第6話 『タッコングと呪いのソフビ』
数日後の夕方。
二人が働く店舗兼住宅の3階。廊下を通りかかったみどりの耳に、茂の書斎から異様に申し訳なさそうな、けれど切実な電話の声が聞こえてきた。
「あ、度々すみません、烏丸です。青山さんお手隙でしょうか? ……え? 他の現場へ移動……? あ、いえ、大丈夫です! ……あの、つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか……?」
(なになに……? 茂くん、テレビ局の脚本の仕事でまた何か揉めてるのかしら……?)
気になったみどりが足音を殺してドアに近付くと、茂の悲痛な声が続いた。
「あの……僕のタッコング、どうなったか聞いていませんか? ……はい、タッコングです。……ええ、真っ赤で丸くて、ゆでだこがバンザイしてるみたいなフォルムの怪獣なんですけど……。小道具で使うからって三年前にお貸しして、まだ戻ってきてないんですけど……っ」
ドアの隙間から覗くと、茂は電話口のスタッフに恐縮しまくりながら、半泣きで必死に説明していた。デスクの陰では、愛イグアナの翠さんが「元気出しなよ」と言わんばかりに茂の手に擦り寄っている。茂は「翠さん……僕には君しかいないよ……」とナデナデしながら頭を抱えていた。(※手元が見えないみどりは「悲しみのあまりエアナデナデしてる……」と勘違い)。
「……あ、やっぱり青山さんしか分からない……ですよね。すみません、急に妙なこと聞いて……!」
(……怪獣のフィギュア……? また変な暗号かと思ったら、本当に怪獣の話だったの……?)
みどりはハッと目を見開いた。半ば強制的に持っていかれたまま三年放置。フリーランスの立場ゆえに強く催催促もできず、一人で泣き寝入りしているのだ。しかも、来週は茂の誕生日。
(べ、別に同情したわけじゃないんだからね! 仕方ないから……私が探してあげるだけよ!)
◇
翌日。秋葉原のマニア向けプレミアショップに足を運んだみどり。
店内で「あの……タッコングのソフビってありますか……?」と尋ねると、黒ぶちメガネのオタク店員がギロリと目を輝かせた。
「お客様、お目が高い! ですがッ! 石油をすするタッコングを買うなら、オイルクーラーに潜む大怪獣『ペスター』もセットで買い揃えるのが特撮ファンの常識であり義務ッ!」
店員がカウンターに突き出してきたのは、ヒトデを2つ繋ぎ合わせたような、中央にコウモリの様な黒い顔がついた超不気味な怪獣だった。
(ひっ……!? な、なにこの造形……!? 悪魔の呪いの儀式に使われる生贄の泥人形……!??)
店員の怒涛の熱弁と周りのガチ勢の視線に耐えかねたみどりは、半ばやけくそでペスターも一緒に買い叩いた。
「ふぅ……酷い目に遭ったわ……」
ずっしりと重い紙袋を抱えたみどりだったが、次の瞬間、その表情はぱっと華やいだ。実は、秋葉原まで来た彼女にはもうひとつ——いや、むしろこちらが『本命』と言ってもいい目的があったのだ。
みどりが足早に向かったのは、神田の路地裏に佇む老舗の甘味処。あの有名朝ドラマのモデルにもなった、風情ある木造建築の有名店だ。
「これこれ……! これが食べたかったのよ〜っ♪」
注文したのは、名物の『あんず白玉クリームあんみつ』。
甘酸っぱいあんずと、モチモチの白玉、そして上品な黒蜜のハーモニー。ひとくち口に運ぶたび、みどりの頬はとろけていく。
「幸せ……最高……。ふふっ、アキバまで来た甲斐があったわ。……あ、ついでに茂くんのプレゼントも買えたし、一石二鳥ね!」
上機嫌でお会計を済ませ、店を出て駅へと向かって歩くみどり。しかし、途中でふと手元が異様に軽いことに気づき、顔面が蒼白になった。
「やだ……っ! プレゼントの紙袋、お店に忘れてきたーーーっ!?」
慌てて店に引き返し、息を切らせてガラガラと引き戸を開けるみどり。
「す、すみません! さっきまであんみつ食べてた者なんですけど、忘れ物が……!」
「あ、お客様! こちらの紙袋ですね」
レジの店員さんが笑顔で出してくれたが、間違い防止のため確認が入った。混み合う店内、他のお客さんたちの視線が一斉にみどりに注がれる。
