第1章:少年の季節 第7話:帰還と、歪んだ眼差し
八日目の朝、五人はようやく見慣れた村の入口へと辿り着いた。
革袋にぎっしりと詰まった塩と干し魚の重みは、無事に大役を果たし終えた「大人」としての誇りそのものだった。
「ただいまー! 海から帰ったぞー!」
村の広場へ入るなり、ツカが一番に声を張り上げた。
いつもなら、その声を聞きつけた子供たちが駆け寄ってきて、大人たちが「よく帰ったな」と手や肩を叩いて迎えてくれるはずだった。
しかし——返ってきたのは、薄気味悪いほどの静寂だった。
「……なんだ? みんな畑か?」
サムが首を傾げ、背負子を地面に下ろす。
広場には土器を焼く煙も立ち上っておらず、カツン、カツンと実を磨り潰す心地よい生活の音も途絶えていた。村全体が、まるで深く冷たい水底に沈んでしまったかのように静まり返っている。
「あ、カヤ……!」
サクの目が、広場の木陰に立つ少女の姿を捉えた。
野の花を編んだ髪飾りをつけたカヤだ。サクは胸を躍らせ、背負子から一番綺麗などんぐり貝を取り出すと、駆け寄った。
「カヤ! 無事に帰ってきたよ! ほら、約束の貝殻……」
言いかけて、サクの足がぴたりと止まった。
振り向いたカヤの表情には、いつものやわらかな笑顔がなかった。
その瞳は焦点を結ばず、まるでサクの身体を通り抜けて、はるか遠くの何かを見つめているかのようだった。頬は心なしか少し気怠げに上気し、うっとりと夢を見るような恍惚とした笑みを浮かべている。
「……カヤ……?」
「ねえ、サク……聞こえない?」
カヤはサクが差し出した美しい貝殻には目もくれず、うわごとのように呟いた。
「風が……歌ってるの。山の上から、とってもきれいな声が……」
「え……? 風なんて、吹いてないよ……?」
サクの背筋にゾクりと冷たいものが走る。
七日目の夕刻から、山からの風は完全に止まっているはずだった。それなのにカヤは、うっとりと首を傾げ、何もない空を仰いでいる。
「おい、サク! 長老の家も誰もいねえぞ! どうなってんだ一体!」
広場の奥からサムとツカが走ってきた。二人とも顔色を変えている。
「みんな、どこへ行ったんだ……?」
「あっちだよ」
静かな声で言ったのは、マキだった。
マキの指さす先——村の広場の奥にある小高い丘の上に、大勢の村人たちが集まっていた。
農業を放り出した男たちも、水汲みをやめた女たちも、長老すらも。
全員が身じろぎもせず、肩を寄せ合い、ただじっと「山の上の神殿」の方角を見つめて佇んでいた。誰一人として会話を交わさず、ただ口元に奇妙に共通した、うっとりとした笑みを浮かべて。
「おい……ばあさん! みんな! 何してんだよ!」
ツカが痺れを切らして村人の一人に駆け寄り、その肩を強く揺さぶった。
だが、揺さぶられた男は生気のない目でツカを一瞬見ただけで、またすぐにつーっと視線を山の上の暗闇へと戻してしまうのだった。
「……なんだよこれ……気味が悪いぞ……!」
サムが拳を強く握りしめ、サクを守るようにその前に立った。
アキは青ざめた顔で皮の図面を握りしめたまま、村人たちの異常な瞳を見つめている。
「……熱病……? いや、違うな。みんな、空っぽみたいだ……心ここにあらず?…...な感じ.......あ、....これって『魅了?』」
マキがポツリと呟いた言葉が、重く冷たく広場に落ちた。
陽光はこんなにも暖かく注ぎ込んでいるというのに、五人が帰ってきた村は、自分たちの知っている温かい居場所ではなくなり始めていた。




