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第29話『カモフラージュ作戦と第二の隠し事』

「……まずいわ」

朝食を終え、茂が自室へと戻った後。みどりは一人リビングで腕を組み、険しい顔で天井を仰いでいた。

昨夜のイグアナ(とみどりが思っていたフロス)の騒ぎはなんとか仕事の電話で立ち消えになったものの、去り際の茂の目が物語っていたのだ。

(茂くん、絶対に『ガレージの中に何かある』って疑い始めてる……! 鍵を取り替えたら『やっぱり何か隠してる』って確信に変えてしまうし、かといってこのままじゃ、いつまた昨夜みたいに侵入されるか分からないわ……!)

ガレージには、愛猫の蓮くんとキャットタワー、そして大量の猫用品が隠してある。この一軒家で勝手に猫を飼っていることがバレたら大騒ぎになり、最悪の場合、蓮くんをどこかへ預けなければならなくなるかもしれない。

「なんとかして……万が一ガレージを見られても、茂くんが察して引き下がるような『理由』を作らなきゃ……!」

みどりは頭をフル回転させた。

「もしガレージを開けられても……『なんだ、こんなに恥ずかしいものを隠したかったから入られたくなかったのか』って、茂くんが気まずくなって勝手に納得するような『ブツ』があれば……!」

そうと決まれば行動は早かった。みどりは三階の自分の部屋へ駆け上がると、押し入れの最奥にある厳重に封印されたダンボール箱を引っ張り出してきた。

ガムテープをベリベリとはがし、中身を確認するみどり。

「あった……! 私の青春の過ち……黒歴史セット……!」

箱の中から現れたのは、高校時代に痛々しいポエムを綴り続けたヴィジュアル系のポエムノート、自作の激痛痛車風ステッカー、そして巨大な魔法少女風のフリフリコスプレ衣装であった。

「……うっ、直視すると精神が崩壊しそう……!」

パラッとポエムノートが開いてしまう。

『漆黒の翼が舞い降りる夜、我が右腕の封印が解き放たれる……愛と絶望のヴァルハラへ……』

「ぎゃあああああッ!! 痛い痛い痛いッ! なんなの『愛と絶望のヴァルハラ』って!? 過去の私、正気だったのーーーーッ!?」

みどりは己の過去の痛さにのたうち回り、悶絶しながらノートを叩きつけた。しかし、背に腹は代えられない。

「くっ……! 蓮くんを守るためなら、私の尊厳なんてどうだっていいわっ!」

みどりはダンボールを抱え、忍び足で一階のガレージへと向かった。

ガレージの扉を開け、優雅に寝そべっている蓮くんの横を通り抜ける。

「蓮くん、ちょっと待っててね。今、あなたを守る最強の防壁を作るから!」

みどりはガレージの入口から真っ先に見える棚の目立つ位置に、魔法少女のフリフリ衣装をドドンとハンガーで吊るした。さらにその周りに、痛車風ステッカーを隙間なく貼り付け、ヴィジュアル系ポエムノートの「一番イタいページ」を見開き状態で飾ったのである。

奥にある蓮くんのキャットタワーや猫用品は、厚手の黒いシートで完璧に目隠しを施した。これでガレージのドアを数センチ開けられたとしても、真っ先に目に飛び込んでくるのは「大人の女性のヤバすぎる秘密の趣味部屋」だけである。

作業中、どうしても目に入ってしまう自分の痛ポエムに「ぐはっ……!」「知らぬ……こんなポエム私は知らぬ……ッ!」と精神的ダメージを負いながらも、セッティングを完了させた。

全身汗だくになり、精神をすり減らしたみどりは、腰に手を当てて満足げに胸を張った。

「ヨシっ! これで、どこに出しても恥ずかしいガレージが出来たわっ!」

◇

……しかし、その時である。

カチャ……。

徹夜明けの脳を覚ますため、コーヒーを淹れ直そうと一階へ降りてきた茂が、廊下の角からチラリとガレージの方向へ視線を送っていた。

ドアの隙間から漏れ出る怪しい気配と、ガレージ内部から聞こえていたみどりの「うぐっ……右腕の封印が……!」「絶望のヴァルハラ……ッ!」という謎の呻き声。

茂の脳内では、またしても恐ろしい深読みが開始されていた。

(みどりさん……朝からまたガレージで何か怪しい作業を……!? っていうか、いま『右腕の封印』とか『ヴァルハラ』とか聞こえなかったか……!?)

茂は背筋に冷たいものを感じながら、ごくりと唾を飲み込んだ。

(イグアナの件は僕の完全な勘違いだった……。だが! あのみどりさんの必死すぎる隠し様と、ガレージから漏れ出るおどろおどろしい呪文のような詠唱は何だ……!? ただの趣味の部屋ならあそこまで命がけで防衛するはずがない……!)

茂のパニック脳が、新たな妄想の扉を開く。

(まさか……悪魔召喚の『禁忌の書』か……!? みどりさんは裏で怪しい儀式を執り行うサタニスト(悪魔崇拝者)だったんじゃないだろうな……ッ!?)

そこへ、ガレージの中からみどりの晴れやかな声が響き渡った。

『ヨシっ! これで、どこに出しても恥ずかしいガレージが出来たわっ!』

廊下で耳をすませていた茂は、白目を剥いてガタガタと震え上がった。

(ど、どこに出しても……恥ずかしい……!? 違う……! あれは『カトリックの総本山に見せたら即座に異端審問にかけられるレベルの禁忌』が完成したという意味だーーーーッ!!)

自らの乙女の黒歴史を犠牲にして「完璧なダミー」を作り上げ、満足感に浸るみどり。

そして、ガレージの中に「悪魔を呼び出す禁忌の部屋」が誕生したと確信し、恐怖で震え上がる茂。

二人のすれ違いの針は、明後日の方向どころか、暗黒の魔界へと加速していくのだった——。

【29話:おわり】

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