第3章:蝕まれた世界 第23話:黎明の光
轟音が、背後で遠ざかっていく。
巨大な天井が完全に崩落し、水都の闇を呑み込んだ地下大水路は、膨大な土砂と解き放たれた水の奔流によって深々と埋め立てられていった。背後から押し寄せる強烈な爆風と湿った泥の洗礼を受けながら、五人の少年たちはもつれ合うようにして階段を駆け登り、鉄扉の残骸を押し開けて地上へと転がり出た。
「ハァ……ハァ……っ! ゲホッ、ゲホッ……!」
冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、サムがその場に大の字になって倒れ込む。
アキとマキも泥と血に塗れた全身を石畳に投げ出し、激しく肩を上下させていた。ツカは力なく壁に背を預け、手垢と体液で汚れた手元をぼんやりと見つめている。全員の身につけた服はズタズタに引き裂かれ、皮膚の至る所に切り傷や打撲の痕が刻まれていた。
サクは震える両腕で石畳を押し、ゆっくりと上半身を起こした。
ゆっくりと、右手に視線を落とす。
肘を超え、肩口まで広がっていた真珠色の「鱗」は、カワの消滅と同調するように光を失い、不気味な脈動を止めていた。侵食が消え去ったわけではない。皮膚の裏側に硬く冷たい異物として固着し、サクの身体に刻まれた消えぬ傷痕として残っていた。右目の視界もまた、薄い真珠色の膜がかかったようにかすんでいる。
だが、あの脳を焼き尽くすような不快な「渇き」と、喉を苛んでいた灼熱の熱量は、綺麗に引き潰されていた。
「……サク」
サムが掠れた声で呼びかけ、重い身体を引きずるようにしてサクの隣へ歩み寄ってきた。
アキも、マキも、ツカも、静かにサクの周囲を囲むように集まってくる。言葉はなかった。ただ、互いの無事を確認し合うように、血と泥に汚れた肩を寄り添わせた。
ふと見上げると、水都の空を覆っていた薄汚い灰色の雲が静かに切れ始め、東の空から柔らかな一筋の光が差し込んできていた。
夜明けだった。
都市の中央を流れる大水路の水面は、なおも青い濁りを残してはいたが、あの濃厚で甘い蜜の香り——カワの存在が放っていた不吉な異臭は、朝風に乗って徐々に薄れ始めていた。街のあちこちから、狂乱から解き放たれ、困惑しながらも自らの足で立ち上がり始める人々の気配が感じられる。
「終わったんだな……本当に」
ツカがぽつりと呟いた。その声には、安堵と、失ったものへの消えぬ痛みが複雑に交錯していた。
「ああ……。だが、僕たちの旅は……まだ終わらない」
サクはゆっくりと立ち上がり、朝日が差し込む街並みを見つめた。
カヤは戻らない。自分たちの奪われた穏やかな日常も、二度と元には戻らない。サクの右腕に刻まれた真珠色の鱗は、これからも自分が「怪異の血を引く者」であることを、そしてカワとの因果が未だ断ち切れていないことを、静かに主張し続けるだろう。
それでも。
サクは漆黒の瞳に朝日の光を宿し、血濡れた左手で右腕の傷痕を強く握りしめた。
傷つき、削られ、絶望の深淵を覗き込みながらも、仲間たちは誰一人として立ち止まらなかった。無言のまま、五人の少年たちは朝日の中へと足を踏み出し、次なる運命の巡り合わせへと向かって、力強く歩み始めた。
これで第3章「蝕まれた世界」は終了となります。
今の所、執筆に時間をかけているため、挿絵が全く追いついていないです、すいません。
4章からは挿絵の時間も確保しつつ、投稿を続ける為に、少し更新のペースが落ちる予定です。
毎週日曜0時をめどに更新するつもりです。
今後とも藍のレコードをよろしくお願いします。




