第20話『二日酔いと深すぎる後悔』
「……うぐっ……頭が……割れる……」
翌朝。カーテンから差し込むまぶしい日光に、茂は顔を歪めて目を覚ました。
ガンガンと激しい痛みを主張するこめかみを押さえ、ベッドの上で重い体を起こす。胃の中はズシリと重く、喉は砂漠のようにカラカラだった。猛烈な二日酔いだ。
「冷たい水……飲まなきゃ……」
ふらつく足取りでベッドから降り、キッチンへ向かおうとしたその時――
脳裏に、昨夜の記憶の断片がドカンとフラッシュバックした。
『み……み、みどりぃ……さん!! 焼き鳥、タレと塩どっちが好きですかッ!?』
『し……し……茂ぅ……くんっ!! ビールおかわりしてもいいッ!?』
(ぐはっ……!?)
茂はあまりの恥ずかしさに胸をかきむしり、その場に崩れ落ちた。
(酒の勢いで『みどり』と呼び捨てるつもりが……単にお互いの語尾を『ぃ』『ぅ』と伸ばして居酒屋で叫んでいただけじゃないか……っ!! なんだあの地獄のようなコール&レスポンスは……っ!?)
だが、恐怖のフラッシュバックはそれだけでは終わらなかった。
居酒屋を出たあとの、帰り道の記憶が鮮明に蘇ってくる。
『茂ぅ……たーべーさーせーてーぇ。あーん』
『ぼ、僕も……っ! 僕もー! あーん!』
『「美味しいねぇ、えへへへ」』
「ひぎゃああああああああっっっ!!!???」
茂は自分の頭を抱え、ベッドに勢いよく突伏して悶絶した。
(アラサーにもなった大人の男が……! 年上のみどりさんにカッコいいところを見せなきゃいけない立場なのに! 夜道で! コンビニのアイスを!『僕もー! あーん!』だと……!? 夫としての威厳どころか、男としての尊厳すら木っ端微塵だ……っ!! みどりさんに呆れられたどころか、ただのイタい泥酔年下夫として記憶に刻まれてしまった……っ!!)
◇
一方、1階のガレージ奥にある「隠し部屋」でも、まったく同じ地獄が繰り広げられていた。
「うぅ……頭痛い……」
頭を押さえながら蓮くんのキャットフードを用意していたみどりは、手に持った計量スプーンをピタリと止めた。
(あ……あれ……? 私……昨日、茂くんに何した……??)
昨夜の居酒屋での醜態、そして帰り道のコンビニ前での記憶が、色鮮やかなHD画質で脳内に再生される。
『あいちゅくりーむ買ってぇ。』
『たーべーさーせーてーぇ。あーん』
「……っっっ!!???」
みどりは顔から火が出るどころか、全身が発火しそうなほどの熱量で真っ赤になり、その場に丸まって頭を抱えた。
(嘘でしょ……っ!? 私、茂くんに腕組みして甘えて、アイスあーんさせてた……!? 茂くんの口にも『あーん』ってアイス放り込んでた……!? 呼び捨てにするどころか、ただのベロベロのウザい酔っ払いになってるじゃない私ーーーーっ!!)
足元でカリカリを食べていた蓮くんが、「ニャー?」と不思議そうにみどりを見上げて首をかしげた。
「蓮くん……ごめんね……『茂って呼べたよ』どころか、私……私……恥ずかしすぎて茂くんに合わせる顔がないよ……」
みどりは膝に顔をうずめ、深すぎる後悔の海に沈んでいくのだった。
◇
その後、3階の自室でイグアナの翠さんに「翠さん……僕はもう二度とお酒に頼りません……」と誓いを立てた茂は、意を決してリビングへと向かった。
リビングのドアを開けると、ちょうど1階から上がってきたみどりと鉢合わせた。
「あ……」
「あっ……」
二人の視線がバッチリ合致する。だが次の瞬間、お互いに真っ赤な顔をして、弾かれたように視線を真下へ落とした。
「あ、あの……みどりさん……昨日は、その……申し訳ありませんでした……っ! お酒の勢いで、変な言動ばかりしてしまって……!」
茂がロボットのように直立不動で頭を下げると、みどりもブンブンと首を横に振って身を乗り出した。
「ち、違うよ茂くん! 私の方こそごめんなさい……っ! 変に甘えたり、アイスあーんとかさせちゃったりして……本当に恥ずかしい……!!」
お互いに顔を真っ赤にしたまま、深々と頭を下げ合う二人。
お酒の力を借りて「呼び捨ての壁」を乗り越えようとした大作戦は、単にお互いの恥ずかしい記憶と猛烈な二日酔いを残しただけで、見事に大失敗に終わったのだった。
(※注意:酒の勢いに頼ると、壁を越えるどころか、翌朝の羞恥心で新たな巨大な壁がそびえ立つことになります)
「……もう、お酒の勢いに頼るのはやめましょうね……」
「はい……しらふで、ちゃんと呼べるように頑張ります……」
重い二日酔いの頭を抱えながら、二人はスポーツドリンクで静かに乾杯するのだった。
【第20話・おわり】




