第30話『見せたい女と見たくない男』
「よし……これで完璧ね」
昼下がり。みどりはガレージの奥で寝そべっていた愛猫の蓮くんをそっと抱き上げると、プラスチック製のペットキャリーバッグへと滑り込ませた。
パチン、パチンと手際よくロックをかける。
(茂くんにガレージを全開で見せるんだから、蓮くんがガレージにいたら一発でバレちゃうわ。蓮くん、ちょっとの間だけここで我慢しててね)
キャリーバッグを3階の自室のクローゼットへ隠し、ドアをきっちり閉めたみどりは、満足げに不敵な笑みを浮かべた。
(昨夜の件で変に疑われるくらいなら、あの『どこに出しても恥ずかしい黒歴史部屋』をドーンと見せて、茂くんをドン引きさせて引かせた方が早いわ!)
リスクを完全にゼロにしたみどりはガレージの前へ移動すると、鍵をチャラつかせながら、ちょうど原稿作業を終えて階段を降りてきた茂に声をかけた。
「茂くん、ちょっとガレージに来てちょうだい」
昨日あれだけ「入るな」と威嚇していたガレージの前で、爽やかな笑顔を浮かべるみどり。
しかし、声をかけられた茂の顔面は蒼白だった。
(な、なぜだ……!? 昨日まであんなに頑なにガレージの鍵を死守していたみどりさんが、なぜ急に『見ろ』と言い出すんだ……!?)
茂の頭の中で、朝方導き出した恐ろしい結論が急速に再生される。
(そうか……サタニスト(悪魔崇拝者)の儀式部屋が完成したから、僕を新たな『生贄』として勧誘するつもりなんだ……! 中に入ったら最後、悪魔の契約書にサインさせられるか、黒魔術の壺の中に放り込まれる……ッ!!)
「あ……いや……僕は……ガレージには特に用はありませんので……っ!」
茂は後ずさりしながら、引きつった笑みを浮かべた。
「いいから来なさいって! 茂くんが変な誤解をしてるみたいだから、ちゃんと中を見せてあげるわ!」
みどりは茂の腕を掴み、ガレージの前へと強引にひっぱり寄せた。
「嫌だぁぁぁッ! 見たくありませんッ! 僕は何も見ていませんし、みどりさんの信仰に口出しするつもりもありませんからぁぁッ!」
「信仰!? 何言っちゃってんの!? いいから見なさいよ、ほらッ!」
ガチャリと鍵が開けられる音。
(ヒギャアアアッ! 異端審問レベルの禁忌の書が開かれるーーーッ!!)
茂は両手で固く目を覆い、全力で顔を背けた。
「見ない! 絶対に見ない! 見たら僕の魂が魔界に引きずり込まれるーーーッ!」
「引きずり込まれないわよ! ただの私の黒歴史なんだからッ! ほら、目を開けなさいよ! この痛車ステッカーとポエムノートを見なさいッ!!」
みどりは茂の腕を引っ張り、なんとかガレージの中を視界に入れさせようと必死になる。ガレージの扉は今やバカンと全開だ。
(みどり視点:蓮くんはキャリーバッグに入れて部屋に避難させたから安心! 自分が傷つく覚悟で痛い黒歴史を見せつけ、茂をドン引きさせて逃げ出させたい)
(茂視点:悪魔の召喚陣や呪いの書を直視させられ、サタニストの道に引きずり込まれそうになっている)
「無理ですッ! 僕は神を信じています! 悪魔の誘惑には屈しませんッ!」
「だから神とか悪魔とか何の話をしてるのよッ! ほらッ、このフリフリの魔法少女の衣装を見なさいよッ!!」
「魔女の儀式装束だーーーッ!! やっぱり黒魔術の集会所じゃないですかーーーッ!!」
「魔法少女よッ! 過去の私が痛々しい魔法少女になろうとしてただけよッ!!」
「騙されませんッ! その甘い言葉の裏に暗黒の深淵が潜んでいるんだーーーッ!!」
ガレージのドアを全開にして「見ろ!」と迫るみどりと、目を固く閉じたまま「見ない!」と首を振り続ける茂。
2階の部屋のクローゼットの中、キャリーバッグの中から蓮くんだけが「ニャ〜ン(狭いんだけどな〜)」と小さく鳴いていた。
「お願いだから見なさいよ! 私の尊厳を犠牲にしてまで開けてんだからッ!」
「お願いですから開けないでください! 僕の人間としての尊厳と魂が破壊されますッ!」
「いいから見ろーーーッ!!」
みどりが強引に茂の指をこじ開けた。
「ひぎゃああっ! 悪魔め、我が魂を……ッ!」
逃れられぬと悟り、茂は死を覚悟して薄目を開けた。
黒魔術の魔法陣。生贄の祭壇。悪魔を呼ぶ禁忌の書。どれほどの惨状が広がっているのかと冷や汗を流しながら視線を送ると——そこに並んでいたのは。
ピンク色のフリフリ魔法少女衣装。
ヴィジュアル系バンドのポエムノート(見開き)。
「萌え萌え★アタック」と書かれた痛車ステッカー。
「……え?」
茂は固まった。
血も出なければ、悪魔もいない。ただひたすらに「イタい」空間が広がっていた。
「……なんですか、これ」
みどりは顔を真っ赤に染めながら、脇の下に大量の汗をかいて胸を張った。
「な、何ですかじゃないわよ! 私の! 青春の! 黒歴史よッ! あんたに見られたくなくてガレージ隠してたの! 満足した!? 満足したらもう二度とガレージに近づかないでよッ!!」
茂はポカンと口を開けたまま、ゆっくりと自分の指を降ろした。
(あ……悪魔崇拝者でも、国家兵器でもなく……ただの痛い過去のコレクション……?)
「……なーんだ」
茂の口から、脱力しきった声が漏れた。
「『なーんだ』って何よッ!? こっちは命がけで晒してんのよッ!!」
自分一人で勝手に「サタニスト」と大パニックを起こしていた恥ずかしさが一気に押し寄せ、茂の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
こうして、茂の壮大なオカルト妄想は「黒歴史の開示」という予想外のオチで呆気なく崩れ去ったのだった——。
【30話:おわり】




