。

箱から出されたリアルなジャミラのチョコプレートをじっと見つめながら、茂は優しくニコリと微笑んだ。

「……でもみどりさん、ジャミラもよく見たら可愛いでしょ?」

みどりは一瞬、愛おしそうにニコリと微笑んだ――が、次の瞬間にはすっと真顔に戻り、冷ややかな視線のまま即答した。

「全然」

「ガーーーーン……ッ!!」

ショックで崩れ落ちる茂。そんな茂を見かねて、みどりはため息をつきながらチョコプレートを取り分ける皿から外した。

「……ま、せっかく作ってもらったんだし、このジャミラチョコは勿体ないから明日まで残しておきましょう。明日ゆっくり食べたらいいじゃない」

「み、みどりさん……っ! 優しい……!」

◇

翌朝、まだ薄暗い早朝。

みどりは茂を起こさないよう忍び足でガレージへ降りると、蓮くんをキャリーケースへ静かに収めた。

「よし蓮くん、ちょっとの間ペットホテルでお留守番ね……!」

「待っててめめくん!今行くからね」

みどりは大急ぎでガレージを後にした。

少し遅れて目を覚ました茂は、店舗の開店準備のために1階ガレージへ向かった。すると、シャッターの脇に見慣れない無数の『ひっかき傷』と『謎の足跡』が残されているのに気づく。

(な、なんだこの傷は……!? まさか昨日の夜、男がここに潜伏していたのか……!?)

(いや落ち着け、みどりさんは昨晩あんなに優しかったんだ……妄想はよせ……!)

動揺を抑えつつ2階へ戻り、ソファで一人黄昏れる茂。昨晩残しておいたジャミラチョコの端っこを寂しくかじり、自分を落ち着かせようとしていた。

その時だった。

リビングのカウンターに置かれていた、みどりの予備のタブレット端末が「ピコン」と通知音を鳴らした。画面には、連携されたメッセージアプリの通知がデカデカと表示されていた。

『【ホテルキャットシティ】よりご連絡です。受付にリードのお忘れ物がございました。滞在中お部屋にお持ちいたしますか?』

メッセージの冒頭に躍る、『ホテルキャットシティ』と『リードのお忘れ物』の文字。

茂の口から、残っていたジャミラチョコがポロリとこぼれ落ちた。

「ほ……ホテル……!? り、リードの忘れ物……!?」

ガレージの謎の爪跡。早朝からの外出。コソコソしていた態度。そして――『ホテル』からの『リード』の連絡。

頭の中で、最悪かつ変態的な点と点が一瞬で線で繋がった。

「みどりさんが……結婚記念日の当日に……男とホテルで……一体だれとどんなプレイをーーーっ!? 涙」

ジャミラのチョコプレートを握りつぶし、茂は白目を剥いて血の涙を流すのだった。

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