第2話『大嫌いとガレージの男』
「茂くんのバカ!! 茂くんなんか嫌い! 大嫌い!!」
新居のリビングに、みどりの甲高い叫び声が響き渡った。
原因は、茂がうっかりみどりの大切にしていた限定ハーブティーのパックを、ジオラマ用の乾燥ハーブと勘違いして書斎へ持っていこうとしたことだった。
「ご、ごめんなさいみどりさん……っ! 決して悪気はなくて、僕の論理的推論によると、この乾燥具合と香りは雑草ジオラマに完璧に適合すると判断して――」
「嫌っ! 聞かないっ!! 茂くんの難しい言い訳なんて絶対に聞かないっ!!」
みどりはギュッと両耳を手で塞ぎ、目を丸くして子どもみたいに首をぶんぶん振った。
「そ、そんな……っ!? 順を追って説明を聞いてくれないと議論が成り立ちません……っ!」
「うるさーい! 茂くんのそういう理屈っぽいところが嫌いって言ってるの! もう口きいてあげない!!」
プンプンと肩を怒らせ、バタン! と激しくドアを閉めて一階へと走り去るみどり。
リビングに取り残された茂は、ガーンと雷に打たれたような顔でその場に崩れ落ちた。
「嫌い……大嫌いって言われちゃった……っ。僕がドジだから……みどりさんに嫌われちゃったら、僕……生きていけない……っ!!(ボロ泣き)」
一方、ガレージの隠し部屋に駆け込んだみどりは、猫の蓮くんをぎゅっと抱きしめながら、フシューッと荒い息を吐いていた。
「はぁー……また言っちゃった……。喧嘩するとすぐ両耳塞いで『大嫌い』とか子供みたいに言っちゃうの、私の悪い癖だなぁ……本当は大好きなくせに……」
胸の罪悪感に苛まれながら、蓮くんの頭を優しくなでる。
「ねぇ蓮くん♡ 今日も国宝級のお顔して、本当にかっこいいわぁ……。茂くんとは大違い。あんな泣き虫な男より、私、やっぱり蓮くんのほうが大好きなのよね〜。……あ、ダメよ蓮くん、そんなとこなめないでぇ〜♡」
その頃、みどりに謝ろうと階段を降りてきた茂は、ガレージの扉越しにその甘い声を聞いてしまっていた。
(……えっ……?? 『蓮くん』……??? 茂くんとは大違い……??? なめないで……!!?? ど、どうしよう……みどりさん、ガレージで『蓮』っていう若い男と不倫してる……!!!!)
茂の顔から血の気が引き、涙と鼻水が溢れ出す。
「み、みどりさんっ……!! 僕が頼りないから……泣き虫だから嫌になっちゃったんだね……っ!」
「うわああああっ!?」
茂が泣きながらガレージへ突入してきたため、みどりはパニックに陥った。
(やばい! ガレージに隠してる猫(蓮くん)がバレる!?)
みどりは爆速で猫の蓮くんを抱え、足元にあったSnow Man目黒蓮の等身大パネルとアクスタの裏へとガバッと隠した。
「茂くん!? な、なに!?」
「隠さなくてもいいよみどりさん……! その『蓮くん』って人と、どこまで進んでるの……っ!?」
ボロボロと大粒の涙をこぼす茂を見て、みどりはハッと息を呑んだ。
(……あ! 茂くんにはここを『推し活部屋』って嘘ついてたんだ! 『蓮くん』って声が聞こえて……アクスタの目黒蓮相手に一人で甘い声を張り上げてた痛い奴だと思われたんだわ……っ!)
「えっ、どこまでって……! ち、違うの茂くん! これはただの健全な推し活で……っ!」
「推し活……? ごまかさないでよ、ガレージで『大好き』って甘い声を出してるのが聞こえてたよ……っ!」
「うぐっ……! そ、それは……カフェでアクスタとデートしたり……その、お布団の枕元に置いて一緒に寝たり……っ」
「っ……!? デ、デートに……添い寝……っ!?」
恥ずかしさで耳まで真っ赤にしたみどりは、やけくそになってギュッと目を瞑り、小声で白状した。
「〜〜っ! あとは……たまに、誰も見てない時に……ちょっとだけ、チュー……したり……っ///(※アクスタに)」
「チ、チュゥゥゥーーーっ!!?? 唇まで奪われて……膝枕でキスまで許しちゃってるの……っ!!?? 僕、仕事ばっかりで寂しい思いさせちゃってたんだね……ごめんねぇぇっ!!(大崩壊)」
「(……ん?? 膝枕?? アクスタ相手に???)」
茂の過剰すぎる誤解に密かに首を傾げつつも、みどりは(よし……! これで猫の存在は完全に隠し通せたわ……!)と心の中で安堵した。
……が、次の瞬間に己が仕伏せた状況の恐ろしさに気づき、血の気が引いた。
(……待って。猫の存在は誤魔化せたけど、私……『アクスタ相手に一人でデレデレ甘えてチューまでしてる、かなり痛い女』だと思われてない……!?)
大号泣する茂は、みどりの両手を力強く握りしめた。泣き顔のまま、まっすぐな瞳でみどりを見つめる。
「みどりさん、僕……もっと男らしくなります! だから……僕を見捨てないで……っ!」
普段の頼りなさからは想像もつかないほど真剣で熱い眼差しに、みどりの心臓がドキンと跳ね上がった。
(な、なによそれ……反則でしょ……っ! 浮気なんてするわけないじゃない、私が好きなのは茂くんだけなのに……っ!!)
真っ赤になったみどりは、キュンとする胸を隠すようにぷいっと横を向き、怒鳴るように叫んだ。
「バカ……! 『大嫌い』なんて、本気なわけないじゃない……っ!」
「え……?」
「ほんとに嫌いだったら……あんたと結婚なんかするわけないでしょ!!」
みどりは真っ赤な顔でそう叫ぶと、照れくささを誤魔化すように茂の胸へバッと飛び込んだ。
不意打ちのハグに「み、みどりさん……っ!」と歓喜の涙を流す茂。
(……まぁいいわ。猫がバレるよりは、ちょっと痛い女だと思われてる方が百倍マシよね……っ!)
茂の背中の後ろで冷や汗を流すみどりと、愛されている歓喜に震える茂。
自由を謳歌する猫と、3階にある書斎の押し入れで静かにレタスをかじるイグアナの翠さんを置き去りにしたまま、ふたりの勘違い愛は今日も深まっていくのだった。




