第4章:虚空の残響 第27話:鉄片の傀儡
ギーッ、ガガ……ッ。
関節の摩擦音が、重苦しい静寂を破って響く。
角から姿を現した五体の「元・衛兵」たちは、すでに人間の形体をかろうじて保っているに過ぎなかった。首筋から頬にかけて這い上がる鈍色の金属皮膜。眼球は白濁し、感情の失われた灰色のガラス玉のように落ち窪んでいる。その腕は巨大な鉄製の大斧や叩き潰すための肉厚な鉄鎚と不自然に癒合し、肉と鋼が混ざり合った不気味な異形と化していた。
「……退がれ、サク!」
サムが咆哮し、大剣を横一文字に構えて先頭の巨躯へ突き進む。
先頭の衛兵が振り下ろした大斧と、サムの大剣が真っ向から激突した。
ガァァァンッ! と、耳を刺すような高音の破砕音が大通りに轟く。金属と金属の衝突。だが、刃を受け止めたサムの表情が苦痛に歪んだ。
「くっ……重え……っ! 生身の筋肉の重さじゃねえぞ、こいつら……!」
相手の肉体そのものが、骨の髄まで高密度の鋼へと書き換えられているのだ。通常の人間なら威圧感で怯むようなサムの剛腕の一撃を、衛兵は怯むことなく受け止め、そのまま強引に大斧を押し込んできた。
「横から崩す!」
左右の物陰から滑り込んだアキとマキが、身軽な跳躍で衛兵の側面へと肉薄する。
短剣の刃を衛兵の頸椎へ向けて深く突き立てた。
ガキンッ!
「……なっ!?」
アキの放った刃は、肉に突き刺さるどころか、甲冑の下の「生身の首筋」に弾かれ、乾いた火花を散らした。関節の隙間すら、すでに硬質な金属芽によって埋め尽くされていたのだ。
「アキ、離れろ!」
マキの叫びと同時に、衛兵の巨大な鉄鎚が横薙ぎに振り払われる。
アキは間一髪で地面を転がり回避したが、掠めた石畳が爆ぜ、砕けた石片が弾丸のような速度で壁面を穿った。
「矢が効かねえ……! 関節まで固まりやがってる!」
後方からツカが放った三連射の矢も、衛兵の胸板や膝裏に突き刺さることなく、硬質な打撃音を残して空しく跳ね返された。ツカは眉をひそめ、弓を引き絞り直しつつ舌を鳴らす。
「水都の奴らは血を撒き散らして壊れたが……こいつらは全身が『塊』だ! 生半可な刃じゃ傷ひとつ付かねえ!」
カン……カン……カン……。
激しい打撃音の隙間を縫うように、街道のあちこちから不気味な打撃音が近づいてくる。異変を察知した街の「鋼化」された住民たちが、ツルハシや鉄棒を手に、不自然な足取りでゾロゾロと集まり始めていた。灰色に濁った瞳が無機質にサクたちを捉えている。
「ハァ……ハァ……っ!」
サクは左手で激しく脈打つ右肩を強く掴み、その場に膝をついていた。
激痛。水都の時の「熱」とは違う、全身の血液が冷たい鉛へと変わっていくような、おぞましい「重圧」。
右腕の真珠色の鱗が、この街に満ちる無機質な侵食波長と真っ向から衝突し、サクの皮膚の裏側で不協和音を奏でていた。
(……拒絶している……僕の腕の『真珠』が、あいつらの『鋼』を……!)
脳裏に響くのは、街の深部から届く重厚な鐘の音。
その音が響くたび、衛兵たちの動きがわずかに統制され、サクの右腕の鱗が叫びを上げる。
『止めろ……止めろ……動かすな……すべてを止めて、無になれ……』
冷酷な囁きが、サクの脳髄を削るように響く。この波長に身を任せれば、痛みも、焦燥も、カヤを失った罪悪感も、すべて冷たい鋼の中に閉じ込めて忘れ去ることができるのではないか。
「……ふざけるな……ッ!」
サクは自らの下唇を血が出るほど強く噛み切った。
痛みが視界の霞みを強引に吹き飛ばす。
サクは真珠色と漆黒が混ざり合う右目の焦点を絞り、迫り来る衛兵の巨躯を射抜いた。
(鋼だから効かないんじゃない……。こいつらの身体を動かしている『接合部』……そこに、冷たい波長が集まっているんだ!)
「サム! 胸の真ん中……心臓の裏の『核』を狙え!」
サクの声が響く。
「刃を叩きつけるんじゃない! あの不気味な不協和音が一番強く溜まっている場所を……一点に衝撃を叩き込め!」
「……そうかい! それなら俺の得意分野だ!!」
サムが咆哮し、大剣の柄を両手に強固に握り直した。
脚の筋肉を裂けんばかりに膨らませ、一歩を踏み出す。衛兵が振り下ろす大斧の軌道を見切り、紙一重で身をかわすと、大剣の「柄頭」を衛兵の胸板の中央へ向けて、体当りごと全力でぶち込んだ!
ドォォォンッ!!
柄頭の一撃が、胸板に溜まっていた波長を内部から粉砕する。
直後、衛兵の硬質な肉体にクモの巣のような無数の亀裂が走り、内側からカチ、カチと弾けるような異音が響いた。
ガラガラガラッ……!
金属の塊だった衛兵の巨体が、一瞬にして音を立てて崩れ去り、ただの乾いた鉄屑と灰色の砂となって石畳の上に砕け散った。
「よし……いけるぞ!」
アキとマキが息を合わせ、崩れた衛兵の隙間を突いて、後続の傀儡たちへと跳躍する。
サクの指示に従い、刃の「点」の衝撃を核へと叩き込んでいく。
サクは血濡れた口元を拭い、真珠色の鱗を強く握りしめながら立ち上がった。
一歩一歩、過酷な激痛を足場に前へ踏み出す。
「行こう……この街の底……あの鐘の鳴る場所へ」