「念のため、中身のご確認をお願いしてもよろしいでしょうか? 何が入っていますか?」
「え……っ、あ……その……ッ」
みどりは顔を真っ赤にし、蚊の泣くような声で絞り出した。
「……ゆでだこみたいな赤い怪獣と……呪いの泥人形みたいなヒトデの怪獣です……」
「はい? よく聞こえなかったので、もう少し大きなお声でお願いできますか?」
「っ~~~!! 赤いバンザイしたタコ怪獣と! 不気味な黒いヒトデのソフビですッッ!!」
店内が一瞬静まり返り、周囲の客から「……ソフビ?」「あの可愛い人が……?」というヒソヒソ声が漏れ聞こえる。みどりは引換券のように紙袋をひったくると、爆発しそうな顔のまま店を飛び出した。
ハァハァと息を乱しながら路地裏まで駆け抜け、紙袋の中の不気味な黒い顔を見つめながら、みどりは深いため息とともに毒づいた。
「うぅ……最悪……ッ。やっぱりコイツは呪いの人形だわ……。連れてるだけでロクなことが起きない……っ! ……ううん、それとも茂くんに内緒で1人で美味しいもの食べたからバチが当たったの……!?」
◇
ウキウキと恥ずかしさが極限まで混ざった状態で帰宅したみどりは、茂に見せる前に、1階のガレージへと直行した。
「蓮く〜ん! 見て見て、いいでしょーっ!」
箱から出した真っ赤で丸いタッコングを、愛猫の蓮くんに自慢気に見せびらかす。
「茂くん、喜んでくれるかな〜っ♪」
みどりが嬉しさのあまり一瞬目を離した、その隙だった。
ゆでだこのように丸く、絶妙なサイズ感で目の前に差し出された謎の赤い物体——蓮くんの野性本能が激しく刺激された。
ふしゅーっと目を輝かせた蓮くんの、鋭い猫パンチが炸裂!
バシッッ!!!
「きゃああっ!?」
みどりの手から弾き飛ばされたタッコングは、ガレージのコンクリート床へと勢いよく落下し、コロコロコロ……と転がっていく!
「ニャアアアッ!」
獲物を見つけた狩人の顔になった蓮くんが、目を爛々と輝かせて転がるタッコングを猛追!
「やめてーーーっ! タッコングに傷がついちゃうーーーっ! プレミアなの! 三年分の茂くんの情念が詰まってるのよーーーっ!!」
シャッターで締め切られた暗いガレージの中、みどりはなりふり構わずスライディングし、蓮くんの鋭い爪が振り下ろされる寸前で間一髪タッコングを抱え込んだ。
「ふぅ……ふぅ……あ、あやうく茂くんの思い出が蓮くんの爪研ぎになるところだった……」
冷や汗をダラダラ流しながら、大事なソフビを胸に抱きしめるみどりであった。
◇
その日の夜。3階の共通寝室。
みどりは顔を真っ赤にし、照れ隠しと昼間の屈辱を吹き飛ばすように、茂の前に大きなリボン付きの箱を叩きつけた。
「はいこれ! 誕生日プレゼント! 感謝しなさいよね!」
「え……? 僕に……?」
箱を開けた茂は、息をのんだ。そこにあったのは、無傷(奇跡的に防いだ)の『タッコング』と、綺麗な『ペスター』。
「た、タッコング……っ!? それに、ペスターまで……ッ!! 伝説の東京湾油田襲撃コンビじゃないですか!!」
「べ、別に電話を盗み聞きしたわけじゃないわよ! その右側の変なヒトデみたいなやつは、お店の人に『セットで買うのが常識だ』って詰め寄られて断り切れなかっただけ! 正直すごく不気味だし、それを取り戻すために私がどれだけ恥ずかしい思いをしたか……ッ!」
照れ隠しのマシンガントーク。しかし、茂には分かっていた。この激レアな2体を揃えるために、彼女がどれほど苦労してくれたのかを。
「みどりさん……っ……!!」
じわっと大きな涙を溜めた茂は、両手にソフビを抱えたまま、みどりの足元に崩れ落ちた。
「ありがとうございます……っ!! 僕、一生みどりさんについていきます……っ!!」
「ちょ、ちょっと!? なんで足元で泣いてんのよバカ茂……っ///(でも……そんなに喜んでくれるなら、あの恥ずかしさも報われたかしら……///)」
足元で泣きじゃくる茂の頭を撫でそうになり、慌てて手を引っ込めるみどり。
3階の寝室に、二人の少しズレた、けれど愛おしい夜が更けていくのだった。




