第1話『運命のジャミラと二つの隠し部屋』
「……ちょっと茂くん。そこは生け花用のテーブルなの。怪獣の土とか撒かないでくれる?」
明るい陽光が差し込む大学の園芸部室。季節の生花が綺麗に飾られたテーブルの隅で、ピンセットを握りしめた二歳下の後輩――烏丸茂は、作業に没頭していた。
「……ちょっと、聞いてる? 茂くん」
みどりがトントンと肩を叩くと、茂はビクッと肩を跳ね上げ、メガネの奥の目をキラキラと輝かせて振り返った。
「ハッ……! みどり先輩! これはただの土じゃありません。『ウルトラセブン』の第2話『緑の恐怖』に出てくる、ワイアール星人が潜んでいそうな湿り気と質感をリアルに再現するための特製苔ブレンドです!」
「知らんわ!!」
茂が園芸部に入ってきた理由は「怪獣ジオラマ用のリアルな土と植物の研究」という、百パーセント不純なものだった。
理屈っぽくて、生意気で、変なやつ。それがみどりの最初の印象だった。
――それに、極度のビビリだ。
今朝だって、校舎の入り口に小さな野良の子猫が1匹ちょこんと座っていただけで、「み、みどり先輩……! あいつ僕をじっと睨みつけて威嚇してきます……っ! 恐ろしい目力です……このままじゃ校舎に入れません……っ!」と青ざめた顔で足止めを食らい、結局みどりが子猫を抱っこして草むらへ逃がしてあげるまで、校舎に一歩も入れずにオロオロしていたのだ。
だが、そんなみどりにも絶望的な弱点があった。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!? やだやだやだ! 誰か助けてぇぇぇ!!」
昼下がり、部活のプランターでガーデニングをしていたみどりは、土の隙間からひょっこり現れた体長数センチの小さなトカゲを目撃した瞬間、発狂した。
「な、なんですかみどり先輩!?」
「爬虫類ぃぃぃ! ツルツルしててウネウネしてて無理ぃぃぃ!!」
鼻水混じりで半泣きになり、茂の後ろへ隠れて震え上がるみどり。普段はしっかり者のお姉さんぶっているのに、小さなトカゲ一匹でパニックになる姿を見て、茂はすばやい手つきでトカゲをヒョイッと捕獲した。
そして、メガネの位置をクイッと直すと、至極真面目な顔で反論を始めた。
「みどり先輩、それは生物学的に大きな誤解です。両生類のカエルなどは粘液でツルツルしていますが、ニホンカナヘビなどの爬虫類は鱗で覆われているため、質感としてはむしろザラザラしていますよ。ほら、実際に触って確かめてみてください!」
「ひっ……!? こ、来ないで……っ!」
茂は良かれと思って、手に握りしめたトカゲを「どうぞ!」と親切心100%でみどりの顔の前へと差し出した。
パァァァンッ!!!!
「来んなって言ってんでしょうがぁぁぁーーーっ!!(怒髪天)」
「ぶはっ……!?」
部室に響き渡る爽快な打撃音。みどりの決死のフルスイング平手打ちを顔面に喰らい、茂はトカゲを逃がしながら綺麗に一回転して床へ吹き飛んだのだった。
そんな二人の評価が一変する事件が起きたのは、その日の夕方のことだ。
部室の鍵を閉めようと戻ったみどりは、薄暗い部屋の隅で背中を丸める茂の姿を見つけた。手には無骨な怪獣ソフビ――『ジャミラ』が握られている。
「……茂くん? まだいたの? もう閉めるわよ」
「……ぐすっ……」
覗き込んだみどりは息を呑んだ。茂が顔をぐしゃぐしゃにして、ボロボロと大粒の涙を流していたのだ。
「みどり先輩……ジャミラです……っ。ジャミラは元々、地球人の宇宙飛行士だったんです……っ! 国際競争の犠牲になって見捨てられて、水のない惑星で怪獣になっちゃったんです……っ!」
「え、えぇ……? 怪獣の話……?」
「最後はウルトラマンの水流攻撃で、苦しみながら母国の国旗に手を伸ばして倒れるんですよ……っ!? 人間の都合で見捨てておいて、最後は害獣扱いなんて……悲しすぎますよ……うわああぁぁん!!」
夕暮れの部室に茂の大泣きする声が響き渡る。子猫を怖がっていたあの泣き虫な後輩が、怪獣の切ない背景にそこまで感情移入してボロボロと泣いている。
その姿を見つめるうちに、みどりの胸の奥でドカンと大きな音が鳴り響いた。
(……この子、なんて心が綺麗なピュア男なの……!?)
激しい母性本能の爆発とともに、みどりは思わず茂の頭を強く抱きしめていた。
「よしよし……! 大丈夫よ茂くん! 私が……私が一生あんたを守ってあげるからね……っ!」
「え……? みどり先輩……?」
――それから数年後。
「みどりさん! ついに僕たちの家が完成しましたね!」
「ええ、茂くん! これからこの家で、二人でずーっと幸せになろうね!」
一階が生花店『Green Garden』、二階、三階が居住スペースの新築一戸建て。ピカピカのリビングで手を取り合い、仲睦まじく笑い合うふたり。
だが、みどりがお茶を淹れにキッチンへ向かった瞬間、茂の表情が一変した。そわそわとした足取りで三階の書斎へ駆け込み、ドアを閉めると滝のような汗をぬぐう。
「ふぅ……! みどりさんにバレないように、ハウスメーカーの業者さんに内緒で保温ライトと断熱工事をしてもらった甲斐があった……!」
押し入れの隠し扉を開けると、そこにはおとなしい緑色のイグアナがいた。茂は愛おしそうにケージから取り出し、頬をすり寄せる。
「翠さん……♡ 今日からここが君の秘密のおうちですよ。みどりさんは大学の頃から爬虫類が大の苦手だから、絶対に僕が守りますからね……!」
同じ頃――一階のガレージ。
みどりは物置の裏に回ると、秘密の隠しドアを開け、防音壁と小窓に設置した隠し換気扇のスイッチを入れた。
「ふふふ……! 茂くんには『推しのアクスタ置き場にする』って嘘ついて、秘密で工事させたくらい完璧だわ……!」
物置の奥から抱き上げたのは、毛並みの美しい一匹の猫。
「蓮くん……♡ 今日からここがあなたの秘密基地よ。茂くんは大学時代から『猫は睨みつけてくるから怖い。このままじゃ校舎に入れません』って言ってたから、絶対に内緒で可愛がってあげるからね……!」
新居のそれぞれの場所で、二人は全く同じタイミングで冷や汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべて固く誓っていた。
((絶対……絶対に、相手にバレちゃダメだ……!!!!))




