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第16話『実家の襲来と深まる命の危機』

第16話『実家の襲来と深まる命の危機(疑惑)』

みどりは震える手でスマートフォンを握りしめていた。画面に表示されているのは「お義母さん」の文字。

(私一人じゃ……もう茂くんの命を繋ぎ止めておけない……っ!)

意を決して通話ボタンを押すと、三声目のコールで穏やかな声が聞こえてきた。

『あらみどりさん、どうしたの?』

「お、お義母さんっ! 助けてください……茂くんが……茂くんが大変なんですっ!!」

みどりの悲痛な叫びに、電話の奥で皿を洗う音がピタリと止まった。

『みどりさん!? 一体何があったの、落ち着いて!』

「茂くんが……部屋の服を全部捨てて、急に精進料理しか食べなくなって……っ!『僕がいなくなっても』なんて……『帳簿はわかりやすくまとめてあるから』なんて言い出したんです……っ!!」

『な……なんですって……!?』

みどりの目から涙がこぼれ落ちる。

「昨日も……あの茂くんが、私の前で大声をあげて……自分の弱さをさらけ出して泣いたんです……! 脚本がうまくいかなくて、相当追い詰められていて……私、茂くんを失いたくありませんっ!!」

『あのバカ息子……っ!! 待ってなさいみどりさん、すぐ行くから!!』

◇

「茂!! あんた一体、何を考えてるのよっ!!」

ドカン、と爆音を立ててリビングのドアが開いた。

静かに「体臭を抑えるための無香料の白湯」をすすっていた茂は、勢いよく吹き出しそうになった。目の前には、鬼の形相で肩を上下させる実家の母と、その背後で重々しい表情を浮かべる父の姿があった。

「か、母さん!? 父さん!? どうして急に……」

「どうしてじゃないわよ! みどりさんから涙ながらに電話があって、全部聞いたわよ! あんた、一体全体なにしてんだいっ!!」

母親は目元を赤くしながら茂に詰め寄ると、その両肩をガシッと掴んで激しく揺さぶった。

「あんたがそんな情けない男だなんて思わなかったわよ! なんでひとりで抱え込むの! 私たちにだって覚悟があるんだからねっ!!」

(※注意:茂は単に体臭対策で服を捨て、精進料理を食べ、出て行く準備をしていただけです)

母親の叫びを聞いた瞬間、茂の脳内に激雷が走った。

(な……なんだって……!? 母さんたちにまで話がいっている……!?)

茂の超絶ネガティブ思考回路は、光の速さで恐しい結論を導き出した。

(そうか……! 僕の体臭問題は、もうみどりさん一人では抱えきれないレベルまで悪化していたんだ……! みどりさんは耐えかねて、僕の実家にSOSを出したんだ……! 『お宅の息子の体臭で我が家が崩壊しそうです』って……!!)

「覚悟がある」という母親の言葉すら、茂の脳内では完全に変換された。

(『実家としても一族の恥(=社会的死)を受け入れる覚悟をした』という意味か……っ!! 親の耳にまで僕の体臭害が届いてしまっていたなんて……っ!!)

青ざめる茂の横で、今まで黙っていた父親が重厚な声で言った。

「茂。男なら……どんなに惨めでも、泥をすすって生きろ」

(惨め……泥をすする……っ!! 父さんから見ても、僕の体臭は泥をすするレベルで汚物扱いなのか……っ!?)

茂はあまりの衝撃にガクガクと膝を震わせた。

「違っ……違うんです母さん、父さん! 僕はただ……僕がここにいるだけで周りに甚大な被害を及ぼしているから、せめて身の回りを清めて、いつでも去れるように……」

「いいのよ、何も言わなくて!!」

母親が茂の言葉を遮り、バシッと茂の手を握りしめた。

「みどりさんから全部聞いたわ! 恥ずかしがらなくていいの! 人間誰だって、おかしくなる時はあるんだから!」

(恥ずかしがらなくていい……!? 違う、僕が放っているのは『体臭』という名の公害なんだ……っ!!)

茂が必死に弁明しようと口を開こうとしたその時、後ろからみどりが涙をぬぐいながら入ってきた。

「お義母さん、ありがとうございます……! 私ひとりじゃ、茂くんを引き止めきれなくて……」

「何言ってるの、みどりさん! こんなバカ息子だけどね、絶対に死なせたりしないから! 今日から私達も毎日様子を見に来るわ!」

(毎日……!? 実家の両親まで毎日僕の体臭を嗅ぎに来るというのか……!? この地獄の連鎖を止めるには、僕が一刻も早く『無臭』になるしかない……っ!!)

「みなさん……すみません……僕が……僕の存在が……不徳の致すところで……っ!!」

頭を深く下げてポロポロと涙を流す茂を見て、母親もみどりも「思い留まってくれた……!」と胸を撫でおろしたのだった。

◇

両親が「また明日来るからね!」と固い握手を交わして帰っていき、みどりが夕飯の買い出し(※茂を生き永らえさせるための豪華栄養食材)へ出かけると、部屋には静寂が戻ってきた。

しかし、茂の心の中は嵐どころの騒ぎではなかった。

(毎日……毎日両親が僕の体臭チェックに来るんだ……! もし明日も僕から臭いが発生していたら、今度こそ実家から絶縁されてしまう……!!)

焦破した茂は、ガタガタと震える手でパソコンを開いた。

検索窓に叩き込むキーワードは【体臭 即効性 無臭化 極限】。

(ボイル野菜や豆腐程度じゃ甘かったんだ……! 僕の体内から発せられる悪臭の源流を断ち切らねば……っ!)

茂の目が血走る。

(明日から水と空気と、わずかな塩分だけで生きる……! いや、汗から塩分が出て臭うかもしれない……水と無香料の竹炭パウダーだ! 体内の毒素をすべて竹炭に吸着させて排出するんだ……っ!!)

その時、足元でカサリと音がした。

見下ろすと、茂の愛するイグアナの「翠(みどり)さん」が、茂が机の上に置いていた「無香料・強力消臭ビーズ」の容器に興味津々で鼻先を近づけていた。

「翠さんダメぇぇぇえええっ!? それは僕の命綱! 僕が人間としての尊厳を保つための最終防衛ラインなんだよぉっ!?」

茂は泣きそうになりながら翠さんを抱き上げ、消臭ビーズを死守した。

(くそっ……! 翠さんにまで僕の無臭化グッズを狙われるとは……! 僕はこの家で、体臭という名の怪物と一人で戦い抜いてみせる……っ!!)

(※注意:体臭はハラスメントではありませんし、竹炭だけで生きようとするのは大変危険です)

みどりが「茂くんが好きそうなウナギ買って帰ろう!」と笑顔でスーパーを歩いていることなど知る由もなく、茂の「過激すぎる無臭化(=みどりから見れば死への加速)」は、さらに危険な領域へと突入していくのだった。

【つづく】

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