第4章:虚空の残響 第26話:歪みの要塞
地鳴りのごとき重低音が、山間の乾いた空気を繰り返し震わせていた。
ゴオン……ゴオン……と鳴り響く不気味な余韻が訪れるたび、足元の赤茶けた土壌からカチ、カチと微小な金属音が返ってくる。かつて鉱石や武具を積んだ馬車が往来していたであろう旧交易街道の終点は、巨大な岩山を力任せに切り拓いた荒々しい断崖の裾野へと続いていた。
「これが……『鋼嶺』か……」
サムが立ち止まり、頭上にそびえ立つ巨躯を仰ぎ見た。
垂直に削り出された黒鉄色の崖肌にへばりつくように建設された鉱山都市。外壁は巨大な鋳鉄の板と角張った石材が無骨に組み上げられ、まるで崖そのものが硬質な鎧を纏っているかのような威容を誇っていた。しかし、かつて盛んに煙を上げていたであろう幾本もの煙突からは一筋の煙も立ち上っておらず、都市全体が巨大な棺のように沈黙している。
いや、沈黙ではない。
城門へと続く巨大な跳ね橋の周辺には、不自然な光景が広がっていた。
「おい……見ろよ、あれ……」
アキが息を呑み、短剣の柄を握る手に力を込める。
街道の脇に打ち捨てられた鉱石運搬用の手押し車。それに縋りつくようにして倒れている人間の姿があった。だが、その皮膚には血の通った生色など微塵もなく、露出した首筋から手首にかけて、まるで鈍い銀色の甲冑を皮膚の下から縫い付けたかのような、硬質な「鉱物化(鋼化)」が侵食していた。
死体ではない。その人物の指先は、鐘の音が響くたびにカチ……カチ……と不規則にピクつき、虚ろに開かれた両眼は、焦点の合わない灰色のガラス玉のように重い空を映し出していた。
「生きて……いるのか? これが……」
マキが呟く。
「……息はしている。だが、感情も、意識も……自分の身体すら奪われている」
サクは冷たい声を絞り出した。
右腕の手甲の下、肘から肩にかけて固着した真珠色の「鱗」が、この街に漂う気配と鋭く反発し合い、灼熱の針で刺されたような痛みを放っている。
水都のカワが放っていた侵食は、生体と青い体液を介して脳を侵し、狂おしいほどの「絶望と快楽」で人間を崩壊させるものだった。だが、この地に満ちる気配は真逆だ。人間の肉体からあらゆる情動や生気を削ぎ落とし、ただの「無機質な物(鋼)」へと強制的に書き換えていく、極限の「執着と停滞」。
(……カヤを奪った悪夢とは別の……だが、同じ根から生えた歪みだ……)
サクは激痛に耐えながら、右手の拳を固く握りしめた。右目の視界に混ざり込む真珠色の膜が、城門の奥、地下深くへと続く坑道の奥底に蠢く「巨大な核」の存在を捉えていた。
「行くぞ。立ち止まっていても、何も変わりはしない」
「……ああ。だがサク、お前の右腕……水都の時よりも痛みが酷そうだな」
ツカが横合いから静かに並び立ち、鋭い眼光で城門の暗がりを探る。
「カワの波長とは『反発』しているんだ。真珠色の鱗が、この街の鋼の侵食を拒絶しようとして、僕の身体の中で暴れている……。だが、おかげでハッキリ分かる」
サクは左手で右肩を強く押さえつけ、仲間たちを見つめた。
「この街の奥底に……二つ目の『レコード』の断片がある。……あいつを叩き潰す」
五人は打ち捨てられた跳ね橋を渡り、固く閉ざされたはずの巨大な鉄門の隙間を潜り抜けて、鋼嶺の内部へと足を踏み入れた。
街の中は、不気味なほどの「静寂」と「機械的な動作」に支配されていた。
石造りの家々が並ぶ大通りには、不自然な足取りで歩き回る住民たちの姿があった。彼らの皮膚は一様にグレーの金属光沢を帯び、力なくツルハシやハンマーを握りしめ、何もない空間に向かって永久に同じ動作を繰り返し叩きつけている。
カン……カン……カン……。
空虚な打撃音が、時折響く重厚な鐘の音と混ざり合い、街全体がひとつの狂った精密機械と化していた。
「……おい、誰か来るぞ!」
サムの警告と同時に、通りの角から、全身を鈍色の鋼で覆われた「元・衛兵」らしき異形の集団が、ぎこちない関節の音を立てながら姿を現した。その目には人間らしい光などなく、サクたちの侵入を感知した瞬間、手に持った巨大な鉄製の大斧を頭上へと振り上げた。
鋼嶺の深淵へ続く、新たな死闘の火蓋が切られようとしていた。




