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第31話『茂のリベリオンと漆黒のヴァルハラ』

昨日のガレージ開帳事件から一夜。

リビングの空気は一変していた。いつもなら被害妄想でオドオドとみどりの顔色を窺っていた茂が、なぜか今朝は妙に余裕のある笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいるのだ。

そこへ、部屋から降りてきたみどりが「……おはよう」と気まずそうに声をかけた。自身の黒歴史を晒した恥ずかしさがまだ尾を引いているらしく、どこか目をそらしがちだ。

「あ、みどりさん。おはようございます」

茂はスッと立ち上がると、みどりの右手あたりを真顔でマジマジと見つめた。

「……? 何よ、私の手に何か付いてる?」

みどりが首をかしげると、茂は口元をピクピクと震わせ、必死に笑いをこらえながら囁いた。

「いえ……お怪我とかではなく……大丈夫ですか? ……『右腕』」

「は?」

「ククッ……いえ……『封印』が解けかかってないかなと……ッw」

「〜〜〜〜〜〜〜っっっ!????」

みどりの顔が一瞬で林檎のように真っ赤に染まった。昨日ガレージに飾ったヴィジュアル系ポエムノートの冒頭『我が右腕の封印が解き放たれる』を完全に覚えられている。

「み、見ないでって言ったじゃないーーーッ!! 忘れてよバカぁぁぁッ!!」

「フフッ……申し訳ありません、漆黒の翼が舞い降りていたもので……っ」

「うぎゃあああああッ!! 聞こえてたのね!? ガレージの外で全部聞こえてたのねーーーッ!!」

絶叫したみどりは、耳まで真っ赤にしながら脱兎のごとく自分の部屋へと逃げ帰っていった。

(勝った……! 僕はついに……みどりさんという圧倒的脅威に対する『最強の切り札』を手に入れたんだ……ッ!)

茂は三階の廊下へ消えていくみどりの背中を見送りながら、静かに勝利のガッツポーズを決めたのだった。

◇

数日後。休日の午後。

すっかり立場が逆転し、みどりはリビングで茂と顔を合わせるたびに肩を小さくして過ごしていた。そんな中、茂がコートを羽織りながら爽やかに声をかけてきた。

「みどりさん、天気もいいですし、ちょっとお出かけしませんか?」

「え……お出かけ? どこに行くのよ」

みどりが警戒心全開で尋ねると、茂はすました顔で車の鍵を指でチリンと鳴らし、最高のニヤけ顔を解禁した。

「ちょっと……『ヴァルハラ』までwwww」

「行くわけないでしょーーーーーッ!!!!」

リビングにみどりの叫び声がこだました。

「何よヴァルハラって!? スーパーかドラッグストアみたいに言わないでよッ!!」

「クッ……フフッ……愛と絶望のヴァルハラですよ……? 特売日かもしれませんし……ッw」

「い・か・な・い・のッ!! 過去の私のイタい語彙力を擦り倒すんじゃないわよッ!!」

「いやぁ、素晴らしい詩心ですよ。脚本家として嫉妬するレベルの暗黒世界観です」

「煽るなッ! 褒めて誤魔化すなッ! もう二度とガレージの物には触らせないからねッ!!」

みどりはクッションを茂の顔面に叩きつけると、真っ赤な顔でソファーに倒れ込んだ。

◇

さらにその日の夜。

リビングでスマホを眺めていたみどりが、うーんと腕を伸ばしながらため息をついた。

「はぁ……今週末、久しぶりに高校の同窓会があるんだけど、何着て行こうかなぁ……。みんな結構おしゃれしてくるみたいだし、変に浮かない大人っぽい服がいいかしら……」

真剣にコーディネートに悩むみどり。

すると、隣でパソコンをカタカタと叩いていた茂が手を止め、メガネのブリッジをスッと押し上げながら、真顔で最悪の助言を口にした。

「それならみどりさん、あのピンクのフリフリしたやつならガレージに吊るしてありましたけどw 勝負服にいかがですか? 背中に『萌え萌え★アタック』のステッカーでも貼っていけば同窓会の主役ですよ」

「社会的に死ぬわーーーーーッ!!! 魔法少女で同窓会に行くアラサーがどこにいるのよッ!! 昔の友だち全員から縁切られるわ!!」

みどりは横にあった別のクッションを全力で茂の顔面に叩きつけた。

「フハッ……痛快……いやぁ、あの装束なら当時の甘酸っぱい青春の思い出が一気に蘇るかとw」

「蘇るどころか悪夢として上書きされるわッ!! 痛すぎる過去の自分ごと消し去りたいわよッ!! もうお願いだから全部忘れてぇぇぇッ!!」

みどりはソファーに顔を深くうずめ、「ううう……消えたい……過去の私を灰になるまで焼き尽くしたい……」と足をバタバタさせて本格的に悶絶し始めた。

これまでの威厳もクールさも完全に霧散し、ただの赤面する塊となったみどりを見下ろしながら、茂は心の中で深く深く満足の頷きを返していた。

(ふぅ……これでみどりさんがサタニストでも何でもない、ただのイタい過去を持つ普通の人間だと確定した。長かった……僕の勝ちだ。平和だ……実に平和な日常だ……)

——しかし、茂はまだ知らなかった。

みどりが命がけで自らの尊厳と黒歴史を晒してまで守り抜いたガレージの奥には、今もキャリーバッグから出されて優雅に毛づくろいをしている「本物の秘密(猫の蓮くん)」が潜んでいるということを。

茂のターンで一瞬訪れた束の間の平和は、さらなるカオスへの嵐の前に過ぎなかった——。

【31話:おわり】

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