第4章:虚空の残響 第31話:冷えた鉄の廃墟
静寂が、底深く沈んでいく。
巨大な城塞ほどもあった「鍛造炉」が真っ二つに砕け落ち、青黒い溶融鋼の池の中へと没していく。
街全体を縛りつけ、人々の鼓膜と骨髄を狂わせ続けていたあの大鐘の鳴動は、ついに完全に途絶えていた。空洞を灼熱で満たしていた熱風が途切れ、代わりにどこからか冷たく乾いた地底の風が滑り込んでくる。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ……!」
サクは崩れかけた石畳の上に片膝をつき、激しく肩を上下させていた。
ゆっくりと、自らの右腕を見つめる。
敵の核を穿つために変貌させた真珠色の「結晶刃」は、不気味な関節音を立てて徐々に収束し、再び肘から手首、肩口までを覆う冷たい硬質な「鱗」の姿へと戻りつつあった。
しかし——元通りになったわけではない。
右腕の皮膚を触ると、氷のように冷たく、それでいて異様な重量感を帯びていた。手甲の真珠色の輝きの中に、先ほど砕いた「鋼」の波長が混ざり込んだかのような、鈍い銀色の不吉な斑点がいくつも浮かび上がっている。
真珠色の右目を通して見る視界も、以前よりくっきりと、世界の隙間に潜む「不協和音の糸」を捉えられるようになっていた。
右腕の異形化を「力」として解き放ち、制御した代償。
サクの肉体は確実に、人間としての領域から一歩、深く踏み出してしまっていた。
「……サク」
重い足音が近づき、サムが傍らにしゃがみ込んだ。
サムの二の腕を覆っていた灰色の鋼化は、核の崩壊とともにその侵食を止めていた。サムは自らのゴツゴツとした手で、サクの冷え切った右肩をポンと力強く叩く。
「……動けるか?」
「……ああ」
サクは左手で床を押し、ふらつく足取りで立ち上がった。
周囲を見渡すと、アキとマキは欠けた短剣を抱えながら互いに背を預けて荒い息を吐いており、ツカは岩の陰からゆっくりと歩み寄ってくるところだった。全員、血と汗、そして乾いた鉄粉に塗れた惨死寸前の有様だったが、その瞳からは生き抜いた者の静かな意思が消えていなかった。
「地上へ……戻ろう」
崩落の危険が迫る斜坑を駆け登り、五人が再び「鋼嶺」の街並みへと姿を現した時、頭上には薄暗い黄昏の空が広がっていた。
街の通りには、先ほどまで不気味にツルハシを振るい続けていた傀儡たちの姿があった。
だが、彼らはもはや無機質な動作を繰り返してはいない。全身を覆っていた灰色の金属皮膜が粉となって剥がれ落ち、多くの住民たちが困惑と激しい疲憊の中で、石畳の上へ膝をつき、崩れ落ちていた。
「おい……街が……元に戻り始めてる……」
マキが驚きを込めて呟く。
完全な救済ではない。すでに深く侵食されていた者の身体には痛々しい傷痕が残り、街のあちこちに積み上がった鉄屑の残骸は消えない。それでも、感情を奪われ、ただの「物」として永遠に打ち据え続けられる悪夢からは、確実に解放されていた。
「……サク、見ろ」
ツカが城門の先、街道の方角を指差した。
遠く、旧交易街道の入り口付近の風化した見張り塔の頂に、一羽の不気味な漆黒の「伝書鳥」が羽根を休めているのが見えた。その足元には、古の記号が刻まれた羊皮紙の筒が括り付けられている。
巫女イサナの血脈を知り、かつて水都でサクたちに助言を与えた古の伝承者——ガルバからの手紙だった。
サクが近づき、伝書筒から羊皮紙を抜き取って広げる。
そこには、ガルバの独特な不吉で流麗な筆致で、恐るべき真実と次なる指針が記されていた。
『二つ目の断片の砕破を確認した。サク、お前の腕の真珠は、すでに敵の記録を呑み込み、自らを進化させ始めているはずだ』
『だが喜ぶな。断片を滅ぼすたび、お前の中の「レコード」の濃度は上がり、お前自身が次の「怪異の原点」へと近づく』
『残る断片を集め、すべての因果を終わらせる場所は一つ。北方の果て、極寒の凍土に眠る「世界の歪みの原盤」だ』
サクは静かに羊皮紙を握りつぶした。
「極北……か」
サムがサクの横に立ち、風が吹き抜ける北方の大地を見つめた。
そこには、幾重にも重なる薄暗い雲と、果てしない氷雪の山脈が、少年たちの新たな行く手を阻むようにそびえ立っていた。
「行くんだろ、サク」
「……ああ」
サクは右手の真珠色と鈍銀の混ざり合った拳を強く握りしめた。
右腕の侵食が深まり、自分が人間でなくなる恐怖。だが、それ以上にサクの胸の中で燃え上がっていたのは、この歪んだ世界が紡ぐ悲劇の「レコード」を、自らの手で完全に引き裂くという決意だった。
傷つき、削られ、異形へと変わり果てながらも。
五人の少年たちは立ち止まることなく、極北の凍土を目指して再び歩み始めた。
(第4章・ 完)




